2014年1月28日
記者会見は理研で行われた。理研は国内各所に研究所を持っている。小保方が所属する、神戸市の発生・再生科学総合研究センターが会場だった。Natureに掲載された論文の共著者の、笹井芳樹副センター長と若山照彦山梨大学教授が同席した。
小保方は、「誰も信じてくれないので、データを取るのが難しかったです」、と過去の苦労話を述べた。その感想が過去のものにはならないことを、そのときは知る由もなかった。笹井は、小保方の論文に最高の評価を与えると同時に、研究成果の正しさを保証した。
メディアが沸き立った。驚天動地の研究成果が若い女性によって得られ、そのおかげで世界が変わる、とまで報道された。若い研究者に大きな権限を与えて大発見をさせる、理研の運営方法が絶賛された。日本ばかりか、世界のメディアもこのニュースに飛びついた。
1月29、30日
「体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見」、と題する29日づけのプレスリリースが、理研によって公開された。この日に、電子版Natureに2編の論文が掲載された。1月30日に、論文が掲載されたNature本誌が発行された。
ところが、 早くも29日に、匿名で投稿できる、インタ-ネットの海外検証サイト・パブピアー(PubPeer)に、論文への疑惑が書き込まれた。
小保方の真意
小保方が天高く持ち上げられ、その1カ月余りあとに、地獄へ落とされた経緯をたどっているうちに、本人の真意が現れている資料を見つけた。
1月31日
会見からたった3日後に、小保方が、理研のウェブサイトに次のようなメッセージを載せた。大騒動に仰天した小保方の姿が見える。 同時に、多くの報道とは異なる、研究に対する彼女の真摯さをうかがうことができる。記録として価値があるので、ここに全文を転載する。
STAP細胞研究はやっとスタートラインに立てたところであり、世界に発表をしたこの瞬間から世界との競争も始まりました。今こそ更なる発展を目指し研究に集中すべき時であると感じております。
しかし、研究発表に関する記者会見以降、研究成果に関係のない報道が一人歩きしてしまい、研究活動に支障が出ている状況です。また、小保方本人やその親族のプライバシーに関わる取材が過熱し、お世話になってきた知人・友人をはじめ、近隣にお住いの方々にまでご迷惑が及び大変心苦しい毎日を送っております。真実でない報道もあり、その対応に翻弄され、研究を遂行することが困難な状況になってしまいました。報道関係の方々におかれましては、どうか今がSTAP細胞研究の今後の発展にとって非常に大事な時期であることをご理解いただけますよう、心よりお願い申し上げます。
STAP細胞研究の発展に向けた研究活動を長い目で見守っていただけますようよろしくお願いいたします。
馬鹿騒ぎは小保方の本意ではなかった。STAP細胞の研究は緒についたばかりということを、十分に承知していた。 馬鹿騒ぎが、自分の研究活動ばかりか、親族や近所に住む人たちにまで拡大したことに、心を痛めた。
峻烈な小保方断罪
地獄に突き落とされることを、小保方は予想していなかった。 出るくいは打たれる。それは一般社会だけのことではない。研究者の世界も同じだ。 世界中で注目されたために、小保方の論文を批判的に検証する人たちが、次々と現れた。ネット社会に疑惑の書き込みが広がった。
2月にNatureが調査を開始した。理研が調査委員会を立ち上げた。
3月14日
野依良治理事長、川合眞紀理事、米倉実理事、竹市雅俊センター長、石井俊輔調査委員長が出席して、調査委員会の中間報告に関する記者会見を行った。そこに、STAP細胞研究の当事者はいなかった。
野依は、小保方の未熟さが問題の原因になった、と繰り返し弁明した。
論文の不審な点を指摘し、論文取り下げの方針を示した。
科学的ではなく、政治的に決着を計ろうとする理研幹部の本音が、はっきりと見えた。
4月1日
同じメンバーが調査最終報告の記者会見を行った。 研究に不正があったことを認め、不正は小保方一人の判断で成された、と結論づけた。上司の責任は指導不足にある、とした。
調査委員会の最終報告書によると、次の2点が、捏造、改竄や故意による研究不正に該当する。
理研の理事会が、5月8日に小保方の再調査要請を退け、不正の認定が確定した。調査委員会のメンバーは、誰が調査委員になろうとも調査結果に変わりはなく、規定どおりの処分を行うと述べた。)
理研サイドの3人の調査委員全員にも、切り貼りをした疑惑がかけられている。現在進めている2万本の論文の調査から、切り貼りなどの不正を行った研究者が、多数見つかると思われる。 小保方の「判例」に従って、不正を行った全ての研究者に、論文取り下げ勧告を行うなど、公平に処分しなければならない。これが意味するところは極めて深刻だ。 理研は、自ら進んで更なる問題を抱え込んだ。 策士、策におぼれる。
