新型コロナウイルスは、コウモリからヒトへ感染したと言われる。ここで2種類の選択が働いたはずだ。
動物のウイルスがヒトに感染したとしても、最初はヒトの細胞内で増殖する能力が低い。遺伝子の突然変異によって産まれた、多様なウイルス粒子のうち、よりヒトに適応した遺伝子を持つ粒子が、子孫を増やすことになる。これが適応進化を推し進める、第1の選択になる。
2019年11月17日に、武漢で、「原因不明のウイルス性肺炎」の最初の症例報告があった。しかし、中国当局はデータを公表しなかった。武漢市の発表によると、12月8日に最初の新型コロナウイルス感染者が、確認された。「ヒトからヒトへの感染リスクは、比較的低い」、と武漢の衛生当局が説明した。 WHOへ最初の報告が行われるまでに、さらに1カ月近くが経過した。12月31日にWHOへ報告。
中国の発表によると、2020年1月9日に最初の死者が出た。中国の専門家が、ヒトからヒトへの感染を認めたのは1月20日だった。最初の症例報告からここまでに、すでに2カ月が経過していた。
1月23日に武漢がロックダウンで完全に閉鎖された。中国が海外渡航を禁止したのは、1月27日だった。
1月に、中国以外の国々で、最初の感染者が次々と報告された。過去の生体サンプルを検査したフランスによると、新型コロナウイルスがフランスへ入ったのは、12月だった。日本では1月16日に最初の感染者が確認された。
以上の経過をたどると、2019年12月から2020年2月までの間に、新型コロナウイルスが世界中へ拡散したことは、間違いない。この期間における中国政府の対応が、この拡散を助けた。3月以降に、感染者と死者の数が世界中で爆発した。
ウイルスが変異して宿主に適応し、感染性と病原性が増すと、強病原性のウイルスが、宿主を殺してしまう。これは、ウイルスの生き残りにマイナスになる。
第2の選択で、宿主を殺すことのない、病原性が低下したウイルス粒子が増える。生きながらえることが可能になった宿主の体内で、ウイルス増殖が継続し、ウイルスが体外へ排出される。共存の成立だ。さらにウイルスの進化が進むと、宿主を積極的に生かすことによって、自分も生き残る共生の関係に入る。
新型コロナウイルスが、どの段階のウイルスなのかを明言はできない。武漢で初めてヒトに感染したのならば、弱毒化する前に、病原性がさらに強くなる可能性がある。しかし、ヒトの間で広範に広がっていたコロナウイルスが、亜種と分類されるほどに変異したのならば、今後は弱毒化すると思われる。
新型コロナウイルス以外に、6種類の亜種のコロナウイルスが知られている。このうちの4つは、通常の風邪の原因ウイルスだ。細胞内で爆発的な増殖をしないので、広範囲に渡る組織破壊が起こらず、病原性が低い。
ウイルスが大量に産生されないので、免疫が効率的に誘導されることがない。結果として、毎年繰り返し同じウイルスに感染することになる。動物からヒトへ感染したのは、かなり前だったと思われる。
中国が海外渡航禁止を発令するまでに、大勢の中国人観光客が日本を訪れた。横浜港にクルーズ船が入港したのが2月3日。クルーズ船では、乗員と乗客計723人の感染が確認され、13人が死亡。クルーズ船へ検疫官や医師、自衛隊員、物資を供給する業者が入った。2月19日に乗客の下船が始まり、乗客乗員約3700人全員の下船が終わったのが、3月1日だった。
パンデミックの初期に、感染爆発の条件が日本でそろった。感染性が高いコロナウイルスが、各種規制がゆるい日本で感染爆発をしても、不思議ではなかった。
厳しいロックダウンを実施した武漢で、感染者と死者が爆発的に増えた。中国以外で、世界で初めて、イタリアが3月12日に全国的なロックダウンを実行。3万人が死亡し、5月4日に段階的なロックダウンの解除が始まった。イタリアに続いてロックダウンに入った欧米の多くの国々で、感染者と死者の数が爆発した。
