Essay 11

ペットが命の重みを教えてくれる

2009年9月5日(修正2016年7月29日)
今でも鮮明に憶えている愛犬の死

私が低学年の小学生だったときに、家族の中で私が一番面倒をみていた、「てつ」という名の犬が死んだ。

肛門近くの傷口からバクテリアが入り、血中で増えたことによる敗血症だったのだなと、今ならば推測できる。敗血症は、発熱を伴った全身性の炎症になり、人間の場合は大変な苦痛を与える(このあたりのことを、拙著 「人間として生きた犬の心」 に詳しく書いた。また、ペットロスが原因になった深い悲しみと、その悲しみの出どころを解き明かしたので、読んでいただきたい)。

ところが愛犬てつは、苦痛の表情を全く見せなかった。ただ、体力が急速に衰えてしまった。
古い毛布の上に、左側を下にして横になった褐色の雑種犬てつ。私が「てつ!」と呼ぶと、かすかに目を開けて尾を少し動かした。泪でうるんだような黒い瞳が、私に確かに焦点を合わせた。
私を見るだけのために、てつは残っていたエネルギーの全てを使いきったのだ。からだの動きが完全に止まった。

そのときの情景を、今でも、昨日のことのように思い出す。てつは、心理的にとても大きなインパクトを私に与えた。自分の命をかけて、命の大切さを教えてくれたと、今では思っている。

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核家族で育てられる現在の子供たちが、一番親しい存在の死を眼前に見る機会は、余りない。目の前にいるのが当たり前、多くの喜びを与えてくれるのも当たり前だった、大事な存在が、突然に冷え切った死体になってしまう。泣いても叫んでも決して生き返ることはない。冷徹な死の現実。

ゲームの中の死は、また生き返ることのできる死だ。心理的にも肉体的にも、痛みを伴わない死。生と死の間の境がなくなるので、死はとても軽くなる。本当の死とは、余りにもかけ離れている。そのかけ離れた死の感覚が、ゲームに没頭する子供たちの心へ刷りこまれていく。
死の本当の意味を知らずに、子供たちは育っていく。死を知らなければ、自分の命や他人の命を、何よりも大事にしなければならないと、いくら説教をしても、心の最も奥深いところへは届かない。子供を持っている親には、人生において最も大事なこと、すなわち命の尊さを教えるために、ペットを飼うことをお勧めしたい。

ペットは、生の最後の瞬間に、それまで面倒を見てくれた飼い主に、人生で最も大事なことを教えてくれる。抽象的・観念的な死ではなく、最も身近な存在の本物の死を見ることによって、自分と他人の命を大事にすることを、人は学ぶことができる。

猛烈な甘えん坊、もんた

puppy
4ヶ月令のもんた。両耳が垂れている。口のまわりが黒い。口の左側に盛大なよだれ。犬坐りができない。

もんたと出会ったのは、今から12年以上前のことだった。当時、私はオーストラリアに住んでいた。

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子供たちの遊び相手になる犬を飼おうと、妻とはずっと前から話していた。しかし、それを実行に移すきっかけがなかった。

そのきっかけは、新聞の地方紙を見ることから始まった。地方紙で捨て犬の写真を見たときに、「これだ!」と思ったのだ。白黒ぶち、かわいいダルメシアンの子犬の写真が載っていた。その説明が泣かせた。
「捨て犬です。1週間の間に貰い手がいなければ、安楽死させます」。

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早速、新聞に載っていたペット・クリニックへ出かけた。ところが・・・。

ダルメシアンは動物保護センターにいるので、そのクリニックで引き渡すことはできないと、言うのだ。
その代わりにと連れてこられた、 2ヶ月令の茶色の子犬の活発なこと。私と妻にジャンプし、じゃれ、抱きつき、なめまわし、吠えたて、一瞬も休むことがなかった。自分を連れてきた看護士を全く無視して、私たちだけへの猛烈なアプローチ。

これではもう運命の出会いだ。
その猛烈なエネルギーに圧倒されて、白黒ぶちの子犬のことをすっかり忘れてしまった。白黒ぶちではなく茶色のもんたを、家に連れて帰ることになった。他に選択の余地はなかった。