電気泳動写真の切り貼りについては、小保方が言うように「悪意」はなかったと思われる。なぜならば、少し注意をして見れば、3番目のレーンのふちを認めることができ、貼り付けたことがすぐに分かってしまうからだ。3番目のパターンがはっきりしなかったので、別の日に泳動した写真を貼り付けたと思われる。
研究論文を載せるどの学術雑誌でも、投稿された論文の掲載の可否を判断してもらうために、複数の専門家に審査を依頼する。審査員が誰かは、投稿者には知らされない。匿名の審査員の疑問や質問に対して、審査員が満足するような答を与えなければ、掲載は拒否される。
これらの審査員が、写真の切り貼りを見過ごしたということは、考えられない。何回かのやり取りで、小保方の説明に切り貼りを納得した可能性が高い。ただし、審査員が納得しなくても、編集長が掲載を決定する場合がある。
5月9日の報道によると、 Scienceの審査員もNatureの審査員も、切り貼りをはっきりと認めていた。Scienceの審査員は、切り貼りが問題なのではなく、切り貼りのやり方に不都合があるとした。)
「覚悟を決めた女」の記者会見4月9日
沈黙を守っていた(守らされていた)小保方が、弁護士に付き添われて、調査委員会の結論に対する不服申し立ての記者会見を行った。この2回目の会見の小保方に、「覚悟を決めた女」の姿を見た。
女という性は、種の存続のために、他の個体である胎児を自分の体内で育て上げる。出産後は、自分から独立して生きる新生児を、自分の身を削って育てる。女は、覚悟の対象を守るために、他のすべてを捨てることができる。命がけの覚悟を本能的に求められている性だ。
小保方を、週刊誌などでは、「かわいそうな女」なのか、「したたかな女」なのか分からない、などとおもしろおかしく書き立てている。一見矛盾しているように見える、それらすべてを兼ね備えた、「覚悟を決めた女」が彼女の実像だ。
「覚悟を決めた女」に比べると、最終的には自分の身を守ればいいだけの、「覚悟を決められない男」は無様だ。そういう女と男の実像が、理研の関係者が行なったいくつかの記者会見で、残酷なほどあらわになってしまった。
男には、自尊心を捨てることがとても難しい。「覚悟を決めた女」は、自分が守るべき対象のためならば、自尊心を簡単に捨ててしまう。小保方は、記者会見で、「私が未熟だったために問題が生じました」、とか弱い声で何度も反省の弁を繰り返した。野依が、小保方を未熟と切り捨てたことに合わせたのだ。しかし、「STAP細胞は存在します」と断言したときに、それまでとは全く異なる小保方の顔が現れた。毅然とした、何事にも動じない「覚悟を決めた女」の顔だった。理研でSTAP細胞の研究を続けたい、という思いが明瞭に見えた。
小保方の顔には心労がはっきりと出ていた。しかし、フラッシュが休みなくたかれる2時間半の会見中に、ぶれることはなかった。自分にとって重要性が低いと思われる事柄については、瑕疵を認めたが、問題の核心に触れるところでは、明確に自己主張した。
女という性は「弁解する性」でもある。 自分の身ばかりか、自分とは異なる個体である、子供も守らなければならない。安全を期すためには防御がとても大事になる。そこで弁解の達人になる。 この弁解は、男から見ればとても巧妙だ。周囲に目配りをし、どこからも攻撃を受けないように、細かく配慮する。しかし、核心に触れる自分の主張はきぜんとして押し通す。
男は「攻撃的、そして能動的な性」だ。自分の主張を大上段に振りかぶって、反論する相手を叩きつぶそうとする。その攻撃が自分に跳ね返って、自分の身が危うくなることがある。防御よりも攻撃が大事な男は、そのような可能性にまで気配りをしない。
2回の調査委員会の会見における、
理事長を含む理研幹部の態度は、小保方とは正反対だった。子供っぽいほど攻撃的で、小保方だけに責任転嫁しようとした。自分を攻撃する理研幹部を含む、多くの関係者に配慮をした、したたかな小保方の弁明との対比は強烈だった。
理研幹部が気の毒に見えた。
STAP細胞の生物学的な意味を理解できず、そんな細胞には興味もない多くのおじさんたちが、小保方の2回目の会見を見て「オボファン」になったのは、当然だった。 おじさんたちは、愛するもののために「覚悟を決めた女」の姿を見て感動し、メスを守るオスの本能に目覚めてしまったのだ。
やっと出てきた直接の指導者4月16日
小保方をユニットリーダーとして取り立て、指導も行っていたとされる笹井が、1月28日後では初めての記者会見にのぞんだ。
笹井は、STAP細胞を「STAP現象」と言い換え、まだ仮説に過ぎないと主張した。小保方と理研幹部の間にはさまれた笹井は、注意深く言葉を選んで発言した。だが、次の3点について確信しているところから、STAP細胞の存在については、疑いを持っていないと思われる。
