Essay 20

不都合なことは想定外、不思議な国日本

2011年5月27日
現実よりも大事な共同幻想

東日本大震災で、政府、東電、それに地震や原発の専門家から、耳にタコができるほど、「想定外」という言葉を国民は聞いた。今年の流行語大賞になっても、おかしくはないくらいだ。

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過去の確実な記録、あるいは地質学的な痕跡から判断をすると、M9クラスの地震は、日本では発生したことがなかったように思われる。だから、M9の地震は、今後も発生する可能性はないと、専門家は考えていた。実際に発生すると、それは想定外ということになった。

想定外の巨大地震が引き起こした、10~40メートルの巨大津波。原発を含む東北各地の村や町が、津波によって壊滅したことも、想定外だった。釜石湾の防波堤は、厚さ20メートル、海面からの高さ8メートル、長さは2キロもあった。世界一の巨大かつ堅固な防波堤だった。それが、津波によってもろくも崩れ去った。これも想定外だ。

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原発の安全性は、何重もの安全対策(多重防護)によって、確保されているはずだった。どのような地震にも耐えられる、完璧なシステムということになっていた。

原子炉に存在する燃料の放射性物質は、被覆管、圧力容器、格納容器、原子炉建屋で、何重にも囲まれている。さらに、緊急電源装置を含めて、何段階もの安全システムが、原子炉を守っている。事故につながる異常の発生防止策、異常発生時における事故拡大の防止策、大事故発生時の環境被害緩和措置からなる、巨大なシステムだ。

原発の安全性は完璧だ。深刻な事故が起こるはずはないという、原子力村の誰もが守らなければならない、絶対的な前提があった。原子力村の中では、大事故発生の可能性を言っただけでも、とがめられた。当然のことながら、最悪の事態を想定した、事故対処法がマニュアルになることはなかった。そして、誰もが知っている悲惨な結果になった。

防衛の基盤にも現実から乖離した想定

先日、市谷の防衛省を見学した。防衛省は日本の防衛の中枢だ。場合によっては、日本が壊滅するかどうかの瀬戸際で、日本を生き延びさせるために、決定的に重要な任務を負う。ここには、防衛大臣のオフィスと、統幕、陸幕、海幕、空幕の本部があるばかりではない。情報本部のような、巨大な組織を動かすために絶対に必要な、中枢機能が入っている。

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私は、2時間余の見学時間の間に、案内役の自衛官に尋ねた。

「防衛省に核シェルターはありますか?」

その答は「ありません」だった。さらに説明が続いた。
「核シェルターを持つ必要がないのです。私たちはミサイル防衛システム(BMD)を持っていて、東京へ飛んでくる敵のミサイルは、全て空中で破壊してしまいます。ミサイルが東京に落ちることはないのです」

その答を聞いて私が連想したのは、原発安全神話だった。

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日本へ飛来する弾道ミサイルの迎撃は、発射直後のブースト段階での破壊、大気圏外で慣性飛行をしている段階での破壊、着弾前の再突入段階での破壊の、3つのステップに分けられる。各段階で追撃をして、撃墜率を高めるようになっている。コストは、早期警戒衛星、ミサイル監視飛行機、レーダー網、イージス艦、パトリオットミサイル追撃部隊などを含めて、1兆円とも言われる膨大な額になる。

非常に高価な防衛システムだ。関係者は、コストに見合った効果がないとは、とても言えない。追撃網をすり抜けて、東京を直撃するミサイルがあるかもしれないなどと、疑問を呈することは許されない。飛来する全てのミサイルが、完璧に迎撃されるという想定しか、あり得ないのだ。従って、東京を核ミサイルが破壊するという、最悪の事態に対処する方法は、全くシミュレートされていない。

このミサイル防衛システムには、技術的に根本的な問題がある。システムは、北から飛来するミサイルだけに、対応するようになっている。どこから飛来するミサイルにも対応させるためには、今の何倍もの大きさのシステムが必要になる。予算が膨大になりすぎることが、基本的な想定を小さく限定させたに違いない。

だが、 ミサイルはどこからでも飛んでくる。太平洋上の原子力潜水艦のみならず、小型のミサイルならば、商船に見せかけた船からでも発射できる。敵は、日本が期待しているような方法で、ミサイルを飛ばすわけではない。日本の裏をかくことを当然考える。

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1発のミサイルが防衛省を破壊すれば、自衛隊の指揮系統は決定的なダメージを受ける。高価なミサイル防衛システムを導入することが、逆に、防衛の中枢が核シェルターも持たないような、脆弱性につながっている。皮肉としか言いようがない。これは、原発安全神話が生み出した、原発の脆弱性に通じている。

