Essay 56

教育と医療の重大な欠陥

和戸川の関連書籍「誰も知らないオーストラリア
2017年7月17日
和戸川 純
人間資源を豊かにする教育と医療

日本の教育や医療は世界のトップレベル・・・これが日本人の「常識」だ。この「常識」が通用しにくくなっている。このまま行けば、将来的にはこの信念が「非常識」になってしまう。

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地下資源が少ない日本では、社会を豊かにする最も大事な資源は、人間だ。人間資源は、地下資源とは異なり、教育によっていくらでも質を上げることができる。掘っても掘っても掘りつくされることがない。
その人間が生きるにあたっての、最後の拠りどころが医療。人生が、肉体的・精神的苦痛に満ちたものになれば、それまでに手に入れた繁栄のすべてが、その人にとっては無価値になってしまう。

幼児期から始まる教育では、教育を受ける受益者には、長期に渡る努力が必要。また、質の高い教育を与えられる、献身的な教育者の育成には、育成システムの構築と多大な時間が必要になる。医師の教育と育成も同様だ。有効な薬や高度医療機器の研究開発には、研究者の努力だけではなく、莫大な先行投資がなければならない。

教育も医療も一朝一夕には機能させられない。一度機能不全におちいってしまえば、もとの水準に戻すだけでも並大抵ではない。また、新興国を中心にして、教育も医療も日進月歩で発展している。後塵を拝さないためだけに、大きな努力が必要になる。

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エッセイ8「世界は日本化する」エッセイ45「世界が日本人に注目している」は、タイトルを見ただけでは、「浮かれた和戸川」というイメージしか、皆さんは持たないと思う。けれども、最後まで読んだ方は、私がかなり厳しい問題意識を持っていることに、気づいたはずだ。今回は、問題意識を教育と医療に向ける。この2つが、集団と個の存続に決定的な影響を与える。
各種統計をもとにして、日本が世界の中でどの位置に置かれているのかを、鮮明にしたい。世界という鏡に、日本の姿を映したい。なお、各種機関の統計においては、報告年ではなく、時系列での実態が分かる調査年を示した。

世界最低レベルの教育費公的支出
表1.教育への公的支出、日本の準位
世界150か国*1 世界143か国*2 OECD32か国*3 G7加盟国*1
対GDP比 準位 102位 32位 (最下位) 7位 (最下位)
比率 3.6% 3.5% 3.6%
対政府支出比 準位 128位
平均比率 (対GDP) 4.7% 5.2%
出典:*1 UNESCO 2011~2015年、*2 UNESCO 2011~2015年、*3 OECD Indicators 2012年

安倍首相が、憲法改正と大学までの教育無償化を、抱き合わせで提案した。そのためか、教育無償化に反対する有識者がいる。「誰もが教育を受けられるようにすると、意欲のない学生が増える」そうだ。この有識者の判断は本末転倒。

表1を見ていただきたい。愕然とする。対GDP比での日本の教育予算は、世界150か国中102位。対政府支出比では、143か国中128位。OECD加盟32か国の中では、対GDP比でなんと最下位の32位だ。先進国は勿論、多くの新興国よりも、対GDP比と対政府支出比での教育予算が少ない。特に、政府予算において教育が極端に冷遇されている。冷徹な数字で示された教育を冷遇する日本。

OECD加盟国は、対GDP比で平均4.7%を教育予算に投入しているが、日本はそれよりも1.2%も低い3.5%しか使っていない。OECDの平均に達するだけでも、6兆円の追加予算が必要になる。別の言葉で言えば、教育に回すべき6兆円を他で使っている。G7加盟国の平均に達するためには、8兆円もの追加予算が必要になる。

