最初の生命が地球上に誕生してから、38億年が経過した。この間に、約90%の生物が絶滅する絶対的な危機が、この地球を何度も襲った。
単純な計算をしてみよう。生存率10%の絶滅が、10回くり返されれば、今私たちが存在している確率は、100億分の1になってしまう。あなたと私がコンピュータの前に坐っているのは、奇跡としかいえなくなる。
ところがこれは奇跡などではなく、当たり前のこととして、進化は、私たちを地球上に誕生させた。生物のしたたかでタフな柔軟性は、計算の範囲をこえた、自然の摂理によって獲得されている。
生物の進化は示している。。。何度も、何度も絶滅があったからこそ、今人類が存在している。
今までに最も長く生きたひとでも、120歳くらいまでだ。生きるために医学の力を借りている人間でさえも、100年程度の寿命。これは生物全体の進化の歴史から見れば、極端に短い寿命ということになる。
進化は、個体の寿命を短くするためのメカニズムを、遺伝子が乗っているDNA鎖にわざわざ組みこんだ。ヒモ状のDNAの両端にテロメアという塩基(化学物質)の配列があり、細胞が分裂するたびに短かくなる。テロメアがなくなれば細胞は死ぬ。つまり、老衰によってそのひとの寿命がつきる。
個体の死、そして種の絶滅は、生物全体の生き残りのために準備された。ここに進化の知恵がある。
絶滅の危機に対して、種の中の個体の変化で対応するか、種を全く新しく変えて対応するかは、環境変化のスピードと大きさによって決まる。
個体はそのままでも、ある程度の環境の変化に耐えられる。だが、大絶滅をもたらすほどの地球環境の激変には、種を変えなければ対応ができない。全く新しい環境に適応できる、新しい種が生まれなければならないのだ。
世代を重ねるたびに小さい変化を次々と蓄積させ、最後には種まで変えてしまう。個体の寿命が短いおかげで、種は比較的短期間のうちに入れかわる。
人類誕生後の人類の平均寿命を40年と仮定すると、1万年で250世代になる。100万年ならば2万5000世代だ。これくらいの速度で世代交代が進めば、絶滅の危機に対して、生物として何とか対応できる。それが、38億年にわたる進化が出した結論だ。
生物のひとつの世代が、100万年の寿命を持っていたのでは、進化上では極めて短い、数万年単位の環境の激変に対応できず、人類を含む全生物が間違いなく絶滅してしまう。
今からくわしく書くように、
個体の寿命を短くしたことによって、ほとんどの生物が絶滅する最大の危機でさえも、生物全体の進化のために使うことができる。危機こそチャンスなのだ。危機が大きければ大きいほど、チャンスは大きくなる。進化の度合いが大きくなる。
大絶滅によって大進化が達成される。
宇宙はそもそもの初めから、驚くほど自然かつ合理的なやり方で、この地球上に生命を生みだすプロセスを準備した。
原子の中でもっとも軽く構造が単純な水素は、宇宙誕生後の間もない時期に、大量に作られた。
今も宇宙にもっとも普遍的に存在している原子は、この水素だ。全宇宙に存在している原子の75%は水素なのだ。
他の原子は、宇宙誕生後に自然発生的に作られた水素原子を出発点として、恒星の中で進化した。水素よりも重い酸素、炭素、鉄など、
高校の壁に貼られている元素表に載っている原子は、太陽のように燃える恒星の中で、水素をもとにして作られた。
恒星が超新星爆発をすると、星の中の重い原子が宇宙空間へ放出される。地球の誕生以前に、星々の栄枯盛衰が宇宙の至るところで繰りかえされた。
私たちは、身のまわりに鉄製品があるのは、当たり前のことと思っている。これらの鉄製品の中に含まれる鉄原子は、かつて宇宙のどこかで爆発した超新星から放出された。それらの恒星は、今夜空に見える星々と同じように、はるか遠くの宇宙空間に存在していた。
鉄原子は、人間の感覚では気が遠くなるような長い時間をかけて、気が遠くなるように広大な宇宙空間を旅し、太陽系が形成される宇宙空間へ、やっとたどり着いた。
原始地球に取りこまれた鉄原子が、今身のまわりで日用品になっている。なんともスケールの大きい日常生活だ。
太陽系に地球という惑星が形成されたのは、宇宙が誕生してから91億年後。今から46億年前のことになる。
水は、宇宙の至るところにあることが知られている。
彗星は汚れた氷のかたまりだ。彗星の巣と呼ばれる太陽系の外縁には、氷のかたまりが大量に浮遊している。彗星から供給されたと思われる水は、地球のみならず、太陽系内の他の惑星や衛星にも大量に存在している。