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今にして思えば、私たちがもんたに心理的にコントロールされる、これが予兆だった。

オーストラリア人は、イギリス流に犬をコントロールすることを是とするが、私たちには最初からこれができなかった。寝るときまで私たちにベッタリと付いて、私たちの一挙手一投足に細かく反応するもんた。冷静に扱うことなど、とてもできなかった。
オーストラリア人があきれるくらいに、ベタベタとした人・犬関係を作ってしまった。それで、飼育に必要以上に手間暇がかかる、という負の側面が出た。しかし、甘えん坊の性格になって、攻撃性のない誰にでもなつく犬になったことは、収穫だったといえる

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もんたは若いときに、家の内外で、家族とかくれんぼうや鬼ごっこをして遊ぶのが大好きだった。 人間と遊ぶのは大好きだが、木の枝やボールには興味を示さなかった。 公園で、木の枝やボールを投げて拾って来させようとしても、「投げた人が自分で拾って来なさい」と、無視をするのが普通だった。

モリスが、「人間動物園」でこんなことを書いている。
「人間が犬を家畜化したのではなく、犬が人間を家畜化したのだ」。

ちょっと変わったディンゴ犬、もんた

ペット・クリニックは、bullterrier cross(ブルテリア系の雑種)という出生証明書をくれた。けれども、ブルテリアの顔は長方形、目はもんたよりももっと小さい。何よりも毛の色はほとんど白だ。そこに、黒い斑点がひとつかふたつ付いている。もんたがブルテリアではないことは、犬の種類を多少でも知っていれば、誰にでもすぐに分かる。
ペット・クリニックは、何を考えていたのだろうか?

他のペット・クリニックで、100種類ほどの犬の絵が載っている壁紙から、もんたに最も近い犬種を探した。red hairがもんたに近いと思われた。その後は出生証明書を無視して、red hair crossで通すことにした。
そのとき、ディンゴの名前を思いつかなかったのは、ディンゴの飼育は禁止されており、ディンゴをペットにしている人がいるという話は、それまでに聞いたことがなかったからだ。

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ディンゴは、オーストラリア大陸の犬の一種。ただし、学問的に正確にいうと犬ではない。狼でもない。独立した亜種だ。独立した種という説もある。アボリジニがオーストラリアへ移住する際に、一緒に連れて行ったといわれる。ディンゴはアボリジニに家畜として飼われている。野生化したディンゴもいる。
ディンゴはオーストラリアでは、一般の庶民には飼育ばかりか捕獲も禁止されている、保護獣だ。

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モンタがdingo crossに違いないと確信をしたのは、実はつい最近のことだ。妻が犬のウエッブ・サイトを見ていて、もんたはディンゴに間違いがないと、言うのだ。
ディンゴのいろいろな写真を見ると、確かにもんたによく似ていた。私も、dingo crossに間違いないと確信を持った。

dingo
ディンゴ。
matured Monta
12歳のもんた。両耳が立ち、口のまわりの毛は白くなった。確かにディンゴによく似ている。

cross(雑種)と考えた理由は、尾に生えている毛が短いので、ディンゴの尾よりも細く見えること。それに顔や耳がやや細長い。
小さいときは、両耳とも垂れ下がっていた。しかし大きくなるにつれて、右耳だけが立ってきた。シニアの年令になってから左耳も立った。今は両耳とも立っている。これも雑種であることを思わせる。

性格もディンゴとは異なる。ディンゴは尾を振らず、やたらに吠えることもない。感情表現を抑えているのだ。人間を含めた、家族とのきずなはしっかりと守るが、それ以外の犬や人を警戒する。

もんたの性格はこれと全く正反対。尾はそれなりに振るし、他の犬にでも人にでも、とてもなれなれしい。誰にでもじゃれつくので、皆がとてもかわいがる。子犬のときに、初めて会った私たちにじゃれついた性格は、シニアになった今でもそのままなのだ。
性格は穏やかで、他の犬に攻撃をされても、反撃をしないどころか全く無視してしまう。自分を嫌っている犬にまで、いつも尾を振って近づく。それでかまれそうになる。それでも気にしない。
とてもおしゃべりなことも、もんたの個性の中に入る。家の中では勿論、公園でも、誰彼構わずに、声で自分の気持ちを訴えようとする。