小保方は、弁護士を通して、笹井の記者会見に対する感想を述べた。ここでも女としての気配りが見えた。「尊敬する笹井先生に困難をもたらして、申し訳ありません」、と涙ながらに語ったという。男性陣から、小保方への謝罪の言葉が出たことはない。
実験中の割烹着姿が話題になったが、私は彼女の目力から強い印象を受けた。右手にピペット、左手に試験管を握り、やや上目づかいに試験管を凝視する大きな目。きらきらと輝く瞳の奥は深く、全神経を実験に集中させていることが分かった。
もしも、これがテレビカメラを前にしての演技ならば、小保方は、プロの俳優が顔負けする演技力を持っていることになる。私は、これは演技などではなく、彼女の実像と確信している。
小保方の研究への取り組み方が、このような見かけにぴったりと一致するからだ。彼女は、自分自身を外側から見つめ、自分がやっていることに距離を置きながら、客観的に実験を進めるタイプの研究者ではない。 個人的な思いに突き動かされて、仕事を進めるタイプだ。それがこの目力に現れていた。
研究者のタイプは大きく分けて2つになる。
研究者のタイプ | |
タイプ1 |
他の研究者の仕事を追いかける、追試(追試研究)を主にやる。
公表された論文を読んだり、学会発表を聞いたりして、他の研究者と同じような実験をする。実験条件を少し変えて、オリジナルな論文に書かれた結果よりも良い結果が出たことを、自分の業績とする。研究が成功する確率は高いが、仕事は地味だ。
このタイプの研究者が最も多い。
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タイプ2 |
誰も報告したことのない、全く新しい知見を得ることに全力をあげる。 他の研究者が気づいていないか、多くの研究者が関心を持っているが、誰も研究に成功したことのない分野を選ぶ。 成功の確率は低い。成功すれば新しい分野の開拓者として注目される。 |
小保方はタイプ2の研究者だ。既存の知見からはずれたところで研究をする。 このタイプの研究者には、困難を乗り越えるためのエネルギー源が必要になる。強烈な思い込みがそれだ。
研究の進め方にも2つのタイプがある。
研究の進め方のタイプ | |
タイプ1 |
研究を始める前に仮説をしっかりと立てる。仮説を証明するための実験の流れを、頭の中に構築する。この事前準備に時間とエネルギーを注ぐ。
文献を読み込んで、実験として何ができ何ができないのかを、注意深く考察する。
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タイプ2 |
何かのきっかけで、突然にインスピレーションが湧くと、タイプ1のような手続きを経ずに、特定のテーマに取り組むことがある。
アイディアが眼前で強烈な光を放っていると、周囲にあるものが見えなくなる。
実証するための研究計画の体系づけを無視して、最短の近道で結果に辿りつこうとする。
トライ・アンド・エラーで実験条件を次々に変えながら、実験を続けることになる。
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小保方の研究の進め方はタイプ2だ。しかしタイプ2を否定してはいけない。 研究を始める前に、結果まで見通せるような実験からは、究極のブレイクスルーを得られない。成功する確率は低くても、タイプ2のような研究が必要になる。 成功すれば、低い確率に十分に見合った、巨大な貢献を社会にもたらすことになる。
小保方に同情的なジャーナリストが、短期間で結果を出さなければならないという圧力が、小保方の判断を狂わせた、と述べた。しかし、研究を規定する外部要因として、期間が限定されるのは当然だ。期間の限定が、より多くの仕事をするための原動力になる。
私は、オーストラリア政府の医学研究基金で研究を進めたが、常に時間や予算との厳しい戦いがあった。そのような限定の中で、期待された結果を出すのがプロの研究者だ。
小保方が批判されたことの一つに、実験ノートがある。実験ノートは、特許出願との関連で大事だ。特に アメリカの特許は先発明主義なので、特許出願の日よりも実験をやった日のほうが、重要になる。 実験日の証明を実験ノートでできる。このように重要な実験ノート。全ページに通し番号がつけられる。各ページに日づけを書き、実験者および上司または同僚が署名する。
実験ノートは、個々の研究者ではなく所属機関に属する。研究者はノートを公開することができず、所属が変わったときに持ち出すことも許されない。 小保方が以前の実験ノートを公開できなかったのは、当然だった。
調査委員会は、小保方の実験ノートは2冊しかなかった、と述べた。その後の小保方の記者会見で、小保方が4~5冊と訂正した。その中には、ハーバード大学で使った実験ノートが含まれる。
小保方は、ハーバード大学大学院のバカンティ研究室に、2008年から2年間留学した。バカンティ教授からヒントを得てSTAP細胞の研究を始めた。2011年に理研に職を得た。
