宇宙の壮大なドラマから生まれた生命(第2部)
Essay 27

危機を乗り切る驚異の生存戦略

和戸川の関連書籍「無から湧き出る宇宙
2012年6月10日(修正2024年2月2日)
和戸川 純
柔軟な自己組織化によって組み上がる生体

遺伝子の保守性は、激変する環境への適応を阻害します。遺伝子の機能発現を融通無限にすることで、生物はこの問題を解決しました。機能発現に関わるのは自己組織化です。自己組織化は、環境と対話してランダムな生体反応を秩序へ組み上げる現象、ということができます。生物は、自己組織化によって環境の激変に積極的に対応しています。
温度、圧力、電界、磁界、イオン、大気組成など、生体外部や内部の物理化学的な環境が、常に変化しています。それらの変化に影響されて、遺伝子の発現の仕方や、タンパク質の高次構造の組み上がり方、それにタンパク質間の相互作用が、再構築されます。その再構築において、自己組織化が、決定的に重要な役割を果たしているのです。

自己組織化は、高校で習った物理化学反応によって成し遂げられます。関与する化学結合は、水素結合、配位結合、疎水結合、クーロン力、ファンデルワールス力などです。これらの単純な結合をもとに、アミノ酸は、1次、2次、3次と、より複雑かつ大きな分子構造へ組み上がります。最終的に、4次構造といわれる、とても複雑な機能タンパク質になります。

この過程において水素原子が重要な役割を果たしています。特に、4次構造は、水素結合やファンデルワールス力などの弱い結合が関与しているところに、特に大事な意味があります。構造を決定する結合力が弱いおかげで、機能タンパク質は、柔軟に形を変えながら複雑な機能を発揮することができるのです。

位置によって決まる細胞の専門化

卵子と精子が融合し、母親の胎内で胎児が成長し始めます。これを、細胞レベルでは細胞の分化として見ることができます。からだのどのような細胞にでもなることができる、初期の胚細胞が、分裂を繰り返しながら、特殊な機能を持つ細胞に変わっていくことを、分化といいます。
専門化した細胞群が、複雑なネットワークを構築することによって、私たちのからだを機能させています。

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遺伝子発現と同様に、この細胞分化も環境からの影響を受けて進みます。
受精4日目の桑実胚においては、各細胞が将来どのような細胞になるのか、全く決まっていません。間もなく、周囲の液体のイオン濃度か何か、引き金は分かりませんが、桑実胚の一部の細胞が、より強く増殖を始めます。そこが将来の口、すなわち原口になります。
原口が決まれば、その原口に対する位置関係だけで、周囲の細胞の分化する方向が決まってきます。普遍的な言い方をすれば、細胞分化は環境からの影響によって決定される、となります。

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個体発生が系統発生を繰り返すかどうかはともかく、以上の知見をもとにして、単細胞生物が多細胞生物に進化したときの有様を、想像できます。

原始の海の中で、1個の単細胞生物が分裂・増殖すれば、子孫の細胞群が1箇所に集合することになります。周囲の環境が、1個1個の細胞の生存にとって理想的ならば、これらの細胞は独立したままで生活を続けるはずです。環境が生存に困難になる、すなわち危機が到来すると細胞群は生存の仕方を変えます。
最外側に並んだ細胞が壁の役割を果たし、群の中へ有害物質が入るのを阻止しながら、有益な物質を通過させるようになる、と想像できます。ここまでくれば、多細胞生物へ進化するまでに余り時間がかかりません。 原始の海を襲った初期の環境激変が、多細胞生物誕生の引き金になったと思われます。

からだのどの部分から取り出した細胞でも、培養液中で生きることができます。 顕微鏡下で見ると、一つひとつの細胞は独立生命体、という実感を持つことができます。サイズも見かけも、単細胞生物と驚くほどの違いがあるわけではありません。各細胞は自由に動き回り、周囲の細胞と情報のやり取りをします。時に応じて分裂をし、子孫を残します。これらの細胞の各々が、一つのからだを構築できるだけの遺伝情報を持っています。