平均的な国民所得、高い貧困率
表2.国民所得と貧困率(OECD主要国)
1人当り国民所得*1 国民貧困率*2
準位 所得 (ドル) 準位 貧困率 (%)*3
スイス 2 61200 28 8.6
オーストラリア 5 45059 13 14.0
スウェーデン 6 43280 27 8.8
アメリカ 7 41406 3 17.2
カナダ 9 38906 16 12.6
フィンランド 10 37987 34 7.1
ドイツ 13 34765 24 9.1
フランス 14 34755 31 8.0
イギリス 16 32457 19 10.4
日本 17 31016 7 16.1
イタリア 18 28139 15 13.3
韓国 25 18031 10 14.6
ポーランド 30 10529 18 10.5
OECD平均 30690 (33か国) 11.6 (37か国)
*3貧困率 可処分所得が、貧困ライン以下の世帯に属する国民の比率。可処分所得は税引後の所得(社会保障の受給を含む)。貧困ラインは、全国民の可処分所得平均(中央値)の50%。
出典:*1 OECD Annual National Accounts Database 2010年、*2 OECD 2011~2013年

2010年の日本の1人当り国民所得は31016ドルで、OECD平均をやや上回っている程度だ。準位は33か国中で17位。痩せても枯れても世界第3位のGDP大国、という観念に縛られている皆さんには、この準位はショックかもしれない。日本の人口が比較的多いために、1人当りにするとこの程度の所得にしかならない。

中国はもっと悲惨だ。世界第2位のGDP経済大国と威張っても、人口が多すぎる。1人当り国民所得が極めて少ないことは、容易に想像がつく。けれども、この種の統計が中国には存在しないので、準位をここに書くことができない。

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国民所得が中位なだけではない。さらに悪いことに、日本の貧困率の準位が7位と高い。主要先進国の中で、日本よりも貧困率が高いのはアメリカだけだ。アメリカは低開発国並みに貧富の差が大きいので、このような結果になった。

総務省によると、2016年の勤労者世帯の可処分所得は、平均で年452万円。貧困ラインは226万円(月収約19万円)で、これよりも所得が少ない世帯に属する国民が、16.1%いる。およそ6人に1人が貧困層。表4から、大学等の高等教育における私費負担額は、年87.3万円(9383ドル)なので、子を大学に入れられない世帯が数多く存在することは、疑いようがない。教育の無償化は、間違いなく喫緊の課題だ。

親に負担させる教育費
表3.4年制大学進学率と教育費(OECD主要国)
大学進学率*1 1人当り教育費 (大学等高等教育)*2
準位 進学率 (%) 準位 教育費 (ドル)
オーストラリア 1 96 11 16074
ポーランド 4 84 28 7776
スウェーデン 8 76 4 19961
アメリカ 9 74 1 29201
韓国 10 71 23 9513
フィンランド 11 68 8 16569
イギリス 16 63 10 16338
日本 22 51 12 15957
イタリア 23 49 22 9562
ドイツ 27 42 13 15711
フランス 28 41 15 14642
カナダ 3 20932
OECD平均 62 (31か国) 13728 (31か国)
出典:*1 OECD Education at a Glance 2010年(フランスのみ 文科省2005年)、*2 OECD Indicators 2009年

日本の大学進学率は高い、となんとなく信じている日本人が多い。けれども、51%の進学率はOECD平均を11%も下回っていて、準位は31か国中22位と下のほうだ。

国民所得は17位だが、教育費が12位。所得に対する教育費が相対的に多いことが、進学率を下げていると思われる。特に、次表で示すように、日本の公費負担が少ないことが、私費負担を大きく引き上げているので、経済的な理由で大学進学をあきらめる者が多いことは、疑いようがない。

* * * * * * * *

ドイツの進学率が、42%と低いのが目につく。実技学校で職業訓練を受けて、マイスターや労働者になるという歴史が反映されている。大学に入学するにはとても難しい試験にパスしなければならず、卒業生は国を動かすエリートと考えられる。スイスやフランスも状況が似ている。日本とは異なる階級社会の側面が、こんなところに見える。

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日本の小学校の教員1人当りの生徒数は、生徒数が少ない順で183か国中70位(UNESCO 2015年)。教育予算の少なさが、こんなところにも表れている。課外活動や業務報告書の作成などが加わって、教員を疲弊させている。