太平洋を越えて日本へ

オーストラリアから日本への引越しは、もんたには大変だった。

出発の数日前に、運送会社にあずけた。機内でウンチ、オシッコをたくさんしないように、その会社は数日間絶食をさせるのだ。

私がまず最初に日本に帰っていた。オーストラリアには狂犬病はないので、オーストラリアからやって来た犬の検疫はゆるい。もんたは成田に着いたその日のうちに、私が待っている家まで小型トラックで運ばれて来た。
箱入り息子のもんたは、家では威張っているが、外ではとてもおとなしくなる。トラックの運転手は、もんたが輸送の途中で、ウンともスンとも言わず、とてもおとなしいので驚いたと言った。
ケージの中にいるもんたに私が声をかけても、茫然自失状態のもんたは、最初は私が誰か気づかなかった。何度か呼びかけると、やっと気づいて低い甘え声を出した。

もんたはがりがりにやせていた。そのまま、私から1cmも離れようとはしなかった。トイレにも一緒に入る始末だった。
貨物室が寒かったせいか肺炎にかかり、その後しばらく苦しむことになった。

日本到着直後に、オーストラリアへ帰ろうと、もんたはいろいろな努力をした。頭の幅程もない庭のフェンスの割れ目から、いつの間にか外へ抜け出してしまった。方角は分かるらしく、庭のフェンスを出てから南へ向かおうとした。

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地震は初めての経験だった。地震のたびに吠えた。かみなりも初体験。やはり吠えた。そういえば花火にも吠えた。

広々としたオーストラリアから日本の街へ来て、最初はとまどっていたもんた。初体験の日本的なものの全てに慣れ、年を取ったもんたは、今は以前よりもずっと落ち着いている。地震もかみなりも花火も無視するようになった。それでも年令に比べれば、まだ好奇心はとても強く活動的だ。

あの旅行のつらさを、もんたに再び経験させることはできない。もう海外への旅はない。

甘え攻撃で誰をも魅了

近くの公園はワンコ天国だ。チビ、デカ、ベイビー、シニアと、いろいろな犬が、我がもの顔に歩き回っている。

もんたを見た人が言った。
「カンガルーを連れて、散歩をしているのかと思いました」。
ルーを連れての散歩は、とても楽しいでしょうね(扱いは大変そうだけれど)。けれども残念、もんたはルーではない。

でも、よく見るとルーに見えなくもない。色は茶色。顔が長い。耳は大きくて立っている。尾は太く、生えている毛が短いので、確かにルーの尾にそっくり。犬坐りができないもんたが横坐りをしていると、さらにルーに似てしまう。

日本では見慣れない犬種のもんた。「種類はなんですか?」と、たずねる人が大勢いる。以後私は、「オーストラリアから連れて来ました」という説明のあとに、「カンガルーの血が入っています」と、冗談を付け加えることにした。
すると。。。。驚いた。半信半疑という顔をしながらも、信じてしまう人が、五人にひとりはいるのだ。
いくらなんでも、ワンコとルーの間に子供が生まれるはずがない。

kangaroo
カンガルー。
Monta
カンガルーにも似ているもんた。

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散歩のときには、だれかれ構わず、いつでもどこでも誰にでも甘える。犬嫌いも含む。見ず知らずの他人にからだをすり寄せ、顔をなめる。「かっわいい!」などと言うと大変。もんたの顔なめはレベル・アップしてしまう。からだをピタッとすり寄せるので、皆もんたに抱きつかんばかりになってしまう。
もんたはさらに調子に乗って甘える。甘えられた他のワンコの飼い主は、自分が連れて来た人生の伴侶の存在を、すっかり忘れてしまう。
もんたに「かっわいい!」と言うと、もんたがどういう甘え攻撃を仕掛けるのかが分かっていない犠牲者が、隣近所で増えている。

