Essay 41

外側から見た私たちの宇宙

和戸川の関連書籍「無から湧き出る宇宙
2014年4月8日(修正2019年6月3日)
和戸川 純
無限を思い描くはかなく愛しい存在

私たち(地球上の生物の一種)は、本当に小さくてはかない存在だ。一人ひとりの毎日の生活圏は、数キロから数十キロの範囲内に収まる。地球に密着している衛星の月だが、行ったのはほんの一握りの人たちに過ぎない。 異星人が受信すれば、人類の存在を知ることができる最初の電波が、100年前に発信された。現在の到達点は、地球からたかだか100光年先のところだ。 私たちの寿命は、どう頑張ってもわずかに100年余。120歳程度で寿命が尽きるように、DNAにプログラムされている(エッセイ2「絶滅をバネに進化する生物」)。

このようにはかない存在だが、思考する力を持っている。思考を、空間的にも時間的にも、無限の彼方にまで広げることができる。今や、 人間は、知覚も認識もできない次元の彼方にまで、思考を及ぼすことが可能になった。 最新の量子論をもとにした宇宙論によって、全く新しい宇宙像が見え始めた。

この評論では、想像できない世界を想像することにする。まず言葉の意味を明確にして、読んだ皆さんに余計な誤解を与えないようにしたい。
私たちは、「線」だけから成る「1次元線宇宙」を認識できない。どのように細い線でも、幅がなければ人間には見えないからだ。幅があれば2次元になってしまう。「縦、横」から成る「2次元面宇宙」を想像できるが、私たちの知覚能力からは、実体としては観測できない。紙に鉛筆で線を引けば分かるが、線の厚みをゼロにすれば、その線は眼前から消えてしまう。
知覚できるのは3次元の立体だけだ。私たちの宇宙は、「縦、横、高さ」のある「3次元空間宇宙」。これに長さのもう1つの単位として「時間」が加わるので、私たちの宇宙は、「4次元時空」とも呼ばれる。観測が可能な宇宙は、4次元時空だけになり、人間の認識能力は、次元的には極めて限定されている。

これから「高次元時空」という言葉が出てくるが、この時空は、私たちの「4次元時空」に1つ以上の次元が加わった時空のことだ。量子論の超ひも理論では、時間は1次元と規定されているので、「高次元時空」は、空間次元が4つ以上の時空になる。従って、「4次元以上の空間宇宙」、または「5次元以上の時空」という意味になる。超ひも理論によると、私たちの4次元時空は、「10次元または11次元時空」内に存在している。


図1.光速よりも速く膨張する宇宙の光の速さ

秒速30万キロの光が宇宙で最も速いはずだが、私たちの宇宙は、現在光速の約3倍の速度で膨張している。 一見奇妙なこの現象を、以下のように説明できる。
宇宙が膨張しても、光が伝わる場としての宇宙空間には、何の変化もない。物理場としては変化しない宇宙空間が、広がるにすぎないからだ。 従って、空間を伝わる光の速度には変化がない。

3次元空間宇宙の膨張速度が光速を超えているので、高次元時空に、光速以上の膨張速度を私たちの宇宙に与える、何らかの現象が存在することを予想できる。 このことは、今までに書いた宇宙論でも大事だが、今回の評論では、結論を導くための特に重要なかぎになることを、ここで指摘しておきたい。


図2.加速に転じた膨張速度の謎

誕生時の宇宙は素粒子よりも小さかった、と通常は説明される。ところが、誕生から10 -33 秒の間に、真空の相転移によって、莫大な量のエネルギーが極微空間に満ち、インフレーションと呼ばれる空間の猛烈な膨張が起こった。そのときの膨張速度は、光速の10 22 倍だったと計算されている。インフレーションはビッグバンに継続した。