表4.高等教育私費負担(OECD主要国)
教育費の公私負担*1 1人当り私費負担(ドル)*2 私費負担/国民所得(%)
私費(%) 公費(%,公助を含む)
オーストラリア 52.0 48.0 8358 18.5
ポーランド 9.9 90.1 770 7.3
スウェーデン 11.6 88.4 2315 5.3
アメリカ 64.6 35.4 18864 45.6
韓国 78.7 21.3 7487 41.5
フィンランド 2.1 97.9 348 1.0
イギリス 30.4 69.6 4967 15.3
日本 58.8 41.2 9383 30.3
イタリア 26.0 74.0 2486 8.8
ドイツ 13.6 86.4 2137 6.1
フランス 13.9 86.1 2035 5.9
カナダ 18.8 81.2 3935 10.1
OECD平均 23.0% (31か国) 77.0% (31か国)
出典:*1 OECD Indicators 2004年(カナダのみ 1995年)、*2 表3などから計算

日本の高等教育における私費負担の割合が、58.8%に達する。日本を超えているのは韓国とアメリカだけだ。OECDの平均は23%なので、日本の私費負担割合は、実に35.8%も平均を上回っている。
経済的に困難なことが、大学進学率を下げているだけではなく、中途退学者が増えていることにも注意が必要だ。 教育の無償化のみならず、返済義務のない給付奨学金を充実させなければならない。

* * * * * * * *

大学教育における私費負担額は、アメリカが極端に多く、18864ドルで、2位日本(9383ドル)のほぼ2倍だ。アメリカの学生の3人に2人が、学資補助を受けている。返済不要の奨学金(スカラーシップ)を受けられなかった学生は、卒業後に奨学金(ローン)の返済で苦労する。
韓国の私費負担割合がトップ。激しい競争社会を生き抜こうとする、韓国人の意思が反映されている。国民所得は25位と低いので、大学生を持つ家庭の経済的な困難は、想像に余りある。

閉じた大学への厳しい国際評価
表5.大学の総合ランキング
THE世界
大学ランキング*1
QS世界
大学ランキング*2
世界大学
学術ランキング*3
CWUR世界
大学ランキング*4
準位 大学 準位 大学 準位 大学 準位 大学
1 ハーバード大学(米) 1 ケンブリッジ大学 1 ハーバード大学 1 ハーバード大学
6 ケンブリッジ大学(英) 2 ハーバード大学 5 ケンブリッジ大学 4 ケンブリッジ大学
15 チューリッヒ工科大学(スイス) 17 マギル大学(カナダ) 20 東京大学 13 東京大学
26 東京大学 25 東京大学 23 チューリッヒ工科大学 18 チューリッヒ工科大学
評価
基準
*1 英国高等教育専門誌THE 2010年:研究者による評価、博士数/教員、研究収入/教員、論文数/教員、学部学生数/教員、外国人教員比率等
*2 英国大学評価機関シモンズ 2011年:学者によるレビュー、教員/学生、引用論文数/教員、雇用者評価、外国人教員比率、留学生比率
*3 上海交通大学高等教育研究所 2010年:ノーベル賞・フィールズ賞受賞教員数、被引用研究者数、ネイチャー誌・サイエンス誌発表論文数、被引用論文数等
*4 サウジ世界大学ランキングセンター 2014年:教育・卒業生・教授の質、被引用論文数、論文影響力、国際特許出願数

経済的に苦労しても、教育が、その後の人生を切り開くのに役立つならば、親も子も報われる。ところが、日本の大学の国際的な評価はそれほど高くない。評価基準によってランキングに差が出るので、表5では代表的な総合ランキング4つを示した。ランク上位に入っているのは、圧倒的にアメリカの大学が多い。表には各国でトップと評価された大学を入れた。日本の大学のトップは、4つのランキングで東京大学になった。

CWUR世界大学ランキングで、東大が4つの中では最高の13位になった。それ以外のランキングでは20位以下だ。CWURの主要な評価基準が、教育・卒業生・教授の質などのように、内向きであることが、相対的に高い評価になることを助けた。他のランキングでは、他国の研究者・学者による評価や、ノーベル賞受賞者数などのように、外部からの評価を重んじる傾向がある。

外国人教員比率や留学生比率では、英語圏の大学に比べて、日本の大学はハンディを負わされている。教育や研究には国境がないので、このハンディを乗り越える努力をしなければ、日本の大学、ひいては日本の教育が、世界レベルで時代遅れになっていく。直近の調査では、中国などの新興国の大学が、猛烈な勢いで躍進している。