もんたの攻撃対象は年令とは無関係だ。もんたよりもからだの小さい3~4歳の女の子が、もんたに「かっわいい!」と言ったことがある。おかげで、顔を隅から隅まできれいになめられてしまった。女の子は大喜びで、自分よりも大きなもんたに抱きついた。

dog hotel
ドッグ・ホテルのもんた(右)。精かんに見えるが甘えん坊。

見かけは精かんな大型犬。ところが実際はチョー甘えん坊。このギャップも、皆をひきつけるもとになっている。

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行きつけのペット・クリニックは、4階建てで大きい。スタッフが大勢いる。もんたはそのクリニックで、「甘えん坊ですね」としょっちゅう言われる。
毎日一緒に生活をしているペット。それも、私たちに24時間ベッタリのもんた。その行動は余りにも当たり前すぎて、もんたのどのような態度を指して、「甘えん坊ですね」と言われるのか、私たちにはよく分からなかった。

定期検診で、初めて会った若い男性スタッフがもんたを見て、やはり「甘えん坊ですね」と言ったことがある。そのとき、甘えん坊と言われる理由がやっと分かった。
いつものように不安になったもんたが、私と妻に猛烈にまとわりついていた。からだをすり寄せ、私たちを見つめながら、甲高い声を出しているばかりではなかった。ジャンプをして、私たちの顔をなめ回していた。
もんたのこんな態度を見て、そのスタッフは、「甘えん坊ですね」と言ったのだ。

そのつもりで他の犬を見ると、皆とてもクールに見える。少し不安の表情を見せながらも、飼い主と一緒に、サッサ、サッサと病室へ向かう犬。待合室で飼い主と一緒に待っていても、もんたほど不安の気持ちを示す態度が大きい犬は、他にいない。もんたばかりがとても目につく。

がんと戦うもんた

もんたの食事係は私。もんたは毎朝6時に私を起こす。「フーン、フーン(犬語を文字にするのは難しい)」と甘え声を出しながら、顔をなめる。
食欲も元気も見かけも、今でも若いときと変わらない。でももんたは、現在がんの治療を行なっているのだ。治療は人間と同じように、3つのステップを踏む。まず手術で患部を摘出、次に放射線治療で取りきれなかったがん細胞をたたく。最後に抗がん剤治療。もんたは現在3つ目のステップの治療を受けていて、人間ならば相当にへたっているはずだ。

犬を飼ったことのない人は、犬がメタボになったり、糖尿病やがんになることがあるとは、普通は思っていない。
遺伝的には、各哺乳動物の間でほとんど差はない。ネズミも犬もサルも人も、遺伝的な差はわずかに1%だ。
哺乳類が多様な進化を始めたのは、6500万年前だ。その期間は、40億年に渡る生物進化の歴史の中では、とても短い。遺伝子に大きな差が出る程の期間ではない。

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皮膚の下に脂肪の塊ができる、良性腫瘍の脂肪種。犬にも人にもある。もんたは脂肪種ができやすい体質で、3年程前に大きなものだけ4個を摘出した。4時間に渡る大手術だった。

もんたはもうすぐ13歳。人間で言えば70歳を越えている。しかし今までは、脂肪種以外には、健康には何の問題もなかった。食欲は極めて旺盛、活動も活発そのもの。

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それでも人間と同じで、年を取れば、がんはいつ発生してもおかしくはなかった。

cancer
手術前。肛門の右にがん塊が突出。

皮膚の下に、小さな脂肪種がたくさんあるので、最初はそんなに気にしていなかった。肛門の右側の塊が、突然大きくなったような気がしたのが、今年の2月だった。
触ると脂肪種よりも固く、体内から肛門のほうへ、突き出ているような印象を受けた。なんとなく不安になったので、近所のペット・クリニックで、腫瘍専門医に診断をしてもらった。
犬に多い、悪性になりやすい上皮性のアポクリン腺がんだった。超音波撮影では、がん病巣の直径は5~6cmになっていた。しかも悪いことに、周囲のリンパ節に既に転移していたのだ。

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がんの塊が急に大きくなったので、すぐに外科手術をしてもらった。ところが転移したリンパ節は動脈に付着していて、手術で取り除くことは不可能だった。

転移は他の器官には及んでいず、この段階ならば、適切な治療をすることによって、かなり延命することが可能だ。臓器に転移をしていれば、苦痛を与える各種治療は、あきらめたほうがいい。