私たちのからだは、基本的には単細胞生物の集団から成る、と考えることができます。祖先の単細胞生物との違いは、からだを構成する細胞の一つひとつが、存在する場所によって異なる機能発現をし、特殊化しているということだけです。

利己的な細胞

進化生物学者のドーキンスが、「利己的な遺伝子」という、センセーショナルな言葉を使いました。生物は、遺伝子を生き残らせるためのロボットに過ぎず、遺伝子は、自らが生き残るためにプログラムを組む、というのです。これは、進化の過程において多種多様な生物が出現したにも関わらず、遺伝子の基本的な骨格が、大きく変化することもなく保存されていることを、端的に指摘した言葉と受け取ることができます。

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私は、「利己的な細胞」という名称のほうが、進化のダイナミズムをよりよく表現できる、と思います。

私たちのからだを構成する60兆個の細胞は、一つひとつが、独立生命体として生きる能力を持っています。これらの細胞は、30数億年前に地球上に誕生した単細胞生物の特徴を、色濃く残しています。生物の種が、サイズ・形・運動能力において極端に異なっているのに対して、どの生物種の細胞も基本的には同一性を保っています。
すなわち、 細胞は、自らが生き残るために、細胞の集合体としての個体のサイズ・形・運動能力を、変えてきたことになります。 環境の変化が余りにも激烈なので、多くの種が絶滅することを細胞はいといません。多種多様な種が存在するおかげで、生き残る種があります。少数の種だけでも生き残れば、その種の個体を構成する細胞は、変化した環境によりよく適応できる種を、さらに進化させます。

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全体として生き残るための細胞の戦略が、一つの個体の構築において、自ら進んで自殺する細胞群まで生み出しました。

胎内で胎児が成長する過程において、手の指に分化する細胞が決まってきます。それらの細胞が、指の間に位置する細胞に自殺を要求するシグナルを出します。その結果の細胞死を、プログラムされた細胞死(アポトーシス)といいます。このおかげで、私たちの指が分離するのです。アポトーシスはからだ全体に渡ります。もしもアポトーシスがなければ、私たちは肉団子のように丸い形で生まれます。上図の右下の絵が、アポトーシス前の胎児の手です。
アポトーシスは、初期のがん細胞や、体内へ進入した病原体を攻撃する、免疫細胞にも認められます。

驚異のカンブリア大爆発

生物の進化において最もドラマチックなできごとが、5億4200万年前から5億3000万年前の1200万年の間に発生しました。地質学的にはカンブリア紀になり、このできごとをカンブリア大爆発といいます。1200万年は、人間の一生からは途方もなく長い時間になりますが、進化史においては「アッ」という間の一瞬です。

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単細胞生物が地球上に誕生してから30億年余の間に、カイメンやクラゲのような軟体性の動物が現れました。しかし、種類も数も極めて限定されていたのです。 カンブリア大爆発において、現世動物の全ての祖先がいっせいに誕生しました。

このような進化の爆発は、遺伝子の突然変異によって達成されたわけではありません。既述のように遺伝子は極めて保守的で、革命を起こすことはありません。当時の生物は、基本的には、9億年前に誕生したカイメンと同じ遺伝子しか、持っていなかったのです。
大爆発前に、全ての現世動物を生み出す遺伝子が準備された、という言い方をする進化論者がいます。この言い方は誤解を受けやすい。未来を予想し、その未来のために何かを準備する神は、この宇宙には存在しません。 保守的な遺伝子を環境に合わせて柔軟に発現させる、自己組織化を含む生命の驚異のメカニズムが発動された、と考えるのが理にかなっています。

既に述べたように、単細胞生物から多細胞生物への進化は、細胞の劇的な能力の増大などがなくても可能だった、と思われます。動物の種の多様化も同じように容易に行われた、と考えられます。

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それでは、何がその引き金になったのでしょうか?まだ定説はありません。しかし、次のような地球環境の激変を考えることができます。