他国から引き離される政府・大学研究費
表6.研究開発費(指数*1
研究開発費総額 政府科学技術予算 大学研究開発費
アメリカ 154 184 206
イギリス 149 117 193
ドイツ 146 144 165
フランス 145 121 164
日本 107 112 110
*1 指数 2011年の指数。2000年を100とした。
出典:文部科学省「科学技術指標2013」

教育費と同様に、日本の研究費を見ても肌寒くなる。欧米の主要4か国が、2000年からの11年間に、総額で45%以上も研究開発費を増額したにもかかわらず、日本の増額はわずかに7%。政府科学技術予算の増額も大学研究費の増額も、日本が最低だが、特に大学研究費で他国と大きな差がついた。11年間で日本の増額が10%なのに対して、他国は64%以上になっている。アメリカは106%も増額した。また、研究開発費においても、中国が猛烈に追い上げている。

* * * * * * * *

大学の研究予算の拡充だけではなく、研究者の待遇改善も行って、安心して研究に打ち込めるような環境作りをすることが、近喫の課題だ。人間資源と、研究や技術でしか国に繁栄をもたらすことができない日本の未来が、このままでは真っ暗になる。

日本の医療費は平均並み(OECD比較)
表7.医療費(OECD主要国)
総医療費/GDP比 1人当り医療費
準位 対GDP比(%) 準位 医療費(ドル)
アメリカ 1 16.9 1 8745
フランス 3 11.6 11 4288
スイス 4 11.4 3 6080
ドイツ 5 11.3 6 4811
カナダ 8 10.9 8 4602
日本 10 10.3 15 3649
スウェーデン 12 9.6 12 4106
イギリス 16 9.3 18 3289
イタリア 19 9.2 19 3209
オーストラリア 20 9.1 13 3997
フィンランド 20 9.1 16 3559
韓国 26 7.6 26 2291
ポーランド 31 6.8 31 1540
OECD平均 9.3(34か国) 3484(34か国)
出典:OECD Health Data 2011、2012年

表7に示したように、日本の総医療費/GDP比は10.3%で、OECD34か国中では10位だ。ダントツのアメリカよりも6.6%少なく、OECDの平均よりも1%多い。

1人当り医療費は29万円(3649ドル)で15位。1位のアメリは8745ドルなので、その42%にすぎない。日本の1人当り医療費は、OECDの平均程度で、平均よりも5%しか多くない。驚くほど多額の医療費を使っているわけではない。強いていえば身の丈に合った医療費だ。

驚異的なベッド数と入院日数
表8.医療施設と医療費
日本 ドイツ フランス アメリカ イギリス スウェーデン
人口千人当り
病床数
13.4 8.3 6.3 3.1 2.8 2.6
人口千人当り
医師数
2.3 4.0 3.3 2.5 2.8 3.9
人口千人当り
看護師数
10.5 11.3 8.7 11.1 8.2 11.1
在院日数 31.2 9.2 9.1 6.1 7.2 5.8
1人当り
医療費(米ドル)
3649 4811 4288 8745 3289 4106
総医療費
対GDP比(%)
10.3 11.3 11.6 16.9 9.3 9.6
出典:OECD Health Data 2009~2011年

表8に驚異的な数字が現れている。日本の人口1000人当り病床数は13.4床で、他の5か国に比べて群を抜いている。2位のドイツ8.3床の1.6倍だ。5か国平均が4.6床なので、なんとその2.9倍に達する。

在院日数に至っては差がさらに広がる。日本の31.2日に対して、2位のドイツは9.2日。日本の患者は、ドイツの患者よりも22日も長く入院していて、3.4倍に達する。他の5か国の平均は7.5日なので、他国の平均に比べて日本では23.7日も長く入院している。

* * * * * * * *

これだけ病床が多く1人当りの在院日数が長ければ、治療にあたる医師や看護師の数が、極端に多くなるのが自然だ。ところが、現実は逆で、1000人当りの医師数は2.3人。他の5か国よりも少ない。5か国の平均は3.3人なので、69.7%しかいない。1000人当りの看護師は10.5人なので、5か国の平均10.1人とほぼ同じだ。