武漢のロックダウンの前に、500万人の住民が武漢を去ったと言われる。しかし、武漢以外で感染が爆発した形跡が、中国にはない。韓国では、集団感染が発生した大邱市で、厳しい防疫対策が取られたが、ロックダウンは行われなかった。それでも死者数が最低限に保たれた。
表.新型コロナウイルスによる主な国の死者数 |
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国 | 人口当たり死者数(注1) | BCG接種(注2) | ビタミンD | 社会規制(注3) |
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ベルギー | 10万3098人 | 1989年に停止 | 全国封鎖(≧1カ月) | |
スペイン | 7万3758人 | 1981年に停止 | 血中量少 | 全国封鎖(≧1カ月) |
イギリス | 6万9804人 | 2005年に停止 | 血中量少 | 全国封鎖 |
イタリア | 6万9206人 | 接種なし | 血中量少 | 全国封鎖(≧1カ月) |
フランス | 5万5639人 | 2004年に停止 | 全国封鎖(≧1カ月) | |
スウェーデン | 5万2181人 | 1975年に停止 | 血中量多 | ほぼ規制なし |
オランダ | 4万3651人 | 接種なし | 全国封鎖 | |
アメリカ | 3万8582人 | 接種なし | 地域封鎖 | |
スイス | 2万8304人 | 1987年に停止 | 全国封鎖(≧1カ月) | |
カナダ | 2万2893人 | 接種なし | 地域封鎖 | |
ドイツ | 1万2747人 | 1998年に停止 | 全国封鎖 | |
デンマーク | 1万2392人 | 1979年に停止 | 全国封鎖(≧1カ月) | |
イラン | 1万2088人 | 1984年から実施 | 全国封鎖(≧1カ月) | |
フィンランド | 7167人 | 2006年に停止 | 血中量多 | 地域封鎖 |
ハンガリー | 6621人 | 全員接種 | 行動制限 | |
ノルウェー | 5548人 | 2009年に停止 | 血中量多 | 地域封鎖 |
ロシア | 3452人 | 全員接種 | 全国封鎖 | |
ポーランド | 3434人 | 全員接種 | 全国封鎖 | |
ギリシャ | 2098人 | 全員接種 | 全国封鎖 | |
フィリピン | 1058人 | 全員接種 | 地域封鎖 | |
日本 | 846人 | 全員接種 | Dを含む魚・キノコ多食 | 行動制限 |
インドネシア | 692人 | 全員接種 | 地域封鎖 | |
韓国 | 667人 | 全員接種 | 行動制限 | |
ニュージーランド | 558人 | 1963年後段階停止 | 全国封鎖 | |
マレーシア | 457人 | 全員接種 | 全国封鎖(≧1カ月) | |
中国 | 417人 | 全員接種 | 地域封鎖 | |
インド | 391人 | 全員接種 | 全国封鎖 |
新型コロナウイルスの感染者と死者の数の報道について、注意が必要だ。特に各国の感染状況を比較するときに、意味のない結論を出さないようにしたい。分母になるPCR検査が多ければ、感染率が低くても感染者の数が大きくなる。人口が少ない国では、死者の数が小さくても死亡率が高くなる。
死亡の判断には、世界のどこでも同じ簡単な基準が適用される。ウイルス核酸を検出する、PCR検査ほどのブレが生じない。そこで、各国の人口を日本と同じ1億2700万人と仮定して、ジョンズ・ホプキンス大学の元データから死者の数を換算した。主な国の死者数は上の表の通り。日本の人口を基準にした人口当たりの死者数なので、日本人に分かりやすい。トップのベルギーと同じ感染爆発が日本で生じたとすれば、10万3098人の死者が出たことが分かる。