5億5000万年前頃に、パノティア超大陸が、ローラシア大陸、バルティカ大陸、シベリア大陸、ゴンドワナ大陸に分裂しました。この地殻変動によって莫大な量のリンが海へ流れ込みました。リンは岩石に含まれているので、大規模な造山運動と大量の降雨が組み合わされて、海へ流れ込んだのです。リンは動植物の栄養源になると同時に、骨などの硬組織の材料になります。

この時期に、それまで繁栄していた、軟体性のエディアカラ生物群が絶滅したことが、環境変化がいかに激烈だったかを示しています。エディアカラ生物群の絶滅は、広大な海という生活圏が、新しい種のために準備されたことを意味します。

全地球的な地殻変動の結果、複雑な地形から成る浅海・内海・湾が形成され、海流の動きが多様になったと思われます。地球上に多種多様な生活圏が形成されたことが、種の爆発的な増加につながったと考えるのが、自然です。

カンブリア大爆発によって脊椎動物の祖先である直泳動物が誕生しました。その子孫の魚類が両生類に進化し、さらに爬虫類と哺乳類へ進化しました。

爬虫類から枝分かれした恐竜類は、6500万年前の巨大隕石の落下によって絶滅し、子孫の鳥類が今生きています。人類を含む哺乳類には4000数百の種があります。

わずらわしい恋や愛が必要な理由

ただ単に生命を存続させるのならば、単細胞生物だけで十分です。ところが、単細胞生物は多細胞生物化したばかりか、性の分離まで試みるようになりました。
同様に、多細胞生物が、雌雄という性に分かれる必要はありません。からだの断片が、完全な個体にまで成長することが可能です。このような現象は、多くの軟体動物に認められます。

なぜ、進化は、雌雄という二つの性を作り、「愛した」、「恋した」という面倒な手続きを経なければ、子が誕生できないようにしたのでしょうか?子孫を残すために、二つの個体の合体が必要なのでは、子孫誕生の効率を下げてしまいます。 環境の変化が突然に生じることを考えると、この効率の低下が、決定的な危機を招きかねません。このような犠牲を払ってでも、性を分けた理由は何でしょうか?

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環境の激変の頻度が高いばかりではなく、激変の原因がとても多様です。遺伝子プールに少しでも多くの多様性を持たせることが、将来の危機に対する対応力を強化することにつながります。
多彩な細胞が協調して、個体を機能させなければならない高等生物において、遺伝子プールの多様性への必要性が特に高まりました。これが、性の分離の理由になったと思われます。

性の分離のための遺伝子の準備は、30数億年前の単細胞生物時代に、既に始まっていました。性の基本はメスで、そこへオスのMID遺伝子が付け加わったのです。メスが基本であることは、出産をしないオスに乳首があることからも分かります。また性同一性障害になる人は、女性よりも性的により不安定な男性に圧倒的に多い、という現実があります。
多細胞生物が誕生してから雌雄器官が分かれ、カンブリア大爆発後に、雌雄が個体として分離しました。

私たちのからだは超共同体

生物の危機対策は、さらに巧妙になりました。最大級の危機に対しては、完全に独立した生物種だけでは対処しきれなかった、進化史があるはずです。地球上の生物が互いに協力し合って生き残りを図るという、驚くべきメカニズムが進化の過程で構築されました。

私たちのからだの中に、60兆個もの生体細胞が存在しています。ところが、それよりも多い100兆個もの細菌が、主に腸管に定住しています。
腸管周囲に莫大な数の免疫細胞が集合しています。腸管は、とても重要な免疫系活性化の役割を担っています。細菌がその原動力になっています。細菌を完全に取り除いた無菌動物では、免疫系の活性化が極端に低下していて、ちょっとした感染ですぐに死亡してしまいます。 すなわち、 私たちと腸内細菌の間には、共生関係が成立しているのです。私たちは、腸内で細菌を生かすと同時に、腸内の細菌によって生かされています。

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共生関係を極限にまで高めた細菌は、ミトコンドリアです。

私たちの祖先がまだ単細胞の嫌気性細菌だった頃、シアノバクテリアの登場によって、地球上に酸素が蓄積されるようになりました。この頃、酸素を介した糖類の好気性分解において、エネルギー代謝に使われるATPを効率よく産生する、好気性細菌が誕生しました。
私たちの祖先は、この好気性細菌のミトコンドリアを、細胞内に取り込みました。ミトコンドリアは独自の遺伝子を持っています。このミトコンドリアのおかげで、酸素が含まれる大気中で私たちは生きることができるのです。