在院日数が長いと医療費が増えるのは当り前だが、1人当り医療費は3649ドルで、6か国の中では5位。日本よりも少ないのはイギリスだけで、アメリカに至っては日本の2.4倍の8745ドルも使っている。

日本の総医療費/GDP比は10.3%で、5か国平均の11.7%よりも少ない。

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これらの調査結果は、大事なことを明示している。まず、政府やマスコミが喧伝しているほど、日本人は医療にコストをかけていない。主要な先進国と同程度か、それよりも少ない。人口当りの医師数と看護師数も、他の先進国と同程度かそれよりも少ない。
それにもかかわらず、 病床が極めて多く、患者の在院日数が異常に長い。医師と看護師に極端な負担をかけている。それに見合った賃金を支払っていない。精神論を振りかざして過重労働を強いれば、結果は明らかだ。疲労困憊した医師や看護師が判断ミスを犯すか、自分を守るためにやるべき仕事を放棄する。

病床を減らし、在院期間を他の先進国並みにしなければ、医師も看護師も患者も救われない。日本の現状を鑑みると、体調不良の高齢者を、病院ではなく養護施設や介護施設に入所させるか、自宅療養させることが必要になる。病院よりもコストを下げるやり方がある。ヨーロッパでできることを、日本でできないという理由はない。

意外に少ない医療費公的負担
表9.医療保障制度の財源
日本 ドイツ フランス アメリカ イギリス スウェーデン
自己負担 12.5%*1 13.6% 7.6% 28.6% 11.6% 18.3%
財源 保険料 48.7% 78.8%*2 91.1%*3 71.4%*4 8.4% 原則なし
公費(税) 38.8% 4.6% 1.3% 80.0% 81.7%(主に地方税)
財源合計 40.8兆円 40.3兆円
(3149億ユーロ)
29.2兆円
(1822億ユーロ)
221兆円
(2.8兆ドル)
18.2兆円
(1254億ポンド)
5.2兆円
(3544億クローネ)
詳細 *1 就学前2割、6~70才3割、70~74才2割、75才以上1割
*2 公的保険65%、私的保険9%、雇用者4%、強制加入あり
*3 公的保険79%、私的保険12%、強制加入あり
*4 公的保険39%に政府予算投入、私的保険32%
出典:厚生労働省2014年、ドイツ連邦統計局2013年、フランスDREES2007年、アメリカNational Health Expenditures Data他2012年、イギリス2008年、スウェーデン2013年

目を世界に向けると、日本の国民医療費における公的負担は、喧伝されているほどには多くないことに気づく。高齢化が進んでいる国は、日本以外にも数多くあるが、公的負担は日本よりも充実している国が多い。

* * * * * * * *

とても簡単な数字のトリックが使われていることに、注意が必要だ。国民医療費が40.8兆円なので、96兆円の一般会計予算(2014年)に占める割合が、半分近くの43%に達している、と喧伝されている。

ところが、40.8兆円の国民医療費の全額が、税金で賄われているわけではないのだ。保険料20兆円と患者負担金4.8兆円を引いた、16兆円だけが公的負担の額になる。一般会計に占める割合は、43%ではなく16.7%だ。税収54兆円に占める割合は29.6%。

消費税増税を正当化するための嘘
表10.国民負担率(OECD主要国)
準位 国民負担/国民所得 (%)
(A、B合計)
A. 租税負担率 (%)*1 B. 社会保障負担率 (%)
デンマーク 2 70.1 68.6 1.5
フランス 3 67.9 40.7 27.3
イタリア 5 63.8 44.5 19.3
フィンランド 6 63.8 45.2 18.6
スウェーデン 11 56.0 50.2 5.7
ドイツ 14 52.5 30.3 22.1
イギリス 23 45.9 35.5 10.4
ポーランド 25 44.9 27.0 18.0
カナダ 27 44.1 37.5 6.6
日本 28 42.2 25.0 17.2
オーストラリア 29 39.1 39.1 0
韓国 30 36.8 25.4 11.4
スイス 31 35.1 26.3 8.8
アメリカ 32 32.7 24.4 8.3
OECD平均 50.7(34か国) 36.5 14.2
出典:OECD National Accounts Revenue Statistics 2014年
*1 資産税、消費税、法人所得税、個人所得税を含む。