一見して驚かされるのは、各国の死者数に極端に大きな違いがあることだ。最も多いベルギーの死者数が、ダントツの10万3098人。日本は846人。表で最下位になったインドの死者数は、391人にすぎない(アフリカの多くの国々はインドよりも少ない)。アメリカとカナダを除いて、ヨーロッパの8カ国が上位の10位までに入っている。
下位10カ国の中に、アジアの国が7カ国入っている。何が、ヨーロッパとアジアの間の、この大きな違いを生み出したのだろうか?これが明確になれば、新型コロナウイルスの再感染に対する、対策を立てることができる。
その理由として、BCGワクチンの接種がしばしばあげられる。しかし、免疫がからむと、理解が一筋縄ではいかなくなる。
死者数上位10カ国の中に、現在BCGワクチンの接種を義務づけている国はない。これに対して、下位10カ国の中では、9カ国でワクチン接種が行われている。
上位10カ国のうち、6カ国で過去にBCGワクチンの接種が、義務化されていた。効果の継続は、抗原特異的なツベルクリン反応によって確認される。BCGの効果が続くのは、15年ほどと考えられる。6カ国の中で、最近まで接種をしていたのはイギリスで、2005年に停止。BCGの接種は幼児期に行われる。6カ国の国民におけるBCGの免疫効果は、2020年の現在、ほぼ消えていると思われる。
東欧諸国やギリシャでは、現在も接種が続けられている。これらの国々では、他の多くのヨーロッパ諸国よりも、死亡が抑えられている。6カ国とのこの違いも、BCGに効果があるとしても、生涯続くような長いものではないことを、示唆する。
コロナウイルスに対する、BCGの免疫効果を考えてみたい。
結核の予防に使われるBCGは、生ワクチンで、ミコバクテリアという結核菌が含まれている。結核菌の細胞壁リポ多糖体が、強い免疫活性能を持つ。結核菌も、マクロファージのエンドソーム内で断片化されたリポ多糖体も、マクロファージに炎症性サイトカインを大量に産生させる。サイトカインは、NK細胞やT細胞の活性化に貢献するだけではなく、マクロファージ自身の活性を高める。
即ち、BCG接種によって、結核菌に対する獲得免疫を得られるばかりではなく、非特異的な自然免疫が亢進する。この自然免疫によって、コロナウイルスに対する特異的な獲得免疫が、容易に誘導される、と結論できそうだ。
ここで大きな疑問が湧く。BCG接種は幼児期に行われるので、現在接種を義務化している国でも、15~16歳までの人々にしか効果を期待できない。接種国の大人でBCGの効果が失われているならば、死者が極めて少なくなることは考えられない。
ツベルクリン反応では検出できない、自然免疫の高まりが、一生持続するのだろうか?それが事実ならば、過去に接種が義務化されていた、上記の6カ国の多くの大人たちに、新型コロナウイルスに対する抵抗性があるはずだ。死者数の爆発と矛盾する。
結核菌の一部が、数十年に渡って、マクロファージ内に潜伏感染することがある。ストレスなどによって免疫力が落ちると、結核菌が再増殖して、2次結核を発症する。これによって再び炎症性サイトカインの産生が増し、コロナウイルスへの免疫力が高まるかもしれない。場合によっては、サイトカインの産生が爆発的になり、新型コロナウイルスで認められている、サイトカインストームが生じる。
このようなことが起こっても不思議ではない。しかし、これが事実ならば、15年以上前に接種を止めた国々でも、死者数が抑えられていなければならない。また、新型コロナウイルスとの関連で、2次結核の発症は報告されていない。現時点では私の仮説の域を出ない。
免疫誘導の特異性の面からも疑問が生じる。結核菌であるBCGは、コロナウイルスと抗原的に異なっている。コロナウイルスに対して劇的な効果があるならば、BCGが誘導した非特異的な自然免疫が、その役割を担っていなければならない。