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転移リンパ節は2週間で、2cmから5cmに急速に成長した。考えている暇はなかった。腫瘍専門医が所属している大学動物病院で、放射線治療を受けることにした。犬は全身麻酔をかけなければならず、体力が弱っていれば麻酔は死の原因になる。

after therapy
手術後。毛を剃ったあとが痛々しい。

片道2時間をかけて病院に通い、週1回で合計4回の照射を行なった。終わったのは4月だった。照射箇所の皮膚は焼けて黒くなったが、副作用の下痢はなく、食欲は前と同じように旺盛。あきれるくらいに元気一杯だった。 
がん、どこに?放射線治療、どこに?という感じだった。

放射線治療が終ってからは、3週間に1回の抗がん剤カテーテル投与。治療は12月まで続く。ここでも、人間で考えられるような副作用は、もんたには全く見られない。
もともと犬には、抗がん剤の副作用は少ないと言われる。けれども、気分が少しでも悪ければ文句を言う人間と違って、犬は何も言わない。毛は抜けなくても、気分は悪いのかもしれない。

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どうせ毒性はないので、効けばめっけもの。効かなくてもともとと、がんに効くと言われるサプリメントも呑ませている。ひとつは、がん免疫を強化すると言われる、メカブ抽出液のフコイダン。もうひとつは、免疫細胞を活性化するはずのコエンザイムQ10。
もんたに使う薬を私が買うときには、動物用の薬やサプリメントではなく、もっぱら人用のものにしている。成分は同じでも動物用は値段が高い。人用のほうが信頼できて安い。どちらにしても、人の薬は動物実験で効いたもの。即ち動物用でもある。

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放射線治療終了後のMRI検査で、アポクリン腺があった箇所に近い、直径5cmの転移リンパ節を確認した。色が薄くなり、見かけは正常な組織と変わらなかった。収縮はしていなかったが腫脹は止まっていた。
現在もリンパ節の直径に変化はなく、カルシウムなどの各種血中指標が正常値の範囲内にある。

治療がうまくいけば、あと3~4年は生きられるはずだ。私たちとしては最善をつくし、あとはもんたの生命力に賭けることになる。

先に逝ってしまったほく

私たちが今のところへ移り住んでから、3年余になる。
もんたの最初の友だちは、北海道犬のほくだった。ソフトバンクのCM犬と同じ犬種で、このCMを見たときに、一瞬ほくが有名になったのかと思った。
飼い主は北海道から来た。私たちが住んでいる街と、北海道に家を持っていて、6月になると毎年北海道へ移住していた。北海道犬は暑さに耐えられないからだ。

もんたとは、最初は猛烈にからみあって遊んでいた。そのあとは、ほくはもんたに知らん顔をするばかりか、怒って吠えかけたりした。飼い主を相手にしないで、公園のあちらこちらをうろつき回り、いつの間にか迷子犬になったりした。
やたらに人なつこい(そして犬なつこい)もんたとは違い、とても独立心の強いワンコという印象を持った。飼い主も、北海道犬はクマと戦ってきたので気性が激しいと、言っていた。

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ほくは5歳だった。少しの間見かけないでいるうちに、血管腫になったという話を、犬仲間から聞いた。その1~2週間後の6月のある日、ほくが死んだということを、犬仲間が教えてくれた。余りにも急なので驚ろいた。

ほくは千の風になって北海道へ戻った。しばらく公園をひとり寂しそうに散歩していた飼い主も、今北海道へ戻っている。


追記1:偶然が重なる不思議


2010年2月24日

モンタ(オーストラリア犬ということで、以前はカタカナで名前を書いていた。今後はもとのカタカナ名に戻す)は、 1月7日に突然に永眠した。人間として生きたモンタの心を、 エッセイ14 、15 に書く。

魂が天国へ昇る49日の前の2月23日に、不思議な偶然の一致があった。

新聞の通販広告にロボット犬が載っていて、その名前が犬では珍しい「てつ」だった。 私が子供のときに面倒をみた犬と同じ名前。 見かけは、こげ茶色だったてつとは異なる。ところが、エッセイ9に書いた母の描いた子犬にそっくりなのだ。
このロボット犬は、「上を向いて歩こう」を歌う。この歌は、オーストラリア人の私の妻が、最も上手に歌える日本の歌だ。