天王星や海王星は氷のマントルでおおわれ、土星の衛星のエンケラドウスとタイタン、それに木星の衛星のエウロパも氷でおおわれている。
地球誕生から数億年後には、宇宙空間から供給された水をもとに、地球は海の惑星になっていた。陸地の見えない広大な海。
地球の原始大気に酸素は全く含まれていず、溶岩から放出された二酸化炭素(炭素分子)や硫化水素が大気成分の大部分を占めた。
生命の誕生と維持にもっとも大事な分子は、水と炭素化合物だ。それらが原始地球には十分にあった。生命の誕生と進化は、惑星の形成と同時に、当たり前のことのように準備された。
水は化学物質をよく溶かし、多種多様な化学反応が、水の中できわめて効率よく進む。温かい原始の海の中で、炭酸分子が集まって複雑にからまりあい、生命のもとになるアミノ酸を形成し、やがてそれはタンパク質へと進化した。
この海の中で、遺伝子(DNA)を形成する核酸塩基や糖も作られた。
生命のもとになる原子と分子が、原始の海に、十分に蓄積されるのにかかった化学進化の時間は、8億年ほどだった。
生命の誕生についてはいろいろな説がある。
細胞がさきか、遺伝子がさきか(ニワトリがさきか、卵がさきか)、という問いにまだ答えることはできない。
宇宙空間から飛来した微生物を、地球上の生物の祖先とする説がある。この説では、飛来した微生物の誕生に関する疑問に、答えなければならなくなる。どこでどのようにして誕生したのか?結局は堂々めぐりになってしまう。
いずれにしても、 38億年前には、自らを再生産するバクテリアのような単細胞生物が、地球上に存在していた。
生命が誕生した原始の海と、基本的には同じ体液を、38億年後の今、私たちは体内に持っている。私たちのからだを構成する細胞群は、今でも原始の海を必要とし、その海の中で生きている。私たちのDNAの基本構造は、祖先の単細胞生物によって作られ、今でも私たちのからだの中で機能している。
人間のからだには60兆個の細胞がある。この数は、日常的に使う数の範囲をはるかに超えているので、どれくらいの数なのか、実感としてピンとこない。世界の総人口が66億人なので、総人口の1万倍近い数の細胞をからだの中に持っている、と説明すればいいだろうか?
これだけの数の細胞が、卵子と精子という、たった2個の細胞の子孫として作られる。
顕微鏡下で見ると、一つひとつの細胞が、生命誕生時の海を擬した体液の中で生きていることを、実感できる。各細胞は懸命に生きている。私たちのからだは、これら独立した60兆個の細胞の、精巧かつ柔軟な協力関係の上に構築されている。
受精卵からの分化と成長、それに成長後のからだの維持には、とても複雑な細胞間の協力が必要になる。1個1個の細胞が懸命に生きているだけではなく、からだを総体として生かすために、どんどん死んでいく細胞がある。個の死が全体を生きのびさせる。
このエッセイの最初のほうに書いた、全体を生かすために個が死ぬ、という生命存続のための摂理は、個体の維持においても実行されている。
体外の環境に反応しながら、体内の環境を正常に保つ。そのための60兆個の細胞の総力戦。これは大自然の驚異といえるが、それでも個体には死がやってくる。死はやってこなければならない。
変化する環境に、より適応した個体を生き残らせるために、一つひとつの個体には寿命がある。変化する環境により適応した個体は、より長く生きる。新しい環境により適応した子孫を、より多く残す。
こうやって、一個体の柔軟性だけでは生きのびることのできない、環境の大きな変化にも、種として対応している。世代から世代へと、より適応性のある個体を生み出しつづけることによって、種として存続できるようになる。
大進化は、環境の劇的な変化によって古い種が絶滅し、全く新しい種が次に繁栄することによって、進む。この環境の変化が劇的であればあるほど、種の進化も劇的に大きく進む。
35億年前に生存していた微生物の化石が、西オーストラリアで発見された。これは、今も西オーストラリアのモンキーマイアの近くに群生している、シアノバクテリア(ラン藻)に近い生物だ。
最初の生物は温かい海中を漂いながら、炭素系の有機化合物を周囲から体内へ取りこんでいた。解糖系のような反応系を使って、有機化合物から生存のためのエネルギーを得ていた。