ミサイル以上の問題がある。自衛隊にとっては、戦争はそもそも想定外なのだ。日本国憲法の精神を考えると、戦争は想定外にしなければならない事情があることは、誰にでも分かる。しかし、戦争を想定しない自衛隊が、大規模なミサイル防衛システムを持つことは、考えれば奇妙な話だ。現実と非現実の間で揺れる自衛隊。

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都合の悪いことは想定しない、非現実的な自衛隊とは異なり、米軍は間違いなく、最悪の事態を含む、あらゆる事態を想定している。核ミサイルが、横田基地を含む、東京を直撃した場合のシミュレーションは、注意深く練られているはずだ。
核シェルターの必要はないと説明をする、脳天気と言ってもいいほどに、楽天的な自衛官。私は、言外に米軍の存在を感じた。本当は、「米軍がいるから安心だ」と、言いたかったのかもしれない。しかし、一国の防衛力が、このようなものでいいのだろうか?

日本は間違いなく、「普通の国」にならなければならない。没落する覇権国に頼らないようにしていくことは、今後の日本の安全保障にとって、大きな意味を持つ。日本人が世界の中で、民族として精神的に独立するためにも、必要なことだ。

なお、防衛省では、BMDを紹介するDVDを見学者に見せている。

現実無視の信念に乗っ取って動く外交

防衛省を見学した次の日に、大使を経験したことのある元キャリア外務官僚から、話を聞いた。名前は仮にAさんとする。

Aさんが、外交官として現役で活動していた時代は、アメリカの覇権が最も強大だった時代に重なる。Aさんは、自然に親米路線の強力な支持者になった。

Aさんを含めて、誰も同じだが、自分の人生の栄光の時代の思考法から、普通は逃げることができない。Aさんにとっては、アメリカは、今でも世界を支配し統括する、偉大な覇権国家だ。世界はアメリカの前にひれふしている。イラクやアフガニスタンで、米軍がピン・ポイントの爆撃をしたのを見て、中国やロシアの支配層は震え上がったはずだと、Aさんは言った。この覇権は今後も続き、日本はアメリカに従属していれば、未来永劫安泰だという、Aさんの結論になる。

Aさんは強調した。
「中国やロシアは利己主義の塊の国で、支配層はあらゆる悪辣な手段を使って、他国をだます。これに対して、アメリカは利他主義の国で、一般の人々までもが、他国の人間をおもんぱかっている」

まるで、中国とロシアは悪魔の国で、アメリカは神の国だ。ここまで言われると、いくら何でも、普通の常識を持っている人間ならば、眉につばをつけたくなる。Aさんは、本当にこんなことを信じているのだろうか?日本の外交官の思考法がこれでは、日本が世界で生き残るのは困難になる。 日本外交が世界の修羅場で無視されるのも、当然だ。ここでまたもや、自分たちに都合の悪いことは想定外にし、共同幻想の中で生きる、日本の政治、行政、経済のトップの思考法を、垣間見る思いがした。

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ロシアの歴史を振り返りながら、ロシアのリーダーたちに対する、Aさんの評価が披露された。当然のことながら(?)、Aさんの評価は厳しくなった。プーチンは一介の労働者の息子だ。権力を得てから、プーチンは自分の敵を徹底的に弾圧したが、敵対さえしなければ、あくどいことをやっていても、見逃している。

AさんはT大学法学部の出身だ。そのせいかどうか、レニングラード大学法学部出身のメドベージェフに対する評価は、ロシアの指導者の中では、最も甘かった。メドベージェフを含めて、法学部出身者は、物事を冷静かつ客観的に判断するそうだ。ロシアに法の規律を広め、あらゆる種類の改革を進めようとしているメドベージェフは、オバマに匹敵する改革者とまで、言い切った。

そのメドベージェフは、北方領土問題では、ロシアの他のどの歴代指導者よりも、日本に対して強硬だ。だが、これは、全て来年の大統領選挙のためのパフォーマンスに過ぎないと、Aさんは結論づけた。

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中国は、2025年にはGDPが世界トップの国になる。軍事予算は急激に増えていて、軍事的にも間違いなく強大な国になる。人口が、日本よりも急激に減少しているロシアにとっては、隣国中国の脅威は絶大なものになる。その結果、ロシアはアメリカと日本に同盟関係を要請することになると、Aさんは主張した。Aさんによると、日本と同盟関係に入るために、ロシアは間違いなく譲歩をする。そして北方領土は日本に返還する。日本人は、そのときまで、全面返還の主張を続けていればいいそうだ。

外交がプロのAさんには申し訳ないが、私には、Aさんの予想は余りにも甘すぎるように思われる。上に書いたが、まずAさんの頭の中では、時間が止まっている。 2010年のアメリカの国防省と国防関連予算の合計は、80~90兆円に達し、この額は国家予算の20%を超えている。世界の軍事費合計の実に40%を占めているのだ。これが、アメリカを確実に疲弊させはじめた。