それならば、あらゆる種類のウイルスの感染が、BCG接種を受けた人々では抑制されるはずだ。ウイルスばかりではない。細菌感染にも効果がなければならない。全ての感染病が、BCG接種国で抑制されている、という事実はない。ただし、いくつかの感染病において、限定された条件下で抑制効果がある、という報告はある。
未解決の問題が多々あるが、それでもBCGには注目すべき特徴がある。実験動物において、抗原に特異的な免疫反応(獲得免疫)を高めるために、アジュバントと抗原を混ぜて接種することが、普通に行われている。このアジュバントが、結核菌などのミコバクテリアなのだ。その死菌をミネラルオイルに懸濁したアジュバントが、抗原に対する強い特異的な免疫反応を誘導する。
アジュバントが、がん免疫も誘導するとされ、丸山ワクチンとして応用されている。ただし、アジュバントの免疫系への影響が余りにも複雑かつ広範なので、がん治療薬として誰もが納得するところまでは、行っていない。コロナウイルスに対してもこの問題が残り、適切な予防薬あるいは治療薬として確立するには、ハードルが極めて高い。
「苦しい、怖い、悲しい、寂しい、不安だ、腹が立つ」のような精神面のストレスによって、情動をつかさどる交感神経が緊張する。交感神経の高まりが、内分泌系の器官に伝達され、ステロイドに属するコルチコイドホルモンの産生が増す。コルチコイドは免疫細胞に機能低下や死をもたらす。
免疫系を混乱させるストレスによって、ウイルスなどの病原体の病原性が増すばかりではない。がんや自己免疫疾患、心臓発作や脳溢血などの病気のリスクも高めてしまう。
特定の病気が、直接的あるいは間接的な原因になって死者が出る。その死者数を推定するために、「超過死亡」という統計を取る。過去の死者数から推定した、「流行がないときの死者数」が、算定基準になる。その数を上回った数が、該当する感染病による死者数になる。
3~5月の間に、ロックダウンされたニューヨークで感染が爆発した。この期間(3月11日~5月2日)の全死者数が、3万2107人。過去の死者数と比較し、2万4172人が超過死亡と判断された(日経新聞2020年5月25日)。コロナウイルスの感染がなければ、死者数は7935人だった。
超過死亡者の中にいる、ストレスが原因になって、余病が悪化したために死亡した人の数は、分からない。しかし、コロナウイルスで死亡したと報告される数よりも、5~6割程度死者数が多い、という報道がある。ストレスがコロナウイルスの重症化をもたらし、死者を増加させたはずだが、その数を知ることはさらに難しい。少なくとも、ストレスの影響が甚大であることだけは、疑いようがない。
十分な睡眠が、ストレス解除に極めて有効なことが、知られている。ロックダウン下では、運動もせずに家に閉じ込もるので、睡眠不足になってしまう。NK細胞の活性化には適度な運動が必要。運動の少ない生活が、さらに免疫力低下をもたらす。食料の十分な供給がなければ、栄養不足が免疫力の低下につながる。医療を満足に受けられないロックダウン下で、持病が悪化すれば、結果が深刻になる。
ロックダウンがもたらすストレスによって免疫力が低下し、死者数が増加したのならば、上の表にそれを示唆する結果が現れているはずだ。
死者数上位10カ国のうちの7カ国で、全国封鎖の厳しいロックダウンが実施された。下位10カ国で、全国封鎖のロックダウンが実施されたのは、4カ国だった。
上位と下位の間で、全国封鎖国の数に違いがあるだけではない。4月10日までの期間で、上位グループのうちの5カ国において、1カ月以上に渡る長期ロックダウンが実施された。下位グループのうちで、同期間内にロックダウンが1カ月以上に渡った国は、1カ国しかなかった。生活を困難にするロックダウンの長期化が、死者数を増やす要因の1つになることは、間違いがなさそうだ。
