宇宙の壮大なドラマから生まれた生命(第1部)
Essay 26

ビッグバンから始まった生物の進化

和戸川の関連書籍「無から湧き出る宇宙
2012年5月13日(更新2024年7月20日)
和戸川 純
ビッグバン後に誕生した原子の進化

まず上の絵を見てください。宇宙の一角に存在する地球。そこで生命が誕生し、生物が全体としてどのように進化してきたのかを、象徴的に示しています。ただし、背景にある話のスケールが余りにも大きいので、この絵を見て、私の言葉を直感的に理解することは、難しいと思います。この絵の詳細な説明を、第2部「危機を乗り切る驚異の生存戦略」でします。

地球上の生命体である私たち人類が、今ここに存在しています。何やら意味ありげなこの生命体は、どのようにして存在するようになったのでしょうか? 誰もが進化という言葉を思い浮かべます。進化というと、普通は生物の進化をイメージします。生物の進化を過去へどこまでも辿っていくと、地球上に誕生した最初の生命体である、単細胞生物に行きつきます。
そこから先は、質的に異なる事象の進化を辿ることになります。生命構築のもとになった分子や原子の進化、更に地球の誕生をもたらした星の進化が、視野に入ってきます。

宇宙の進化を過去へ辿ると、ついにはビッグバンが見えてきます。誕生時には量子よりも小さかった、私たちの宇宙。この極微の宇宙は、無から誕生したと言われます。この「無」という言葉を厳密に思索すると、知覚することは勿論、私たちには認識できない、認知の地平の彼方にある「存在」、と定義できます。私たちの宇宙を生み出した「無」は、存在しているのです。

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認知の地平の彼方に何があるのかについては、いろいろな仮説があります。ここでは、ブレーン(メンブレーン=膜)という概念を取り入れた、超ひも理論を採用します。

縦・横・高さで規定される私たちの宇宙は、3次元空間の宇宙です。これに1次元の時間を加えて、4次元時空という言い方をします。私たちの宇宙は、10次元または11次元時空の中に存在している、と超ひも理論が述べています。
10次元時空(9次元空間と1次元時間)には3次元空間宇宙が多数含まれ、これらを3次元ブレーンと呼びます。次元の彼方にある他の3次元ブレーンを、私たちは、観測することは勿論、知覚することもできません。

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上図のように、10次元時空の中で2枚の3次元ブレーンが接触すると、新しい3次元ブレーン、即ち新しい3次元空間宇宙が誕生します。そのうちの一つが私たちの宇宙になりました。
私たちの宇宙が他の3次元ブレーンと接触して、新しい3次元空間宇宙が生み出される可能性があります。その有様を想像するだけで身が震えます。何しろ、10次元時空には、無数といっていいほど、3次元ブレーンが多数存在していると、考えられるからです。従って、私たちの宇宙は、今この瞬間にも他の3次元ブレーンに接触するかもしれません。

宇宙誕生時に、極限にまで凝縮された真空エネルギーが、極微の空間に詰め込まれました。その真空エネルギーが真空の相転移によって解放され、莫大な量のエネルギーが実体化しました。空間が猛烈な勢いで膨張(インフレーション)すると同時に、重力や電磁力が生まれました。インフレーションは宇宙誕生から10-33秒後頃に終了し、ビッグバンが継続しました。
インフレーション終了の前後に、クオークやレプトンなどの量子が誕生しました。10-6秒後頃に陽子と中性子が誕生。ビッグバンが終了する38万年後頃までに、最も単純な原子である水素原子が、宇宙空間に満ちました。

現在の宇宙には、水素原子が圧倒的といえるほど大量に存在し、全原子の75%を占めています。 宇宙に最も普遍的に存在する水素原子が、生命の構築において、最も重要な役割を果たしている原子です。水素原子と酸素原子が結合して水ができました。生物は海の中で誕生し、今でもその名残りの海を体内に保持しています。更に、柔軟な生体反応を司る主要な原子は、水素です。生命は宇宙に直結して存在しているのです。

宇宙誕生から2億年後に生まれた最初の燃える星・恒星は、水素原子だけで作られました。とても軽い星でした。 恒星の内部で核融合が進み、ヘリウム、炭素、酸素、ネオン、ナトリウム、アルミニウム、マグネシウム、ケイ素、鉄などの、水素よりも重い原子が作られました。