日本の消費税はヨーロッパ諸国に比べて少なく、増税できる余地があるという喧伝は、意図的に流される虚偽情報だ。国民は、社会を機能させるために、消費税だけを負担しているのではない。税には、消費税以外に、資産税、法人所得税、個人所得税など多様なものがある。自動車保有段階での日本の自動車税は、世界一高い。自動車税が高いにもかかわらず、日本人は世界一高い高速道料金を払っている。日本の相続税も世界一高く、イタリア、カナダ、シンガポール、オーストラリア、北欧諸国、中国、インドなど多くの国では、相続税が存在しない。
消費税で他国の例に従うならば、相続税を廃止し、自動車税を下げなければならない。また、教育や医療への公的負担を大幅に増額し、隠れた税金といえる私的負担を減額しなければならない。

* * * * * * * *

税の一部にすぎない消費税だけに目を向けても、問題の核心が見えてこない。多様な税と社会保障負担金の合計を国民所得で割った、国民負担率(表10)が、国民負担の実相を示す。

表10から明らかなように、国民負担率は租税負担率に比例する傾向がある。社会保障負担率には、その傾向が認められない。国民負担率2位のデンマークの社会保障負担率が、1.5%なのに対して、同3位のフランスの社会保障負担率は、27.3%に達する。日本は、租税負担率が平均よりも11.5%低いのに対して、社会保障負担率が3%高い。

日本の国民負担率は、OECD34か国の中で28位。その負担率42.2%は、平均の50.7%よりも低い。だから、税や社会保障負担金を増やしても良い、という結論にはならない。上述したような教育や医療、高速道料金における高額な私的負担金があるからだ。

* * * * * * * *

イギリス、ポーランド、カナダの国民負担率も、OECD平均よりも低く40%台だ。負担率が日本よりもやや高い程度のイギリスが、教育や医療の社会サービスでは日本を大きく引き離している。国民負担率が日本よりも低い、オーストラリアやスイスの失業手当や年金は、日本よりも充実している。国民の福祉を考えると、他の先進国に比べて、日本の予算編成に根本的な誤りがある、としか考えられない。

増税ではなく適正な予算配分が必要
図.変数を考慮した国民負担率
quantum entanglement
出典:財務省 2013~2016年

主要先進6か国における国民負担率の年変化を見ると、日本の国民負担率は、他国よりも上昇する傾向にある。さらに、もう一度指摘するが、私的負担が教育費などで多いために、現実の国民負担率は、数字以上に大きい。日本の国民負担率は、すでにヨーロッパ並みになっている。

イギリスの消費税は平均で14.7%(品目で税率が異なる)。ヨーロッパでは平均的だ。2016年の日本の国民負担率が43.9%なので、消費税をイギリス並みにすると、国民負担率が50.4%に増える(教育費私的負担などを考慮するとこれ以上)。図では、 <2016年>の棒グラフで示している。国民負担率が、イギリスの45.9%を軽く超えてしまう。消費税をあと6.5%上げることによって、イギリスを大きく超える社会保障を提供できるのだろうか?

財務省は、2020年までに、消費税を16%へ引き上げることをもくろんでいる。このもくろみ通りになると、国民負担率が51.7%に上昇する(教育費私的負担などを考慮するとこれ以上)。ドイツと同水準になる。ドイツ並みの社会保障を提供できるのだろうか?

