Essay 1

時代の谷間で苦悩する小沢一郎

2008年5月20日(修正2009年8月16日)
頭は西洋人、顔と心は日本人

小沢側近が小沢について言ったという。
「頭は西洋人で、顔と心は土着日本人」。

百姓一揆の首領のような風貌。その風貌からは想像できない冷徹な合理性。このギャップに小沢の魅力がある。

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小沢はプロ好みの政治家だ。映画「山猫」のセリフを引用した、次のような小沢の言葉がある。
「自分を変えないために、自分を変えなければならない」。
百戦錬磨の小沢が言うと、小沢の生き様が反映されて、映画のセリフ以上の深い意味を持つことになる。禅問答的、或いは哲学的な響きまで帯びてしまう。こんなことを言う小沢には、確かにプロが好むおもしろさがある。

言動が理解しにくいために、支持者、不支持者は自分勝手に想像をふくらませ、好悪の感情が別の方向へ大きく振れてしまう。

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今政治の中心にいる、この古くて新しい政治家について、考察してみたい。

自民党時代の栄光と挫折

戦後、バブルが始まる前まで、自民党は日本の発展に大きく貢献した。

小沢は27才のときに、衆議院議員選挙で岩手県から自民党公認で出馬し、初当選した。このときの党幹事長は田中角栄だった。 高度成長期に日本の成長の礎を築いた田中は、若い小沢を「政治の天才」と言って、とてもかわいがった。
だが、田中はロッキード事件でつまづいた。

かつて、自民党の派閥が多党制を代替している、という評価があった。それは、派閥に対する余りにも好意的な評価だった。
派閥はしょせん派閥だ。党の枠内で、自己否定を意味する抜本的改革など、できるはずがなかった。絶対覇権政党である自民党の中で、峻烈な権力闘争に組み込まれた組織構造というのが、派閥の実体だった。
絶対派閥田中派を牛耳る田中は、余りにも偉大だった。田中の個人的な影響力が強大だったために、変わらなければならないときに、自民党は変わることができなかった。

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やがて時代は大きく動いた。自民党の全盛時代に、田中にかわいがられた小沢の苦悩と決意の原点を、私はここに見る。
田中が権力から退いたあと、自民党時代の小沢は栄光と挫折を経験した。

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小沢は幹事長を経験した。 「乱世の小沢」と言って、小沢を高く評価した金丸などの自民党有力者は、91年の政治改革法案否決の混乱時に、小沢を後継首相にしようとして必死に小沢を説得した。だが、当時49才の小沢は、「自分は若すぎる」と言って辞退した。

このとき、49才の首相が誕生していれば、その後の日本は大きく変わったはずだ。この辞退は、小沢の政治生命と日本にとって大きな誤判断になったと、言えるかもしれない

同じ年に、小沢は持病の狭心症で倒れた。首相への道を辞退した大きな理由は、この健康上の問題だった可能性がある。
ついでに、小沢は大の恐妻家と言われていることを、書いておく。妻が彼の健康を心配して、首相職辞退を強く主張していたならば、小沢は多分、妻の反対を押し切ることができなかった。

「俺は女性にはもてないし、弱いんだよね」という言葉には、何か意味があるかも知れない。女性へのコンプレックスと、それと裏返しの女性崇拝。

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時代から取り残された田中の遺産はゆがみ始めた。自民党は利権構造を深化させ、権力の維持をこれに頼った。そのため、政権党として持っていなければならない、国家の繁栄を支えるために必要な、真の意味での理念と政治力を失った。
時代を見通した政策の立案ができない、今の自民党の無能ぶりが全てを物語る。

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東京佐川急便事件で金丸が辞職した。そのあとの政変で、組織を作ることに長けた竹下に反旗をひるがえされて、小沢は政争に敗れた。今になって見れば、この政争に敗れたことが重要な意味を持つ。

田中角栄が作ったシステムへの挑戦

1993年に、小沢は自民党を離党した。このとき、自民党に造反して、野党が提出した宮沢内閣不信任案に賛成した。
この年に、政治家の著書としては最も売れた、小沢の「日本改造計画」が出版された。この本で述べられた小沢の思いと、機能不全に陥った自民党への決別の理由を重ね合わせて考えれば、小沢が政治家として何を成し遂げたいのかが、見えてくる。

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今、小沢は、田中が築き、高度成長期には有効に機能した、この国の基盤に根をはっているシステムを壊そうとしている。それは自民党の解体をも含むはずだ。