重い鉄原子が恒星内部に限界にまで蓄積されると、恒星は超新星爆発を起こします。この時、高温のエネルギー乱流の中で、過剰な中性子が鉄分子などに入り込み、原子核を不安定にします。そして、亜鉛、チタン、銀、金、ウランなどのより重い原子が誕生します。宇宙のあちらこちらで超新星爆発が起こり、新しく作られた原子が、宇宙空間へ放出されました。そうやって、元素表に載っている全ての原子が、この宇宙に出揃ったのです。

宇宙空間で誕生する生命に必要な分子

次の段階の進化は、惑星上で生命が生まれるために最も大事な、分子進化になります。原子が高密度で集合した星間雲の中で、原子どうしが結合して分子が作られます。高密度とはいっても、地球上の雲の中の分子密度に比べれば、真空とほとんど変わりません。近傍の恒星からのエネルギーが結合を助けますが、極低温の空間での結合になります。人間の尺度からは途方もなく長い時間をかけて、分子進化は進みます。

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ここで注目すべき分子は、水分子です。宇宙空間で、水素、ヘリウムに次いで3番目に多い酸素原子。その1個に水素原子2個が結合した単純な分子です。互いに電子を共有する、非常に安定な化学結合によって水分子は構築されています。水分子の組成と形成の過程を考えると、水分子が宇宙空間の至る所に存在することを、容易に推測できます。

分光分析や電波観測によって、水分子以外に、次のような分子が星間雲に存在することが、証明されました。メタン、メタノール、エタノール、一酸化炭素、二酸化炭素、アミノ酸、核酸塩基、炭酸カルシウム、炭化ケイ素、塩化ナトリウム、塩酸、酢酸、ケイ酸塩、アンモニア、ホルムアルデヒド、アセチレン、エチレン、ベンゼン、ダイヤなど。 即ち、 惑星上で生命を生み出すために必要な全ての分子が、宇宙空間で作られているのです。特に、地球型生命の誕生と維持に不可欠な水分子が、大量に存在しています。

生命誕生に必要な地球の海を作った彗星

宇宙誕生は137億年前。それから91億年後、即ち今から46億年前に太陽が誕生しました。島宇宙の中では、とても平凡な渦巻き型の私たちの天の川銀河。太陽は、その腕の一本の中に存在する、最もありふれた主系列星の一つにすぎないことを、頭に入れてください。

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太陽系が誕生したとき、宇宙塵が円盤状に集合し、太陽と惑星が形成されました。 太陽系外縁では、塵は惑星ができるほどの密度にはなりませんでした。その空間で、太陽系外縁天体といわれる、主に氷から成る小天体が無数に誕生したのです。そこは、カイパーベルトやオールトの雲と呼ばれています。この領域は、海王星のすぐ外側から、太陽から海王星までの距離の数万倍のところにまで、広がっています。

太陽の引力に引かれて、太陽周辺へ近づく太陽系外縁天体が彗星です。彗星は、「汚れた氷の塊」という言い方をされます。いろいろな宇宙塵や分子、原子で汚れているのです。

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太陽系外縁天体が、地球上の生命誕生に決定的に重要な役割を演じたと、思われます。

地球誕生直後に地球は灼熱の火の玉になり、生命誕生に必要な水を蒸発させてしまいました。 地球が冷えてから地球へ落下した無数の彗星が、海水の大部分の供給源になりました。広大な海原の水が、はるか彼方の太陽系外縁から供給されたことを知ると、宇宙の無限のロマンを感じます。
外縁天体は、水ばかりではなく、生命誕生に必要な各種の分子も供給しました。NASAが宇宙探査機を使って、彗星にはアミノ酸のグリシンが含まれていることを、直接に証明しました。

月の極の地下に氷が存在します。木星以遠の惑星や衛星に、大量の氷や水が発見されました。 土星の衛星エンケラドスの表面は、純度の高い氷の層によって被われ、その層を突き破って水が噴出している画像が、宇宙探査機によって撮影されました。上図で示したように、生命に必要な氷や水が、宇宙の至る所に存在することが、明らかになりました。

大絶滅を大進化のバネにする生物

自然環境は、一瞬も休むことなく変化し続けています。一日の間に太陽が動き、気温が上下し、風が変化します。四季の変化も大きい。長期的な気候変動が、環境の変化に輪をかけます。生物は、これらの変化に合わせて代謝を調節します。個体が代謝調節で対応できる範囲を超える変化には、世代を変えることによって対応します。環境の激変に適応できないで滅びる種がいます。しかし、適応できた種が生き延びて進化を続けます。そうやって、生物は全体として存続できるのです。