* * * * * * * *

税収をいくら増やしても、 国の支出を厳しく管理しなければ、国民の大事な資金は、ザルから漏れる水になってしまう。原発は、事故時は勿論、正常時でも国へ大きな負担をかける。閑古鳥がなく公共の箱物を作ったり、クマしか通らない高速道路を作ることは、止めなければならない。三陸の過疎地に、万里の長城のように巨大な防潮堤を作ることなどは、壮大な無駄そのものだ。1日に1~2便しか発着しない飛行場を田舎に作ることも、明らかに無駄。

不要不急の大変な数の天下り団体があり、箱物を作り、電気料金などの維持費をかけ、職員と元職員に給与と年金を払い続けている。近所にとても立派な外郭団体の高層ビルがいくつもあるが、来客や職員の出入りはほとんどない。駐車場に何台かの車が停まり、退屈そうな守衛を見かけるくらいだ。

年度末になると、あちらこちらで、道路に穴を開けたり埋め戻したりしている。予算の年度内使い切りの制度が、巨大な無駄遣いのもとになっている。

借金で首が回らない財政を抱えながら、教育と医療への予算を少しでも増やすために、できることがまだたくさんある。人間が決められることだ。国民と政府が覚悟を決めれば、何でもできる。


追記:東大のランクが急低下
2017年9月6日

東大の世界ランクが急低下

2018年版「THE世界大学ランキング(表5.大学の総合ランキング)」が、2017年9月5日に発表された。主要な世界大学ランキングで、日本での準位が最も高い東大のランクが、表5の26位から6~7年ほどで46位に急低下した。上位200校に入った日本の大学は、東大以外では74位の京都大だけだ。

トップ10を、アメリカ、イギリス、スイスの大学が占めた。アジアでランクが最も高かったのはシンガポール大学で、22位だった。東大を上回ったアジアの他の大学は、中国の北京大学27位、精華大学30位と、香港の香港大学40位、香港科技大学44位だった。

論文の引用頻度、教員数、大学の収入などの13指標で評価された。調査を行ったタイムズ・ハイアー・エデュケーションの編集長が、日本の大学の資金不足を懸念している。予算における教育費の冷遇が、客観的な調査の結果で顕現する。

調査のやり方が、日本の大学が不利になるようになっている、と批判する識者がいる。日本だけを特別に不利にするように仕組まれているわけではない。このような国際評価を素直に受け止め、大学教育の改革に明確な方向性を打ち出すことが、日本に求められる。このままでは、現実が、この評論のタイトル通りに進行し続ける。

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現実は、改革どころか、日本の大学の地盤沈下を、さらに推し進める方向へ動いている。地方の過疎化が問題なので、地方の大学の学生数を増加させるという方策が、政府によって取られる。その方策が、非常識そのものだ。若者が、東京の大学へ入るのではなく、地方の大学へ入るようにすることを目的にして、都内の大学の定員増加を今後は認めないのだ。

そんな数合わせの結果は、それでなくても地盤沈下が著しい日本の大学を、三流以下にしていく。教員が切磋琢磨し合って、教育と研究で世界レベルの大学にすれば、日本人ばかりか外国人も集まる。意識の高い大学からそのような自助努力の意欲を失わせ、自助努力の意識のない大学の学生を増やせば、日本の未来がどうなるかは、誰にでも分かる。

異常に長い知人の入院期間

医療との関連で、この評論で指摘した問題を、知人が経験した。右足に細菌感染があり、筋肉内に限局された細菌叢ができた。この治療のために、知人は2か月も入院させられた。

抗生物質に耐性の細菌が増えていて、知人に感染したのもそんな耐性菌だった。医師は、効果のある抗生物質を見つけるために、知人を長期入院させた。異なる抗生物質を点滴静注し、効果的な抗生物質を見つけようとした。

こんなことのために長期入院させるので、日本の入院日数が、他国よりも異常に長くなってしまう(表8.医療施設と医療費 )。長期入院は、病院、医師、看護師に負担をかけ、医療費高騰の原因になるばかりではない。
知人には感染以外の問題はないのに、入院させられたために、からだがとても弱ってしまった。病院生活は、心理的にも過重なストレスをかけた。まるで健康人を病人にするための入院だ。

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効果のある抗生物質を探すのに、知人が経験したような「人体実験」をやる必要はない。病巣からバイオプシーで細菌を取り出し、研究室で培養する。その細菌に各種抗生物質を当てれば、たくさんの抗生物質のスクリーニングが、患者に負担をかけることなく、短期間で終了してしまう。

日本の問題は、技術的には簡単にできることを、関係者の権益や、それを守るための規制で、実行できないようにしているところにある。これは、医療だけの問題ではない。


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