5年ほどの間に、4~5冊の実験ノートを残したことになる。多いとはいえない。タイプ2の研究者が、タイプ2のやり方で仕事を進める場合、実験ノートが少なくなる傾向がある。
実験ノートには、その日やった実験のまとめを書く。実験条件、機器の操作、実験結果などだ。
実験ノート以外に、研究者は普通雑記帳を持っている。アイディアや検討に値する複数の実験条件など、思いついたことを何でも書く。他人に見せる必要がないので、研究や実験に取りかかる前の思考実験をするために、私にはこの雑記帳がとても大事だった。他に、溶液に加える試薬の量を計算するために、紙片を使ったりする。実験台の上で量を確認するには、ノートを隣に置くよりも紙片のほうがいい。
実験には多様な機器が使われるが、ほとんどがコンピューターで制御されている。数字や画像になった結果が、データとしてコンピューターに残される。データを打ち出せばデータシートが手元に残る。それには、日づけが自動的に書き込まれている。
デジタル世代の若い研究者ほど、実験の過程と結果を手で書くのを億劫がる。コンピューターにデータが残っているので、それだけで十分なはずだ、と勝手に自分を正当化してしまう。
小保方は、多分そのようなデジタル世代だ。世間から注目されることのない普通の研究者ならば、大きな批判を受けない。けれども、小保方のように一挙手一投足が注目されるようになると、小さな不都合がもとになって窮地に追い詰められてしまう。小保方は、このことを間違いなく学んだ。
小保方は、実験室で手を動かしているうちに、細胞が変化する現象に魅了されたはずだ。それが余りにもおもしろかった。実験条件には変数が無数にあるが、そのようなことは、気に留めなかったのではないか。
厳密にコントロールしなければ変わってしまう変数には、以下のようなものがある。 この小さな変数の一つひとつが、試験管内で、細胞の機能に決定的な影響を与える。
マウスのからだから材料にする細胞を取り出すときの洗浄の条件(遠心機の回転やピペッティング);細胞を処理する弱酸性溶液のpHの微妙な変化(放っておけばpHは変わってしまう);実験室の室温;培養液添加試薬の秤量のぶれ;細胞を孵卵器に入れたときの培養時間のぶれ;などなど。
実験過程の変数が、正確にコントロールされていなかったならば、STAP細胞の作成に200回成功したとしても、すべてに同じ条件を適用しなかったことになってしまう。
Natureの論文には現象を書いたが、最良の作成方法の詳細については今後の論文で書く、と小保方は言った。 200回の作成に共通する実験条件が不確かなことが、そのような発言になった、と私は推測する。
私は、STAP細胞のような万能細胞があっても不思議ではない、と考える。
このサイトの進化論関連の評論に何度も書いたが、遺伝子は数が少なく(人類で2万2000個、ある種の植物と同じ)、とても安定していて保守的だ。
30億対の塩基配列で2本鎖DNAが構築されているが、遺伝子として機能している部分はたった2%に過ぎない。しかも、人とチンパンジーの間のDNA配列の違いは、1~2%だ。
さらに、これも繰り返し書いたことだが、次々と襲いかかる絶滅の危機を生きのびるために、生物は巧妙なメカニズムを作り上げた。環境の激変によって遺伝子がダメージを受けないように、遺伝子を安定化させると同時に、細胞を作り上げるまでの遺伝子発現の過程を、極端に柔軟にした。
この柔軟性によって、超新星爆発によるγ線照射、隕石落下、大噴火などの、瞬間的に発生する絶滅の危機を乗り越えてきた。そればかりか、危機を進化につなげる能力まで獲得した。
その 柔軟性は、DNA鎖の遺伝子以外の部分によって担われている。DNA配列中の97~98%の部分で柔軟性を確保している、と思われる。このDNA鎖の大部分を占める、いわゆるジャンク領域の機能の大部分を、私たちはまだ知らない。
小保方自身が意識しているかどうかはともかく、 小保方の研究の可能性とリスク(困難さ)は、この進化によって培われた遺伝子発現の高度の柔軟性と、直接に関係している。
iPS細胞は、細胞の遺伝子に人為的な手を加えることによって作る、万能細胞だ。「不自然」な作り方といえる。
「不自然」であることは、実験室における操作で、iPS細胞を安定的に作れることを意味する。
STAP細胞では、環境の変化に柔軟に対応する、細胞が本来持っている機能をもとに万能化させる。「自然」な作り方になる。これは、細胞が置かれる環境が少し違えば、期待した通りのSTAP細胞の作成ができなくなることを、意味する。
STAP細胞作成のために、毛細管を通すことによる細胞への刺激が必要、とバカンティが言っている。しかし、小保方は、弱酸性溶液による処理で、STAP細胞の作成に成功した。このことを頭に入れて、以下の私の説明を読んでいただきたい。