免疫力を高めることが確認されている微量栄養素として、ビタミンC、ビタミンD、亜鉛がある。イギリスの大学と病院が、ヨーロッパの20カ国を対象に、ビタミンDの血中濃度を調査した。ビタミンDの血中濃度と、新型コロナウイルスの感染率や死亡率との間に、相関があった。 死亡率が高い、イタリア、スペイン、イギリスなどの国民のビタミンDの血中濃度が、北欧人よりも低い。
太陽光(紫外線)をあびると、皮下脂肪に存在するコレステロールの化学反応によって、ビタミンDが作られる。太陽光が弱い北欧人の血中濃度のほうが高い理由として、2つが考えられる。
そういえば、コロナウイルスによる死亡率が低い日本人が、ビタミンDを多く含む、サケ、サンマ、アジ、サバなどの魚をよく食べている。ビタミンDがたっぷり含まれている、マイタケ、ほしシイタケ、エリンギなどのキノコ類もよく食べる。
日本人以外のアジア系の人々も、魚やキノコをよく食べるばかりではない。十分に降り注ぐ、太陽の光に当たることをいとわない。中国人の太極拳や日本人のゲートボールが、新型コロナウイルスから高齢者を守る。
新型コロナウイルスでは、免疫系が、ウイルスに過剰反応する感染者がいる。体内で大量の炎症性サイトカインが産生される。サイトカインが適量ならば、免疫系を活性化させて自然免疫と獲得免疫を誘導する。過剰になると、免疫系のみならず、神経系や内分泌系も暴走させてしまう。発熱や倦怠感、血液凝固が過剰に起こり、全身性の症状悪化や血栓形成につながる。このサイトカインストームをビタミンDが抑制する。
栄養素の欠如が感染爆発をもたらすので、十分に栄養を取れなくなるロックウダウン下で、状況がより深刻になる。
●「笑い」がもたらす免疫効果
新型コロナウイルスの感染が、日本で爆発しなかった理由は、複合的だ。そのうちの1つが「笑い」。「笑い」が交感神経の緊張を解き、免疫系を正常に機能させる。日本での落語を聞かせる実験では、サイトカインストームが抑制され、リューマチ(自己免疫疾患)に顕著な改善が認められた。NK細胞の活性化が認められるので、「笑い」はがん免疫のみならず、ウイルスに対する自然免疫と獲得免疫の亢進に貢献することが、明らかだ。
他国に例がないほど、「笑い」がいっぱいの日本のテレビが、コロナウイルス感染で有効に働いたと思われる。日本の高齢者は、スマホよりもテレビの画面を見ている。高齢化が進んだ日本で、ヨーロッパの国々よりも高齢者の死亡が少なかったことが、示唆に富む。
●ゆるい規制でストレス減少
さらに、規制がゆるかったために、免疫力低下につながるストレスが大きくなかった。それだけではない。人間にはなすすべがない地震や台風によって、日本人は被害を受け続けている。コロナウイルスは、それらの自然災害に比べれば、日本人にとっては恐れるほどのものでない。この精神的な「余裕」が、ストレスの低下につながったはずだ。
●BCGによる免疫力強化
BCG接種国では、新型コロナウイルスの感染が明らかに抑制されている。今までの免疫学の知識からは、BCG接種が、これほど大きな影響をウイルス感染に与えることは、理解しがたい。この興味深い知見に関して、免疫の専門家による注意深い研究が必要だ。
●免疫力を高める食事
栄養素は、免疫を含む代謝に影響を与える。特に、ビタミンDの効果が顕著で、魚とキノコを多く食べる習慣が、新型コロナウイルスの増殖を抑制する方向で働いたことは、間違いない。日本周辺のアジア各国でも、食生活が、新型コロナウイルス感染の拡大抑制に貢献した。
日本人はハグやキスをしない。生活習慣の違いが、日本での感染爆発を止めた、という意見がある。厳しいロックダウンをしたイタリアで、感染が長引いた。こういう生活習慣の違いが、感染に影響を与えることはない。
マスクも余り大きな影響を与えることはなさそうだ。極微のウイルス(「ストレスで抑制される免疫反応」図1)はマスクの生地の網の目を通過する。