地球上に生命が誕生してから38億年。 多くの種が絶滅する危機が、繰り返し地球を襲いました。驚くべきことに、これら最大の危機が、大進化の引き金になりました。生物は、危機を生き延びる術を学んだばかりか、生き残りのために、積極的に危機を利用するようになったのです(「絶滅をバネに進化する生物」を参照)。

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大絶滅と大進化の歴史をざっと辿ってみます。

地球の原始の海に誕生した単細胞生物は、酸素が存在しない地球上で、硫化水素や二酸化炭素の還元によってエネルギーを得ていました。これらは嫌気性細菌です。この生物への危機が、25億年前に訪れました。当時の地球環境に適応しすぎた嫌気性細菌が大増殖し、海中の栄養が枯渇してしまったのです。

27億年前に、太陽光を利用してエネルギーとなる有機物を作り出す、シアノバクテリアと呼ばれる光合成細菌が誕生しました。この細菌は、光合成で有機物を合成するときに、水素を必要としました。そこで、周囲に大量にある水を分解して水素を得、廃棄物の酸素を放出したのです。地球上に初めて酸素が存在するようになりました。このシアノバクテリアの子孫のストロマトライトが、今でもオーストラリアの西海岸に生息しています。

24億年前に、全球凍結(スノーボールアース)で赤道直下まで大氷河に被われましたが、効率的にエネルギーを変換するシアノバクテリアは、生き残りました。このバクテリアは暖かくなった地球上で繁栄しました。
これが地球大気の酸素濃度を押し上げ、嫌気性細菌の大量死をもたらしました。地球の覇者になったシアノバクテリアの子孫の好気性細菌の中には、余りにも巨大になり過ぎて自ら大量死するものがありました。

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単細胞生物の時代は、26億年間近く続きました。12億年前までに、単細胞生物は多細胞生物化していたと思われます。10億年前に、カイメンに進化する、原始的な多細胞の動物(側生動物)が誕生しました。

7億年前に再び全球凍結。地球が温暖化すると、生き延びた生物の中からエディアカラ生物群が誕生しました。6億年前のことです。軟体性のエディアカラ生物群の中には大型化するものがあり、地球上で繁栄しました。
5億5000万年前に、超大陸の形成過程で大規模な造山・火山活動が発生し、エディアカラ生物群は絶滅しました。この危機が、現存する全ての動物の祖先が突然に誕生した、5億4000万年前の驚異のカンブリア大爆発(第2部の「危機を乗り切る驚異の生存戦略」で詳述)の伏線になったと思われます。

4億4000万年前に、85%の生物種が絶滅しました。それまで栄えていた、オウムガイ、筆石、コノドント、三葉虫などが、大量死したのです。原因は、5000~6000光年離れたところで発生した、超新星爆発と考えられます。大量のガンマ線が、瞬間的に地球へ降り注ぎました。他に、激しい大陸の造山運動が原因になったという説が、あります。

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4億年前に、まず植物と節足動物が地上への進出を果たしました。巨大な海サソリなどの節足動物が住む海から陸へ逃げた魚類の一種が、3億7000万年前頃に両生類に進化しました。

3億7000万年前に再び氷河が地球を襲い、82%の生物が絶滅しました。その後、3億2000万年前頃に爬虫類が誕生しました。

2億5000万年前に、知られている限りでは最大の絶滅が発生しました。地球上に住んでいた生物種の95%が絶滅したと、考えられます。
激しい造山運動によって、シベリアに長さ1000キロにも及ぶ地球の割れ目ができ、大量のマグマが噴出した上に、オーストラリアの西の海に巨大隕石が落下したことが、その引き金になったという説があります。この時期に、大気と海洋中の酸素濃度が極端に減少したことが、知られています。

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この危機を生き延びたのは、気嚢を持つことによって低酸素環境に適応できた、主竜類でした。これが恐竜に進化しました。一方、単弓類の中で、横隔膜を発達させ、腹式呼吸を身につけた動物群が、低酸素の危機を乗り越えました。これが哺乳類の祖先になりました。そして、2億3000万年前に哺乳類が誕生しました。

2億1000万年前に気温が上昇し、恐竜が大型化して繁栄しました。この頃、前回の危機を乗り越えた哺乳類である獣弓類がいました。しかし、俊敏で攻撃的な恐竜との生存競争において敗者となり、大型化することはありませんでした。恐竜の眼を逃れるために、ネズミのように小さな哺乳類になったのです。
恐竜全盛時代のジュラ紀と白亜紀に、人類の祖先が恐竜との戦いに敗れたことが、人類の誕生につながりました。進化においては負けることも大事なのです。