誕生から38万年後にビッグバンが終了し、光や電波などの電磁波が空間を直進できる、宇宙の晴れ上がりが生じた。このときの宇宙の直径は656億光年で、現在の宇宙の大きさの70%に達していた。 晴れ上がり以前の宇宙空間は、かすみがかかっていて、光学的な観測機器でも電波的な観測機器でも、観測することができない。すなわち、 現在までに930億光年の直径にまで膨張した宇宙だが、私たち人間には、地球周囲の直径274億光年(半径137億光年)の範囲しか、物理的には観測できない。

インフレーションからビッグバンを経て、宇宙の膨張速度は減速を継続した。ところが、理由は不明だが、宇宙誕生から約70億年後に再び加速に転じた。 このことは、宇宙論を展開するときに極めて重要な意味を持つと思われるので、 エッセイ31「次元の闇から湧き出る宇宙」 で私見を詳しく述べた。


図3.次元の限界から出ることができないベビー

2次元面宇宙に、1次元線ベビーが住んでいると仮定する。宇宙の定義で書いたように、私たちはこのベビーを見ることができない。この面宇宙は、1次元線ベビーには無限に広がっている。

ここに住んでいる2次元面ベビーが這い進んでいけば、2次元面宇宙の果てに達する。そこは円周だ。
2次元面宇宙を3次元方向へ丸めてしまう。すると、3次元の球体宇宙ができる。 2次元面宇宙に住んでいる2次元面ベビーにとっては、前の例とは違って、宇宙は無限に広がっているように見えてしまう。丸める前と後で何が起こったのかは、3次元方向の認識ができない2次元面ベビーには、全く分からない。

以上の宇宙モデルを使った観察結果を、私たちの宇宙に住んでいる、3次元空間ベビーにふえんすると、次のようになる。 4次元空間宇宙内に存在する、4次元的に曲がった、3次元空間宇宙に住んでいる3次元空間ベビーは、宇宙には果てがないと感じる。

私たちには認識不可能な4次元空間ベビーが観測すると、3次元空間宇宙には果てがあることが分かる。


図4.まっすぐ進んでも出発点に戻ってしまうベビー

3次元球体の2次元表面にいる2次元面ベビーは、どこまで這い進んでも果てに到達できない。まっすぐに這い進めば、出発点に戻ってしまう。ベビーには果てがないように見える2次元表面だが、ベビーは円周を測ることによって、自分が住んでいる丸まった面の面積を計算できる。

4次元空間宇宙内に存在する、3次元空間宇宙の内部をまっすぐに這い進んでも、3次元空間ベビーは宇宙の果てに達することがない。4次元空間宇宙からこのベビーを見ると、ベビーは、4次元的に曲がった道をたどって出発点へ戻ることになる。このベビーは、自分が這い進んだ距離を測ることによって、果てがないように見える3次元球体宇宙の体積(大きさ)を計算できる。


図5.宇宙の果てを認知できない理由

水中に泡がある。私たちは泡を見ることができる。「泡を見る」とはどういうことだろうか?空気と水という2つの異なる物質の境界面を認める、ということになる。空気は肉眼では見えないが、色のついた微粒子を拡散させれば、間接的に見ることができる。
空気と水という、3次元的に規定できる物質に限っても、泡の中にいる人と外にいる人とでは、泡の見え方が異なる。 泡の中にいる女は、水を見ることができるが、泡の境界を見ることはできない。外にいる男は、泡の内部だけではなく、泡の境界も見ることができる。

高次元空間宇宙内に存在する、3次元空間宇宙に住んでいる私たちは、泡の中の女よりも、周囲の観察がもっと困難な状況に置かれている。私たちは、3次元空間宇宙の外側に存在する高次元空間宇宙を、知覚することも認識することもできない。今住んでいる宇宙空間しか見えないので、宇宙には果てがなく、あたかも無限に広がっているように思えてしまう。もっとも137億光年よりも先の宇宙空間には、ビッグバン時のかすみがかかっているので、事実上宇宙の果てを見通すことはできない。