ロックダウンで外出を厳しく制限した国々で、感染爆発が長期に渡った。マスクを使う必要がないほど、ソーシャルディスタンスが保たれたが、感染爆発を止めることができなかった。感染を恐れて家に閉じこもった人々や、太平洋の真ん中の島の住民にも感染が広がった。
ウイルスそれ自体、あるいは微粒子に付着したウイルスは、風に乗って遠くへ飛ぶ。鳥のからだに付着すると、鳥がウイルスを運ぶ。食品や衣料品の製造、輸送、販売の過程で、ウイルスがそれらの品物に付着すれば、消費者の家庭へウイルスが運ばれる。ウイルス感染を完全に止めることは不可能だ。共存しか選択の余地がない。
複合的な要因によって、死者数に大きな違いが出る。最善の対策は、ここまで書いたことから明らかだ。対策には、やったほうがいいことと、やらないほうがいいことがある。複合要因を考慮することによって、重症者を増やすことなく、感染を収束させることができる。死者を減らしながら、集団免疫を誘導することが可能になる。この対策においては、余病があって重症化しやすい人々のために、迅速かつ効果的な治療を施す体制の構築が、必要になる。
上の本文の最後に、「対策には、やったほうがいいことと、やらないほうがいいことがある」、と書いた。私の主張を具体的に書くと、個人攻撃になりかねない箇所があるので、あいまいな書き方をした。その後、皆さんからいただいたご意見を読んで、具体的に書くことを決めた。
メディアは何でも単純化したがる。メディアを自分の都合に合わせて使う、専門家や政治家がいるために、多くの人々が問題を曲解してしまう。おかげで、激しいコロナパニックが世界をおおってしまった。
私のウイルス免疫3部作(他のエッセイ68と69を含む)で、ウイルスと免疫の関わり合いのダイナミズムを描いた。ウイルスに遭遇した私たちのからだは、1+1=2と割り切れるような反応をするわけではない。ウイルスの攻撃と免疫の防御の微妙なバランスの上に立って、感染が進行する。さらに、この感染には複合的な要因が関与するので、頭を柔軟にしなければ、全体像を把握するのが困難になる。
●BCG接種の継続
上の表で示した解析結果から明らかなように、BCG接種が、コロナウイルス感染で死者を減らしている。免疫系に強い影響を与えるBCG接種を、今後も継続しなければならない。
清潔な生活環境と、充実した医療体制に恵まれている先進国では、結核は過去の病気と考えられる。ヨーロッパの多くの国々が、BCG接種を停止したのは、そのような判断があったためだ。その信念を変えなければならないことが、新型コロナウイルスで明らかになった。オーストラリアで、コロナウイルスのワクチンとしてBCGを使う研究が進んでいる。
●ビタミンDの摂取
ビタミンDが、新型コロナウイルスの感染抑制に効果があることが、分かった。ビタミンCがウイルス感染に有効であることは、すでに知られている。老人ホームのような高齢者施設では、日常的に、魚やキノコの食事から、ビタミンDを入居者に摂ってもらうことが、必要。新型コロナウイルスのような感染が勃発したときには、躊躇せずに、錠剤などでビタミンDの補給を行いたい。
この対策は、高齢者だけではなく、リューマチなどで免疫抑制剤を使っていたり、がんなどの余病を抱えている人々にも、適用したほうがいい。
●ロックダウンは不可
ロックダウンがもたらす過酷なストレスが、免疫系に大きなダメージを与える。通常の環境であれば、コロナウイルスが感染しても無症状に終わる人が、重症化することが考えられる。余病があれば、コロナウイルスに感染しなくても、ストレスによってその病気が悪化する。
人体に潜伏感染しているウイルスが、数十種類知られている。ロックダウン下の免疫力低下で、どれほどのウイルスが活性化され、人々がどのような病気を発症するのかは、全く未知。今後の研究が待たれる。
ロックダウン下では、ソーシャルディスタンスがきちんと保たれるので、ウイルス拡散が少しは抑えられるかもしれない。しかし、そのプラスよりも、免疫抑制によるマイナスの効果のほうが、はるかに大きいことを上の表が示している。