ちなみに、この年の日本の一般会計と特別会計を含めた予算総額は、215兆円。防衛関連予算の総額は、国家予算の4~5%で10兆円前後だった。

イラクやアフガニスタンで地域紛争を起こしているが、アメリカは国家存亡の危機にあるわけではない。世界戦争を戦っているわけでもない。平時においても、国家システムに組み込まれた、軍需産業や軍隊を生き延びさせるために、これだけの予算を必要としている。アメリカは軍事予算を使い切るために、常に戦争が必要な国になっているのだ。まるでタコが自分の足を食べて身を滅ぼすように、アメリカは自分のからだをむさぼり食いながら、衰退の道をたどっている。

新興国の勃興も相まって、世界におけるアメリカの地位は、さらに低下していく。人口減少も相まって、日本の世界経済における地位も下がっていく。より弱体化したアメリカも、その同盟国日本も、世界における軍事的、経済的地位は下がっていく。

ロシアが中国に対抗するために、日米露同盟を結ぶという考えは、甘いと考えたほうがいい。何か紛争があれば、中国と陸続きのロシアが最前線になる。後方のアメリカにとっては好都合だが、自らの身のためだけではなく、日米のためにも、中国と抗争しなければならなくなるロシア。ロシアは、本当にそのような同盟を受け入れるのか? ある程度譲ってでも、中国に擦り寄ったほうが、ロシアの国益にかなうと考えるのではないか?その可能性は、少なくとも想定内にしなければならない。

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Aさんは、中国が、核兵器大国のアメリカやロシアと戦争を起こすことは、考えられないと、言い切った。強大になる中国軍部が、独走する可能性は否定できないという、但し書きつきだ。

中国が平和主義国家ではないことは、朝鮮戦争への参入や、ベトナムへの侵入の歴史からも明らかだ。中国軍部と軍需産業が強大になれば、現在のアメリカのように、軍事予算を消化するためにも、常に戦争を引き起こさなければならなくなる。プロの外交官ならば、こういう最悪の事態を想定する必要がある。 時間をかけて、最悪の事態にも対応できるようにしておかなければ、小回りの効かない国家は、突然の想定外の事態に対応できるはずがない。そして、日本は甚大な被害をこうむる。

もしも中国が、Aさんが考えるような不戦の国ならば、そもそもロシアと紛争を起こしたりはしない。ロシアが、日米露同盟を結ぶ意味がなくなる。

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Aさんの同盟構想に矛盾が生じるのは、アメリカが中心の世界を、全ての想定の基本に置いているからだ。強大になった中国でさえも、さらに強大なアメリカと、紛争を起こすはずはないと、Aさんは考える。そこで、中国と紛争が起こりそうな国は、アメリカと同盟を結べば安泰だという、結論になる。

これは、今までの日米同盟の基本的な考え方だ。Aさんは、この基本構想を、今後も全ての国に当てはめられると信じている。この構想に反する事態は、全て想定外になり、可能性を検討することさえも拒否してしまう。外交官のこういう想像力の欠如は、日本の未来を危うくする。
アメリカが中心の世界、アメリカに擦り寄っていれば安泰な日本。この信念を壊すような現実と可能性を、全て想定外にしてしまっては、日本の未来に光が当たらない。

不都合な可能性を想定外にする日本人の心理

自分に都合の悪い可能性は想定外にして、それが現実のものになることを考えない思考法は、日本人の民族性に結ぶついているように思われる。最後に、日本人の深層心理を考えてみたい。

日本人は、全歴史を通して、それまでに確立した生活の基盤を、台風や地震によって、繰り返し破壊されてきた。この破壊がいつやってきて、どの程度のスケールのものになるのかは、事前には予想がつかない。どこに被害が及ぶのかも分からないのだから、対策を立てようがない。同時に、農耕民族の日本人は、農作物の収穫を、人間にはコントロールができない、天候に頼らざるを得なかった。

全ての運を天に任せて生きていく生活態度は、自然にでき上がった。最悪の事態を想定してもしなくても、未来に変化はないのだから、現時点で深刻に悩むことには意味がない。それならば、最悪の事態は考えないで毎日を過ごしたほうが、心理的には楽になる。ストレスは少なくなる。

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今まで、天災を相手にしては、これでも良かった。しかし、原発や国の防衛に関しては、これでは日本は壊滅する。また原発や防衛の問題は、天災とは異なり、人間が関与して生じるものだ。人間が解決できる。この違いをわきまえて、私たちは、日本人の安全を守るために、もっと合理的に行動しなければならない。


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