6500万年前に、ユカタン半島に直径約10キロの大隕石が落下しました。隕石の落下後に、陸上や海洋中の多くの植物が死に絶え、大気中の酸素濃度が低下しました。大量の酸素を必要とした恐竜は、これによって死に絶えました。私たちの祖先は、ネズミのように小さかったおかげで、酸素を大量には必要とせず、この危機を乗り切りました。地上の覇者がいなくなたった広大な大地で、哺乳類の進化が始まり、今私たちがここに存在しています。

驚異の遺伝子構造と機能発現

小さな地球に誕生した生命体を、危機は日常的に襲います。次に、生物がどのようにして危機に対応できるようになったのかを、説明します。

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まず、 生物は、環境の激変を乗り越え、生き延びるために、遺伝子の構造を極端に単純化しました。これによって遺伝子が安定化しました。物理化学的環境が劇的に変化しても、遺伝子の骨格が、決定的なダメージを受けないようにしたのです。

DNAの本体であるヌクレオチドの最外側は、ヒストンというタンパク質で被われています。ヒストンは強い塩基性のタンパク質で、2本鎖DNAの最外側を構築するリン酸基と、安定した複合体を形成します。即ち、ヒストンはヌクレオチドの強固な皮膜といえます。
遺伝情報が書き込まれているDNAの塩基部分は、リン酸基と糖の鎖にはさまれています。何よりも驚くべきことは、遺伝情報を書き込むのに使われている塩基が、たった4種類しか存在しないことです。しかも、アデニン(A)はチミン(T)と、グアニン(G)はシトシン(C)としか結合しません。A-T複合体とG-C複合体というたった2種類の分子によって、全遺伝情報が書き込まれている、ということができます。単純化の極致です。

DNAの基本的な構造は、30数億年前の単細胞生物時代に構築されました。この事実からも、構造の極端な安定性が分かります。

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遺伝情報を子孫に伝えるために、A-TあるいはG-Cの間が開裂します。結合と乖離という、矛盾した仕事をする塩基部分の結合部位に、宇宙に最も普遍的に存在する、水素原子が使われています。

いつどのような危機が襲ってくるのか、地球に誕生した生命には予測がつきません。そこで、未知の危機に対して、驚くべき(何度も驚いてすみません)対策を遺伝子の中に組み込みました。

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塩基配列は30億対に達します。ところが、遺伝子として機能している部分は、たった2%しかないのです。即ち、わずか6000万対しか遺伝子として機能していません。

DNA鎖のほとんどの部分は、ジャンク領域と呼ばれています。無意味などうでもいい領域という語感になります。ところが、決して無意味な領域ではありません。日常的に襲いかかる危機を相手にして、無意味なDNA領域を持つ余裕は、地球上に生きる生物にはありません。
保守的で安定した2%の遺伝子を、環境の激変に対応して発現させるために、このジャンク領域が、決定的に重要な役割を果たしているのです。 遺伝子の発現をコントロールするばかりか、今後必要になる遺伝子が、このジャンク領域で眠っている可能性があります。また、今まで機能していた遺伝子が、環境が変わって、ジャンク領域で眠っていることも考えられます。

遺伝子の発現は、どのような環境の激変にも耐えられるように、とても柔軟です。

教科書的には、一つの遺伝子が一つのタンパク質を作る、ということになっています。タンパク質の種類は10万を超えるので、遺伝子解析が進む前は、10万以上の遺伝子があると、考えられていました。ところが、ヒトの遺伝子の数は、たった2万2000個しかないことが分かりました。この数は、植物程度です。ある種の単細胞生物の遺伝子数は、これを上回ります。この事実が、私たちのからだは単細胞生物の集合体であることを、示唆しています(「絶滅をバネに進化する生物」)。

遺伝子数を最小限にしたままで、数多くの機能タンパク質を作り上げるメカニズムが、進化の過程で構築されました。
まず、異なるコドンが、同じアミノ酸をコードする場合があります。 コドンとは3つの塩基配列で、一つのアミノ酸を指定します。即ち、コドンの連なりが一つの遺伝子になります。このために、 異なる遺伝子が、同じアミノ酸配列のタンパク質を作ることが、できるのです。逆に、同じアミノ酸配列が、異なる機能を持つことがあります。即ち、同じ遺伝子が、異なる機能タンパク質を作る可能性があるのです。

以上の組み合わせによって作り出されるタンパク質の質と数は、とても多様かつ多数になることを想像できます。


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