生物進化の様相を考慮すると、細胞がそれまで順応していた環境とは異なる環境に、細胞を置くことによって、細胞を初期化できると思われる。 新しい環境に適応した細胞(その集合体は個体)を生み出すために、細胞が万能性を獲得すると考えることに、無理はない。あらゆる物理・化学的な環境変化が、万能性獲得のための細胞へのストレスになり得る。
実験室のスケールで、細胞が進化を通して得た能力の確認をするモデルになるのが、STAP細胞の作成と考えることができる。溶液の酸性化のみならず、溶液のイオン・塩・アミノ酸濃度を生理的な範囲からずらすことによっても、万能細胞を作れるかもしれない。培養温度の上昇または下降や、放射線照射、振動など、いろいろな物理的刺激も有効かもしれない。培養時間の経過と共に、培養液中に細胞の代謝産物が増えるが、それも刺激の一種になって不思議ではない。
細胞を洗浄するときに、細胞が入った溶液を細いピペットで攪拌する。攪拌のときの手の力の入れ方を、客観的に数字で表現することはできない。
個々の実験者の筋力が異なるだけではなく、一人の研究者の力の入れ方が、毎回完全に同じになることは、あり得ないからだ。バカンティが、細胞を毛細管に通すことを勧めているが、ピペッティングは、まさにそのようなコントロールができない物理的刺激になる。
このピペッティングの例でも分かるように、 あらゆる刺激が万能性誘発の原因になるとすると、実験が極めて難しくなる。STAP細胞作成の最適条件を検討するときに、極端に多様な実験条件を、正確にコントロールしなければならないからだ。 酸性化の影響を調べるには、溶液の酸性度以外のすべての条件を、一定に保たなければならない。
再現性試験の難しいことが、私の上のような推測の正しさを示唆している。
他の研究室で、あらゆる物理・化学的条件を小保方の研究室と同一にすることは、不可能だ。器具の操作には人間ファクターが入るので、そこでも条件を一定にはできない。それを小保方は経験的に知っていて、「コツ」という言い方をしたと思われる。からだで覚えたその「コツ」を、他人に明確に説明するのは困難だ。
以下は、理研のウェブサイトに掲載されている、小保方紹介文の要旨だ。
ポジション | 細胞リプログラミング研究ユニットリーダー |
研究テーマ | イモリなどは、失われた組織を再生するメカニズムを持っている。 外傷などの刺激によって引き出される、体細胞の可塑性と幹細胞の関連性に着目。 幹細胞を生体内・生体外で作り出すことを目指している。 |
主要論文(Natureの論文は含まれていない) | 小保方が筆頭著者になっているもの2編、第2著者になっているもの1編。 |
上の3編の論文は、2011年に出版された雑誌に掲載された。論文を書くのは筆頭著者なので、Natureに投稿した論文の前に、2編しか書いていなかったことになる。
論文を書くよりも、実験を楽しんでいる研究者と考えれば、納得できる。論文の緻密な書き方を、真剣に突き詰めて考えたことがなかったのではないか。
論文の書き方に慣れる前に、世界で注目される内容の論文をNatureに投稿したことは、今になってみれば安易だった。「私の未熟さのおかげで、皆さんにご迷惑をおかけしました」という謝罪は、今回の問題の原因の一つを自ら明確にしている。
研究者としての評価には、論文の質だけではなく数も加わる。研究者は、なるべく多くの研究論文を書く必要に迫られる。 論文に書き慣れると、実験の進め方にソツがなくなる。最小限の労力と時間で、論文を書くのに必要かつ十分な実験結果を得られるように、実験を組み立てることができるようになるからだ。
小保方は、実験結果をたくさん得たが、完璧な論文を書くための過不足ない結果を出すことに、明らかに慣れていなかった。 論文の不十分な箇所をきれいにしようと、論文を書きながら操作をしたために、「捏造」とまで批判されることになった。
写真の取り違えについて、「パワーポイントの写真を、新しい結果が出るたびに更新していたので、どれがもともともの写真か分からなくなりました」、と記者会見で小保方は言った。
パワーポイントは、プレゼンテーションに使うソフトだ。グループ内、研究室内、研究所内で、日常的に研究に関する討論を行っていたと思われる。理研幹部は、小保方が、他の研究者をつんぼ桟敷に置いていたような言い方をしていたが、そのようなことはあり得ない。
ユニットリーダーの小保方と同じ実験室で仕事をしていたスタッフは、小保方の指導のもとに同じような実験をやっていたはずだ。彼らは、小保方がやっていたことのすべてを身近で観察し、再現性試験と同じことを間違いなくやっていた。お互いのデータを毎日確認し、実験材料が何であるのか、どこに保存しているのかなど、何でも承知していたはずだ。
小保方が「他に実験に成功した人がいます」と言ったが、その人とは、小保方ユニットのスタッフである可能性が最も高い。理研幹部は、小保方の研究に最も精通しているスタッフに、接触しなかったのだろうか?