小沢は、日本という国体について、自分なりの理想像を持っており、ひとりの政治家として、その理想像に日本を近づけることを、最大の生きがいにしている。
そのためには、自分が最も尊敬する政治家である田中が成し遂げた仕事を、根本から否定することもいとわない。 時代に合わなくなった田中の遺産を取り壊すことが、田中への最大の恩返しと、小沢は考えているに違いない。

田中もかつて胸の中に抱いていた、為政者として日本を繁栄させるという使命感。政治の天才にとっては、これが全てに優先する。時代に取り残された田中の遺産が、これからの日本の繁栄に反するならば、小沢はこの国からその遺産を除かなければならないのだ。

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本物のプロは、目標を成し遂げることに全エネルギーを注ぐ。だが、それが達成されてしまえば、その仕事には興味を失ってしまう。自分の過去の業績に固執する普通の庶民とは、そこが違う。

政治は目標達成のための手段

小沢は、政治家としての自分が、一生の仕事と決めたことを成し遂げるために、総理大臣の椅子が有効ならばそれを望むが、総理の椅子を得ることは、最大の関心事ではないと思われる。

民主党代表になったときのことを思い出そう。
小沢はちゅうちょしていた。代表になることは目標ではなく、代表になったならば、その地位を、自分の初志貫徹のために有効に使えるかどうかのほうに、関心があったはずだ。そう考えれば、民主党員が一致して押さなければ、代表の地位は固辞すると、言いつづけた小沢の気持ちを理解できる。

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小沢には、解りやすい政治家としての別の側面もある。合理的でぶれない思考の持ち主であることは、テレビで発言を聞けばすぐに解る。

ただ冷徹なだけではなく、人間としての感情を素直に表明するという側面も、持ち合わせている。
07年に、福田首相と大連立について話し合ったために、民主党内部から強い批判を受けた。そのことで代表を辞退する声明を出し、 「民主党には政権を担当する力がない」などという、民主党議員への不満の感情をもらしてしまった。
08年にもシンガポールで、「永田町の空気は悪い。ここに来てほっとしている」などと、本音を言ってしまった。

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小沢は、自分の目標達成のためには、冷徹な合理性をつらぬく策謀家と言えるが、同時に普通の人間性を持ち合わせた政治家でもある。 ロッキード事件で、田中角栄の公判を全て傍聴した政治家は、小沢のみだ。ここに小沢の人間性が現れている。

この人間性が、小沢自身を助けることになった。
ロッキード裁判で、検察の手の内の全てを知った小沢は、首相をも陥れる国家権力の危険性を、十分に熟知した。 検察が、将来小沢に対してどのような動きをしても、被害を最小限に留める方策を図ったことは、間違いがない。

西松建設とのネットワークは、前秘書の高橋嘉信によって構築された。高橋は09年の衆院選挙で、自民党公認候補として小沢の選挙区から出馬する。小沢に対する裏切り者と、自他ともに認めたことになる。
西松事件で、検察は日本中の検察官を動員し、全国の村に到るまで日本中を調べ尽くした。しかし検察に解ったことは、小沢の身辺は驚く程クリーンということだけだった。 検察は、間違いなく高橋が提供した内部情報を参考にして動いた。それでも小沢を追い詰めることができなかったのだ。

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今この国は乱世にある。金丸が「乱世の小沢」と評した政治家を、時代が必要としている。時代に要求される政治家はまれだ。時代を動かすことのできる政治家は、稀有であることを知る者は、小沢のような政治家の支持者となる。

国の存続は時代を超える

時代は今、真の意味で変わろうとしている。ずっと跡を引いていた戦後が、やっと終ろうとしている。
時代が大きく変わるとき、時間が積み上げた過去の膨大な遺産を除去し、新しい時代の種子をまかなければならない。人並みはずれた決断力と行動力を持つ政治家のみが、ここで大きな役割を果たすことができる。
「味方が100人いれば、敵も100人いる」と言って、時代を動かすためには、敵を増やすこともいとわない小沢。小沢は、今ここで自分が果さなければならない役割を、しっかりと自覚していると思う。

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小沢は、選挙制度改革の主要な目的のひとつに、政治に金がかからないようにすることを、あげた。金がかかりすぎることが、政治をゆがめるのは、政治の裏表を知りつくした小沢には、よく解っている。

1億2700万人の利益というとても大きな国益が、政治家の肩にかかっている。政治家の責任と義務は、途方もなく大きい。国内では官僚を使いきること、体外的には、マキャベリズムの権化のしたたかな各国政治家とやりあうこと......。
国家とは、国民一人ひとりの命を超えて、未来へずっと続いていくものだ。国政をあずかる政治家は、今時点のこの国の活動の全てが、継続性を前提にしたものであるこ とを、肝に銘じておかなければならない。