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進化の過程でさらに驚くべきことが起こりました。

DNAには遺伝情報が書き込まれているので、私たちのDNAは、祖先からずっと受け継がれてきたものと、つい考えがちです。しかし、ここにも驚くべき共生関係があるのです。
DNA鎖の全長のなんと34%もが、ウイルス由来なのです。 遺伝子として機能しているDNA鎖の部分が、全体の2%しかないことを思い出してください。私たちの祖先に感染したウイルスがDNAに入り込み、DNA鎖の大きな部分を占有してしまいました。
DNAのジャンクと呼ばれる部分にイントロンという領域があり、ここにウイルス由来のDNAが存在しています。ここは、機能タンパク質を書き出すための遺伝子部分とは、異なる領域になります。イントロンは、主としてDNAの切り出しや翻訳の仕事をしています。 遺伝子情報の発現に、ウイルス由来のDNAが、決定的に重要な役割を担っているのです。環境が激変しても、ウイルスDNAのおかげで動物は生き延びることができます。

増殖因子という、ホルモンに似た作用をするタンパク質があります。細胞の増殖においてとても重要な役割を果たしています。従って、胎児期に大量の増殖因子が体内で産生されています。ある種の増殖因子DNAが、ウイルス由来なのです。

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こうやって、私たちは、細菌やウイルスによって生かされると同時に、これらの細菌やウイルスの生存に貢献しています。幼少の頃から手洗い慣行を強制され、大人になると、空気中の雑菌やウイルスを殺すという怪しげなスプレーを使うのが当り前、と思わされている私たち。自然の摂理に反する危険を内包した日常生活を送っている、という意識を頭のどこかに留めておく必要があります。

生物の柔軟性をもとに考えた新しい進化論

ここで、生物の環境への適応力をもとに考えた、新しい進化論を書いておきます。

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これまでの、突然変異と自然淘汰をもとにして構築された進化論には、決定的な弱点があります。
大絶滅の原因になる環境の激変が、繰り返し地球を襲いました。この激変は、進化史的な時間のスケールからは、瞬間的に生じる場合が多々あります。
超新星爆発の結果、地球に降り注ぐ大量のガンマ線の照射時間は、わずか数分と考えられます。ここまで極端に短くはなくても、何度も地球に落下した巨大隕石が、極めて短時間のうちに環境を激変させてしまいました。
地殻変動も繰り返し生物を襲います。日本列島の下に沈み込む太平洋プレートが、年に10センチも動いているのです。進化の時間スケールからはこれは驚くべき速さです。大陸を乗せている卵の殻のように薄い地層が、短時間で形を変えてしまいます。

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遺伝子DNAの突然変異はランダムに起こります。突然変異の結果として生じたDNAの変異は、通常は修復されてしまいます。修復されない場合、変異が有害ならばその変異を持つ個体は死亡し、変異が子孫に伝わることはありません。無害な変異は中立の変異となり、保存されます。これが、遺伝子の保守性を保つ基本的なメカニズムの一つです。 激変する地球環境下で、ある特定の環境変化に適した遺伝子を持つ個体が、ランダムな突然変異によって生まれる可能性は、極端に低くなります。事実上、ゼロといえます。
これでは、生物は進化するどころか、簡単に絶滅してしまいます。 突然変異と自然淘汰が進化の原動力ならば、地球上に現在生物が存在していません。

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今まで述べてきたように、生物は極端に単純で安定したDNAに、数少ない遺伝情報を書き込んでいます。機能タンパク質を作り、最終的にからだを構築するまでの過程で、自己組織化を中心にした物理化学反応を使っています。 環境と動的に対話しながら、遺伝子の基本的な構造を大きく変えることなく、自らのからだを変えているのです。環境への積極的な適応、それが新しい進化論になります。


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