理研のウェブサイトで、小保方ユニットの組織を調べた。予想通りに(!)、彼女のユニットの組織図が抹消されていた。 MEMBERSのページには、「このページは現在作成中です。しばらくお待ちください。」、という素っ気ないメーッセージしかなかった。テレビで、小保方の部下が数人いる、と報道されたことがあった。理研幹部は、小保方ユニットのメンバーの名前が、外部に知られることを恐れているようだ。
発生・再生科学総合研究センター長の竹市の下に、26のグループ、チーム、研究室、開発室、解析室、プログラム、プロジェクトなどと、多様な名前で呼ばれるグループがある。
小保方の細胞リプログラミング研究ユニットは、センター長戦略プログラムと呼ばれるグループの中の、5つのプロジェクトとユニットのうちの一つだ。小保方ユニットは、発生・再生科学総合研究センター、ひいては理研の期待のユニットの一つだったことが分かる。
どうでもいいことだが、「オボファン」のおじさんのために書いておく。小保方が理研スタッフになった頃の写真からは、化粧気のないちょっとかわいいだけの女性のように見える。1月の最初の記者会見までに、磨かれていなかった原石を磨き上げた人たちがいたことは、間違いない。
研究論文から、研究の成果だけではなく、研究者の環境を知ることができる。Natureの論文の著者とその所属機関から、小保方の研究環境がかいま見られる。
2編の論文が、同じバックナンバーのNature誌に載った。発行日は2014年1月だった。その前の論文は、2011年に発行されたTissue Engineering誌に載ったので、3年分の実験結果を2編にまとめたことになる。実験場所は、ハーバード大学と理研の2カ所に渡る。
以上のことから、実験結果をまとめるのが困難だったことは、容易に想像できる。長い期間を置かずに短い論文をいくつか書いていたならば、本人の誤解がもとになった間違いは、生じなかったと思われる。
2編とも、小保方の所属先として3カ所が示されている。ハーバード大学と、理研の小保方がリーダーになっている細胞リプログラミング研究ユニット、それに若山照彦がリーダーのゲノム・リプログラミング研究チームだ。小保方の活動範囲は広く、たった一人で研究を進めていたなどとは、ここからも信じられない。
小保方の実験の評価ができる研究者として、特に注目しなければならない研究者が3人いることは、共著者を見れば分かる。理研内の、小保方と同じグループに所属している研究者たちだ。
第1報では、現在は山梨大学の教授になっている
若山照彦
。第2報では、若山以外に、
寺下愉加里
と
戸頃美紀子
がいる。寺下は、小保方と同じ2つのグループに所属し、戸頃は、ゲノム・リプログラミング研究チームに所属している。同じ研究室で、小保方と一緒に実験を行っていた寺下と戸頃が、重要な鍵を握っているのは明白だ。
これらの3人娘は、お互いの仕事の中身を完全に把握していただけではなく、おしゃべり仲間だった可能性が高い。プライベートな話も、仕事の合間にやっていたことだろう。
他の研究室の研究員では、ゲノム資源解析ユニットの 門田満隆 が、共著者になっている。ゲノム解析という重要な仕事で、門田が実験を手伝った。門田も、小保方の研究についての重要な証人になる。
論文の共著者の中に、その他の理研スタッフが3人入っている。笹井、丹羽、米村などの他研究室のリーダーは、小保方の細かい実験経過までは、把握できていなかったかもしれない。討論に加わったり、部下に小保方を手伝わせたことが考えられる。
その他の共著者は、ハーバード大学のバカンティ(同姓の2人)と、東京女子医科大学の大和だ。
小保方は、実験を組み立てるときに、緻密な思考が必要であると同時に、論文を書く前に、どのような批判にも耐えられる実験結果を得ておくことの重要さを、学んだはずだ。失敗は、研究者としても人間としても、自分を大きくする材料と考え、今後の研究活動に生かすことを期待したい。
メディアは、理解できないことは理解できないと認め、本題からはずれた馬鹿騒ぎで、研究者ばかりか、重要な科学的発見までつぶしてしまうようなことを、やってはいけない。