3次元空間宇宙は高次元的に曲がっているので、まっすぐに前を見ているつもりでも、高次元的には私たちの視線は曲がっている。
宇宙が誕生時から晴れ上がっていて、すべてを見通せる状態にあるとする。すると、高性能の望遠鏡で宇宙の彼方を見ると、自分の背中を見ることになる。3次元空間的には光は直進するが、4次元空間的には曲がっている。


図6.極小宇宙でも果てがないように感じる

高次元空間宇宙内に存在する私たちの3次元空間宇宙。「人間には認識できない宇宙の果て」で考察したように、3次元の存在である人間にとって、4次元的に曲がった3次元空間宇宙には果てがない。この人間の認識は、私たちが住んでいる3次元空間宇宙の直径とは、無関係だ。そこで、次の2点を特に指摘しておきたい。

  1. 時間を逆に辿っていくと、宇宙の直径がたった1キロだったことがある。その宇宙に人間が住んでいたと仮定すると、その人間にも宇宙は広大無辺に感じられた。 宇宙誕生時にまで戻ると、宇宙は通常の素粒子よりも小さかった。そこでも、中にいる人間には、宇宙には果てがないと感じられた。3次元的な大小の常識が通用しない高次元空間宇宙。このことは、最後の結論を導き出すための重要なポイントになる。
  2. 高次元的に曲がっている宇宙のどこにいようとも、常に宇宙の中心にいるような感じを、持ってしまう。もしも、100億光年離れたところに存在する惑星上の知的生命体と接触できたならば、その異星人も、自分たちが宇宙の中心にいると思っていることを知る。

図7.高次元の指標を知ることができない

3次元の球体表面に2つの点を描く。これらの点を球表面の対極以外のところに描くと、距離は1つではなくなる。 Aを測れば2点は近く、Bを測れば遠くなる。
4次元空間宇宙内の3次元立方体を想定すると、奇妙なことになる。 4次元空間宇宙から、上の緑とオレンジの立方体のどちらがより大きく見えるのかを、3次元空間宇宙に住む私たちには知ることができないのだ。 このことは、最後に出す結論において重要になる。

3次元球体上の2次元表面では、2点間の距離は、「近い」か「遠い」かという判断だけになる。4次元空間宇宙内の2つの3次元立方体の大きさを、4次元空間から観測し比較するときには、「小さい」と「大きい」以外に、もう1つの「存在の違いを表す何らかの指標」が必要になる。その指標を私たちは知らない(認識できない)。


図8.低次元宇宙が極大なのか?

私たちは、周囲にあるはずの5次元以上の時空を、なぜ観測できないのだろうか?私は、主に認識論の視点からここまで議論を進めてきた。超ひも理論では、別の視点からこの問題に取り組んでいる。
超ひも理論によると、5番目以上の次元は、小さく丸め込まれている。余りにも小さいので、周囲に存在していても人間には観測できない。

こんなことを生物がやっている。私たちの腹腔に納まっている腸を切り開いて、平面に広げれば、テニスコート1面の大きさになるのだ。2次元の平面を円筒状に丸め込み、さらに何重にも折りたたむと、3次元空間的にはとても小さくなってしまう。

宇宙は、高次元になると折りたたまれて小さくなる、という超ひも理論の概念を逆方向に適用すると、どうなるだろうか?上の腸の例のように、宇宙の折りたたみが広げられるので、 次元数が小さくなるほど宇宙は大きくなってしまう。1次元宇宙が極大になる。 私たちには知覚も認識もできない1次元宇宙。想像を絶する広大な広がりを持っているのだろう。


図9.物理定数が異なる宇宙の見え方

光は電磁波の一種で、私たちの宇宙空間においては、一定の秒速30万キロで伝わっていく。
時間は光とは異なる。特殊相対性理論によると、 観測者に対して相対運動をする物体の時間は、観測者の時間よりも遅れる。地球上の人間から見ると、光速で飛ぶ宇宙船内部の時間は、完全に止まってしまう。
一般相対性理論によると、 重力は、空間だけではなく時間もゆがめる。星の表面では、宇宙空間よりも時間の進み方が遅い。