●野外の活動
ウイルスは、一般に高温、多湿、陽光(紫外線)に弱い。新型コロナウイルスも例外ではないことが、研究から分かった。低温で乾燥している暗い室内よりも、屋外の環境で、コロナウイルスは容易に不活化される(感染性を失う)。
ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアなどの、中国に近い東南アジアの国々で死者が少なかった。これらの国々では、コロナウイルスが不活化されやすい、3条件がそろっている。
今回の感染で実行された、公園や海浜の閉鎖は間違いだった。野外では、上の3条件が満たされているだけではなく、常に風が吹いているので、ウイルスは容易に飛ばされ拡散してしまう。感染防止のために、室内の空気の頻繁な入れ換えが、推奨されている。こんなことは、自然が休みなくやっている。
運動をすることによってNK細胞が活性化される。外に出て遊ぶことがストレス解消につながり、免疫反応の亢進に役立つ。
屋内活動だが、テレビのお笑い番組を見るのもいいし、好きな映画を見に行くのもいい。コロナウイルスを忘れて没頭できるエンタテインメントが、必要だ。パチンコだって好きな人にはいい。もっとも、負けてしまっては逆にストレスが溜まってしまう。
●コロナに強い子供、免疫獲得者、女性が防御壁
感染が爆発したどの国においても、子供の感染者が極めて少ないことが、注目された。長期休校によるストレスが免疫力低下をもたらし、ウイルスに対する感受性が高まったはずだ。それでも、子供の感染者が少なかった。休校などの規制は明らかに見当違いだ。
わざわざワクチン接種をしなくても、自然感染から回復した人々が、ウイルスに対する免疫を獲得している。新型コロナウイルスでは、感染しても無症状の若い人たちが多い。集団に対する理想的なワクチン接種と同じ効果を、期待できる。若い人たちに厳しい行動制限を押しつければ、社会にとっては逆効果になる。
コロナウイルス感染では、女性の感染者が、男性よりも少ないことが知られている。疫学的な対策において、頭に入れておかなければならない。
子供、免疫獲得者、女性が集団の中に散らばることによって、新型コロナウイルスに対する防御壁が、社会に築かれる。私たち人間は、コロナウイルスよりも知能が高いはずだ。社会の構成員全員が、一方向へ突っ走るのではなく、集団の多様な構成員に、多様な役割と行動を期待したい。
●マスクの着用
一般的なマスクの生地の穴の直径は、5μm程度だ。この穴はリンパ球を通さないが、細菌をほぼ通過させる。ウイルスは簡単に通過してしまう(エッセイ68「ストレスで抑制される免疫反応」)。くしゃみによって飛び散る、巨大な飛沫粒子に含まれているウイルスしか、マスクでブロックされない。
もしもマスクが効果的に飛沫を付着するならば、別の問題が生じる。フィルター作用をするマスクに、ウイルスの凝集塊が留まる。飛沫の水分が蒸発すると、何かの拍子に、乾燥したウイルス塊がマスクから飛び出す。
中国で、高校の体育時間中に、マスクをして徒歩競争をやった高校生がいた。何人かが死亡してしまい、体育でマスクを付けることが禁止された。死亡とまでは行かなくても、マスクをすると息苦しい。ストレスが高まるばかりか、コロナウイルスに感染していれば、呼吸が難しくなることによって、重症化が進む。
夏にマスクを着用すれば、呼吸の体温調節能が落ちる。体温調整に困難をきたして、熱中症の可能性が高まる。
マスクの効用を期待するならば、まず医療関係者だ。マスク着用がストレス増大をもたらすが、耐えてもらうしかない。次に、PCR検査が陽性になった人々。ウイルスを含む、飛沫の飛散をある程度防ぐことができる。すでに呼吸が苦しくなっているならば、マスクをしてからだを動かすことは、止めたほうがいい。マスクにウイルスを留め込まないために、マスクの頻繁な交換が必要。