政治家の心構え

政治信条は、政治家としての自分が、この時代にどう貢献するかを規定したものであり、一生ぶれてはいけない。ただし、政策は時代に合ったものに修正をしてもいいし、しなければならない。

小沢は、今いる政治家の中では、珍しく政治信条がぶれない政治家だ。
小沢は、「日本改造計画」で彼の基本的な信条を書いている。それは、「個人の自立のみが真に自由な民主主義社会を確立し、最終的には日本の自立に結びつく」、というものだ。この「自立」とは、政治的な意味合いにおいては、国内における官僚からの自立、そして世界におけるアメリカからの自立を含む。 小沢が今までに打ち出している政策が、この信条の上に立っていることは、すぐに理解できる。

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パワー・バランスが、今までよりもはるかに複雑化した世界。日本の政治家には珍しいマキャベリストの小沢。日本の国益を守るために、小沢のようなマキャベリストを日本は必要としている。日本人の心を持ちながら、世界と渡りあえる論理を展開できる政治家を、日本は必要としている。

国際関係

民主党議員を引き連れての小沢の中国訪問。メディアの中には、彼のパフォーマンスを悪く言う論調があった。私は、小沢のメッセージは、中国よりもむしろアメリカへ向けられている、と取った。

これからのパワー・バランスを考えれば、国政をあずかる政治家は、対米100%依存は日本を滅ぼす、と考えるのが自然だ。
後退するアメリカ、巨大化する中国。そして、相互依存の関係に入り始めたアメリカと中国。アメリカは、中国を最大のパートナーと公言することに、ちゅうちょをしなくなった。
パワー・バランスのどこに日本を置くのか?超大国にはなれない日本が、キャスチング・ボートをどうやって握るのか? 小沢は、既に解答を胸に秘めていると思う。

肉を切らせて骨を切るも、選択の中には入っているはずだ。そう考えると、小沢の行動の意味が、私のような政治の素人にも見えてくる。

自国の国益を追求するのが、政治を任されている者の仕事だ。他国のマキャベリストも、日本のマキャベリストと競うことに、何の違和感も持たない。それは、合理精神に徹するアメリカの政治家にとっても同じだ。小沢は、それも見通して動いているはずだ。

未来への希望

60年にも渡って自民党政権が作り上げた、日本の負の構造(勿論正の構造もある)。これに手をつけようとしている小沢。ただし、小沢だってスーパーマンではない。ひとりでできるものではないし、また健康が万全ではないことも考慮すれば、残りの政治生命のうちに、日本再構築が完了するものでもない。

日本の将来を真に案じている、能力があり覚悟も決めている政治家と官僚を、重用しなければならない。そういう人材は少ないだろうが、要所要所に配置することによって、政治と行政の主導権を握らせれば、この国の再構築が可能になる。
これはとても大変な仕事だ。小沢以外に、今この大仕事に手をつけられる政治家を、見つけることはできない。何年かかかって、小沢はこの基盤作りの最初のステップを終えることになるだろう。

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この国を、再び世界視野で活力のある国にするためには、さらに長い年月が必要になる。その仕事を担うのは、小沢の薫陶によって国家運営の実務能力を身につける、政治家と官僚だ。
その間に、自民党は、分裂や解体も含めた、厳しい再生のための試練を潜り抜けなければならない。それがうまくいけば、やがて、日本の未来を担うことができる、近代的な政党に生まれ変わる。その再生の結果、民主党と交互に政権を担当できる、2大政党のうちのひとつになる。

こんなところが、今描くことができる、政治的に日本の未来を最も明るくするストーリーと、思われる。 これはストーリーではなく、現実になることを私は希望している。


重要な追記

2009年7月16日

最近アメリカのタイム誌、ニューズウイーク誌、ニューヨークタイムズ紙などが、続けて小沢論を掲載した。

6月18日の日経新聞に、タイム誌特派員マスターズによる、小沢インタビューの感想が載っていた。私がこのエッセイで書いた小沢像が、マスターズによって裏づけられたことになる。

純日本人である小沢が、ディベートの訓練を受け、世界中の政治家を間近に見てきた、アメリカ人ジャーナリストを魅了する。私の エッセイNo.8「世界は日本化する」にも関係しそう内容なので、以下に引用する。

「小沢さんの本の中身と、インタビューで言っていることが変わっていないことに驚いた。日米同盟は大事だが、日本の自立も大事だと。丁寧で正直なイメージがあった。 いすにふんぞり返る様子もなく、ひざの真ん中に両手を入れて、とても丁寧に答えを選んでくれた。熟練した政治家だが、スポットライトが好きではないと言っていたのが印象的だった 」。

<和戸川 純>

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