高次元時空のどこかに存在している、 他の4次元時空においても、私たちの宇宙の物理定数を適用できるのだろうか? 時間が流れる速度と方向には、多様性がありそうだ。一定しているはずの光速だが、光が空間を伝わる電磁波であることを考えると、空間の物理場が変われば、速度が異なってしまう。他の宇宙では、光速が、秒速30万キロ以上かもしれないし、以下かもしれない。物理場の違いで光速が異なるならば、長さについても、すべての宇宙に適用可能な普遍的な定数が、存在しなくなる。

私たちの宇宙よりも、光と時間の速度が極端に遅い他の3次元空間宇宙は、外側から見ればとても小さくなる。 地球よりも小さくなるばかりではない。場合によっては原子よりも小さくなり、ついには素粒子よりも小さな宇宙になってしまう。 時間の流れる速度が、極端に速い宇宙があれば、その宇宙の一生は、人間が観測できないほどに短くなる可能性がある。


図10.周囲に宇宙が湧き出ているかもしれない

2次元の面は3次元空間の一部だ。私たちの宇宙は、4次元以上の高次元空間宇宙の一部なので、高次元空間宇宙の場で生じている現象が、今この瞬間に周囲に顕現しているかもしれない。 4次元時空(3次元空間宇宙+1次元時間)で生じる現象しか、知覚も認識もできない人間には、高次元時空で生じる現象を、どのような手段を使っても直接的に観測することはできない。

高次元時空の現象の一端が、私たちの4次元時空の物理法則の場(範囲)に出現すれば、認識が可能になる。ただし、認識可能な現象が、私たちの宇宙ほどの大きさのものになっても、出現時間が、この宇宙の時間の流れの外にあるくらいに短かければ、私たちの宇宙には何の影響も与えず、観測もできない。ある程度の時間、認識できる実体として現れても、それが素粒子よりもはるかに小さければ、やはり私たちの宇宙には影響を与えない。
以上の推察を裏づけるために、プランク定数の議論が必要だが、ここでは省略する。エッセイ53「宇宙を構築する究極のドット量子」で、私論を展開している。

すでに何度か述べたように、高次元時空では、4次元時空における私たちの大きさや時間に関する概念が、全く通用しない。そうすると、私たちの感覚を超えた結論を出さなければならなくなる。
私たちの周囲に無数の宇宙が湧き出ているが、それを知覚も認識もできない。 人間には、私たちの宇宙の物理法則の範囲内に顕現している、高次元時空内のほんの一部の現象しか、認識できない。しかも、それは実体ではなく、3次元空間に投影された影のようなものだ。高次元時空におけるそれ以外のすべての現象は、人間には存在しないのと同じになる。


図11.高次元現象の中にいてもそれを認知できない理由
(追加イラスト 2014年4月22日、修正2019年6月3日)

皆さんから受け取った感想を考慮して、上のイラストを描いた。これを見れば、誤解が少なくなると思われる。まとめのような意味でもある。

SFに異次元世界が登場する。私たちの宇宙から離れた世界、という扱いを受けることが多い。空間については、2次元の面が3次元球体の一部であるように、低い次元の空間は、より高い次元の空間の構成要素の一部になる。即ち、各々の次元時空が独立して存在するのではなく、10または11次元時空を構成する要素の一部になっている。全体として階層化し一体化している。

1次元の時間が、10または11次元時空にまで存在する、と超ひも理論では主張されている。即ち、この主張が正しいならば、時間が、全次元の時空を貫き通す普遍的な要素になる。2次元時空は1次元の線宇宙と時間から成るが、超ひも理論を考慮すると、1次元時空には空間が存在せず、時間だけになる。

各次元の時空は、全体として一体化した時空の一部なので、種々の物理定数のもとで発生する現象が、各時空の間で自由に行き来している可能性が高い。しかし、 私たちが知覚・認識できるのは、私たちの4次元時空を規定している、物理法則の範囲内に現れる現象だけだ。 これを表象と言ってもよい。周囲で発生しているそれ以外の現象を、観察することも認識することもできない。


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