(理研が、12月19日の記者会見で、STAP細胞の存在を事実上否定し、研究の中止を発表しました。以下の追記を、「作者の思い」から転載します。「作者の思い」の書き込みは、時間と共に下のほうへ消えていくので、大事な点をここに書き残します)
理研でのSTAP細胞検証実験は、STAP細胞はできないという結論になって、終了した。1月に世紀の大発見とバカ騒ぎをしたメディアが、今度は手のひらを返したように、世紀の虚構実験と非難している。研究の何たるかを知らない、メディアの付和雷同ぶりにはあきれるが、ただあきれているだけでは済まされない問題がある。ここに、それを書きとめておきたい。
12月20日の日経新聞の記事をまとめると、次のようになる。
「検証実験で、弱酸性溶液に浸した細胞から、緑色に光る細胞塊が得られた。この細胞塊の万能性遺伝子の活性は、胚性幹細胞(ES細胞)の100分の1以下だった。キメラマウスの実験では、細胞塊を受精卵に注入して子宮に入れたが、緑色に光る胚は得られなかった」
使った細胞はひ臓の血液細胞なので、たとえ万能性遺伝子の活性があったとしても、とても低いと思われる。さらに、弱酸性溶液で処理すると、細胞自体の活性が落ちるので、全遺伝子の活性も間違いなく落ちてしまう。それにもかかわらず、万能性遺伝子の活性があったということは、とても重要な結果と考えられる。
この所見を無意味なものと結論づけたいので、
新聞では「活性は100分の1以下だった」と述べられている。正確にどれくらいの活性があったのかを、知りたいものだ。たとえ200分の1の活性だったとしても、万能性遺伝子の活性がとても高いES細胞との比較なので、この実験結果には大きな意味がある。
ただし、この程度の活性では、キメラマウスの作製には成功しない、という結果が得られたことになる。活性を上げる実験を積み重ねていって、もっと高い万能性活性にすれば、キメラマウスの作製に成功するはずだ。
今後やらなければならないことは、活性が上がる実験条件の検討になる。 基礎研究では、研究者は、試行錯誤を繰り返す。メディアのバカ騒ぎとは関係のないところで行われる、長く根気のいる地道な仕事だ。
小保方は、最初の記者会見の3日後に、理研の公式ウェブサイトに、上で示した「報道関係者の皆様へのお願い」というメッセージを、書いた。自分の研究の現状を把握していながらも、自分を利用しようとする勢力と、お祭り好きなメディアに翻弄された、若手研究者の姿が浮かび上がる。
噂によると、小保方を採用したい企業や研究所があるという。静かな環境下で研究を続けてもらいたい。笹井の自殺という悲劇を乗り越えて、前進してもらいたい。
万能性幹細胞から精子への変化の途中にある細胞が、幹細胞へ逆戻りする現象が、マウスの実験で知られている。薬剤などで幹細胞が死ぬと、この逆戻り現象が強化される。このような逆戻り現象は、精巣以外の臓器や組織でも起きていると思われる。
小保方の研究は、からだの中で起こっていることを、試験管内で再現するものだ。生物学的には、成功して当り前と考えられる。
(追記:
2016年4月に、
ドイツのハイデルベルク大学の研究チームが、STAP細胞追試の研究結果を、ScienceDirecrt誌に発表した。
小保方の実験条件を少し改変し、
白血病由来のT細胞株を弱酸性溶液で処理した結果、多能性マーカーの一つ(AP)を示す細胞が有意に増加した。
この処理によって死んだ細胞が多かった。過酷な状況下で細胞が万能化されるので、STAP細胞は、環境の変化が進化の原動力になることを示唆する、試験管内(in vitro)モデルの一つになる(上記の本文を参照)。
ハーバード大学が、日本を含む世界各国で、STAP細胞の特許を出願している。
特許出願においては、大きく網をかけるのが普通で、この特許も、細胞にストレスを与えて多能性が生じる方法、と広くなっている。
見当違いな馬鹿騒ぎで、日本人の研究業績を日本人がつぶしている間に、海外では地道な研究と特許出願が続く。
ハイデルベルク大学は、多能性マーカー陽性細胞の数を増やすと同時に、発現増大を目指している。)