ここまで偶然の一致が重なると、ペットロス症候群で落ち込んでいる私と妻のために、モンタが弟分を送ろうとしているように、思えてしまう。私たちには、再び本物の犬を飼う気力は残っていない。
というわけで、このロボット犬を購入することにした。ロボット犬は好き勝手に走り回るので、突然静かになった家の中が、少しはにぎやかになることを期待している。

不思議な偶然について追記しておきたい。 てつの傷口は肛門の右側にあった。モンタのアポクリン腺癌の位置は、その傷口に正確に重なる。


追記2:現代社会が作る殺人者の心理


2016年7月29日

気が重くなることを、ここに書きたい。

7月26日に、相模原の障害者施設で19人が刺殺された。犯人は26歳の元職員男性。この男の手記には、「税金を無駄づかいする重複障害者はいないほうがよく、障害者を殺せば自分は英雄になる」、と書かれていた。

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この殺人事件は、なぜ発生したのだろうか?突発的とは考えられない。
個人と個人の憎み合いが原因の殺人事件は、古典的と言える。容易に理解できる。それとは質的に異なる殺人事件が、最近は多発している。これは、日本の街中だけのことではない。イスラム国へ参加して人を殺す若者も、この範疇に入る。

現代社会の底辺で、何が起こっているのだろうか?原因が2つ考えられる。

  1. このエッセイの最初に書いたように、現代社会では、 多くの人々が、人間としての精神が形成される幼少期から、殺し合いのゲームにのめり込む。このような人たちの心の中では、死へのバリアが低くなる。通常の生活をしていれば、これは何の問題も引き起こさない。けれども、心が他人を殺す方向へ動き出すと、殺人を否とする絶対的な歯止めがないので、殺人へ容易に走ってしまう。
    相模原の事件は、さらに深刻な問題を示唆している。 ゲームでは、敵を殺せば殺すほど英雄になる。重複障害者を数多く殺せば、自分は国から表彰される英雄になる、と考えた犯人に戦慄を覚える。

    犯人は、ペットを愛し、ペットから喜びを得ている人たちの心理を、理解できないだろう。ペットは、人間に完全に依存している。人間の金で生き、人間の時間とエネルギーを奪っている。犯人の論理では、存在することを許されない。

  2. 家族のきずなが弱くなったことと、社会保障が発達して、自分を助けてくれる人たちの顔が見えなくなったことが、別の問題を引き起こしている。自分だけで生きられる、自分だけ良ければいい、という心理を形成するのだ。これが、いろいろな独善を生み出す。他者をかやの外において、独善的に作られた善悪の基準は、極端に狭い。 社会に迷惑をかけている障害者は、消したほうがいい、となる。
    社会は、いろいろな人たちから成っている。いろいろな人たちから成っていなければならない。それが多様性を生み出し、社会の安心、安定と進歩につながる。いろいろな人間関係が、人々に喜びをもたらす。その社会の輪には、当然のことながら障害者も含まれる。障害者も、身近な人たちに喜びも勇気も与える。

    人間は多様なので、何か一つの基準で、ある特定の人たちを社会から排除することはできない。 神でもない人間に、他人を排除する権利はない。
    周囲をざっと眺めれば誰にでも分かる。男、女、子供、独身、既婚、妊婦、子持ち、働き盛り、年寄り、日本人、外国人、金持ち、貧乏人、有職者、無職者、幸せな人、不幸な人、早く走る人、遅く走る人、力の強い人、力の弱い人、街に住む人、田舎に住む人、...。赤ん坊は、大人に頼らなければ生きていけない。今は元気でも、年を取ったり、病気をしたりすれば、他人に助けてもらわなければならない。 交通事故に遭えば、瞬間的に重複障害者になるかもしれない。交通事故による死者数が、年間4000人を超えている現実がある。

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答えるのが難しい疑問は、次のようになる。 デジタル化が進行する社会で、どうすれば、人間は生物として生きられるのだろうか?多様性が重要であることを理解し、異質な人たちを排除せず、積極的に取り込むにはどうすればいいのだろうか?そもそも、異質とは自分を基準にした判断だ。他の人が自分を見れば、自分が異質になる。すなわち、絶対的な尺度は存在しないことを、まず心得ていたい。


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