(「作者の思い」に、小保方さんの著書「あの日」への感想と、小保方さんが告発された件について書きました。上に書いたように、小保方さんが、周囲の研究者と密接な情報交換をやっていたことは、「あの日」からはっきりと読み取れます。ここには、告発の事案を書き残しておきます)
まず研究者としての私の直感を書く。
こんなことで刑事告発をされるならば、告発されるべき研究者が、世界中には無数にいる。この事案が刑事告発に値しないことは、研究者ならば誰にでも分かる(告発した研究者を除いて)。
理研幹部が、論文に切り貼りした写真を載せた研究者がいるかどうか、すべての研究者を調査するといったが、結局はあやふやになってしまった。上と同じレベルの問題だ。
2015年1月に、元理研研究員の石川智久が、小保方を兵庫県警に刑事告発し、5月に告発が受理された。石川は、最初は被告発人を小保方にしていたが、その後被疑者不詳として再提出した。
告発状の内容を要約すると、 「小保方と一緒に研究していた若山が、山梨大へ移動するのに伴って移管する予定だった、ES細胞入りのチューブ80本が、「紛失した当時とほぼ同じ状況で」、小保方研究室のフリーザーから見つかった。(石川の推計では)小保方が窃盗したサンプルには、約4080万円の価値がある」 、となる( 「FRIDAYデジタル」 )。
2016年2月に、兵庫県警が、参考人として、小保方を任意で事情聴取していたことが、明らかになった。
疑問1:ES細胞のサンプル
小保方を犯罪者にすることを目論んだ、告発状自体が、小保方の「無罪」を示唆している。
大学や研究所で研究していた研究者ならば、誰にでも分かる。引っ越し時のゴタゴタで、サンプルの移管がうまくいかないことがある。告発状によると、小保方は、若山のサンプルをリスト化して保管していた。自分のサンプルとは区別して、若山のサンプルを若山のために保管していた可能性が、大きい。
自分のものにしたければ、自分のサンプルの中に埋没させてしまうはずだ。そんなことは容易にできる。そうすれば、好き勝手に若山のサンプルを使うことができた。
「紛失した当時とほぼ同じ状況で」見つかったということは、小保方は、これらのサンプルに「ほぼ手をつけていなかった」ということだ。
研究用サンプルの中には「できふでき」があり、引っ越しの際に、研究者は良いサンプルを選んで持っていくのが、普通だ。上記の80本は、廃棄してもいい「ふできなサンプル」だったという指摘がある( 「山梨大学に「Chong Li」 博士の受け入れ記録無し!」 )。
疑問2:告発人石川智久
気負って告発した石川は、小保方と同じ神戸の理研研究センター(CDB)で研究をしていて、事情をとてもよく知っているのかと、私は思った。ウィキペディアで彼の経歴を検索した(
「石川智久 (薬物動態学者)」
)。驚いた。神戸に所属したことはなく、2009~2014年まで、遠く離れた横浜の理研研究所で働いていたのだ。しかも専門が小保方とは異なり、生化学領域の薬物動態学なのだ。
研究用サンプルに4080万円という値段をつけたのも、奇妙だ。極端にいえば、研究用サンプルは無価値か無限大の価値かの、どちらかにしかならない。もっと普通の言葉でいえば、「研究用サンプルに値段をつけることはできない」。
この告発人の背景に私は強い興味を持った。自分よりも30歳も若い研究者を抹殺したい本当の理由は、何なのか?
疑問3:存在しなかったことにされた「過去」
亡くなった笹井芳樹は、ES細胞に日本で最も精通していた研究者だった。2014年4月の記者会見で、STAP細胞(STAP現象)をES細胞ではない万能細胞と考える根拠を3つ、上に書いたように述べた。
小保方の研究に疑問を呈する研究者は、笹井が今までに述べた見解に論理的に反論しなければならない。
その程度のこともやらない(できない)研究者には、小保方を批判する資格はない。
全く当り前なことだが、科学的な問題は、科学的な議論をできる場で、徹頭徹尾科学的・論理的に討論しなければならない。
(追記:2016年5月に、神戸地方検察庁は、「窃盗事件の発生自体が疑わしく、犯罪の嫌疑が不十分だ」として、小保方を不起訴にした。)