現在はっきりと証明できる最初の大絶滅は、25億年前にやってきた。
バクテリアの大増殖によって、栄養素として取りこんでいた、発酵作用に必要な糖と酸が海中から消えてしまったのだ。バクテリアの多くが死滅し、その死骸が厚い地層になったところが、西オーストラリアで見つかっている。
生き残ったわずかなシアノバクテリアが、太陽エネルギーを生存のために使う方向へと、進化した。現在の植物がやっている炭酸同化能を、この時代に獲得し、光合成をおこなうようになったのだ。
このシアノバクテリアのおかげで、酸素が大気中に初めて蓄積されるようになった。最初の大絶滅が、のちの生物の生存に必要な酸素を作る生物を、地球上で進化させる原動力になった。
地質学的な時間スケールではその直後になるが、悲劇が再度生物を襲った。地殻のマントル対流によって、海の惑星に超大陸が出現したのだ。
海洋面積の減少が、地表からの熱の放散をうながし、地球の気温が低下した。地球の全表面が氷でおおわれる、全球凍結がおこった。
光合成をするシアノバクテリアなどのラン藻類は激減し、大気中の酸素濃度が急速に低下した。
この大絶滅に生き残ったバクテリアは、光合成をより効率的におこなうようになった。地球の気温が再び上昇したとき、新しいバクテリアは大増殖した。
次の大絶滅は17億年前、皮肉にも、進化したバクテリアが海中へ大量の酸素を放出したことによって、引き金がひかれた。
活性酸素は、生命の維持に必要なDNAなどの分子を破壊する。海は極度に酸素化され、ほとんどの生物が死滅した。
ふたたび、まるで当然のことのように、進化のメカニズムが働いた。次の進化は、この大量の酸素を、生存のために有効活用する方向へ進んだ。
酸素の毒性をおさえながら、酸素エネルギーを生命維持のために使う。酸素を使って、エネルギーを効率的に作ることができるようになった。単細胞生物は、大きく成長するようになった。
だが、この巨大化によって、単細胞生物の自己崩壊による絶滅が起こった。
生命が誕生してからの最初の23億年間は、単細胞のままだった。この間に、人類を含めた現存の生物が持っている基本的な遺伝子の骨格(DNA)が、より完全なものになった。
その後の進化を遺伝学的に見れば、生体の恒常性を保つと同時に、同じような個体を再生産するために働く遺伝子が、大きく変わることはなかったのだ。危機への対応のために、どのようにして、保守的な遺伝子を多様に発現(機能)させるのか、という工夫の歴史だったことがわかる。
このおかげで、植物から動物まで、遺伝子の骨格は基本的には同じだが、今の地球上には、動物だけでも、100万を越える種が存在するようになった。
ここでいう遺伝子発現とは、DNAに含まれる遺伝情報から、最終的にはタンパク質が作られるまでの過程をいう。同じ遺伝子群が、多様な組み合わせによって、異なるタンパク質を作る、というような離れわざが日常的に行われている。あるいは、特定の遺伝子を沈黙させることによっても、同じ遺伝子群が異なるタンパク質を作ることができる。
この過程で重要な役割を演じるのは、DNA鎖上の遺伝子(ゲノム)だけではない。ノンコーディング領域(ジャンクDNA)の役割も重要だ。後者の遺伝子発現調節領域が、DNA鎖の大部分を占めるが、機能についてはまだほとんど知られていない。
人間が遺伝子操作をすることの危険性は、ここにある。38億年の進化の結果として、現在機能している遺伝子を変えると、それに誘発されて、ノンコーディング領域のどこが、どのように変化するのか、全く見えない。ノンコーディング領域には、現在は眠っているが、生物が危機的状況におちいったときに活性化される、遺伝子構造があるかもしれない。操作された遺伝子と、新規活性化遺伝子との相互作用を、あらかじめ知ることはできない。短期的な視点から、病気治療などで実施される遺伝子操作が、長期的には人類の絶滅につながる可能性を、誰にも否定できない。
さらにもう一つ指摘しておきたい。細胞の分化や増殖をうながすタンパク質に、増殖因子がある。これは、からだの成長や損傷個所の修復に必須の因子だ。ところが、このタンパク質は、同時にガン細胞の増殖を助ける。ガン関連因子ということで、増殖因子の遺伝子を取り除くことは、死につながりかねない。 生体は、このように一見相反する複雑な機能を持った要素によって、構築されている。除けばいいとか、加えればいいというような単純な判断では、大きな誤りをおかす可能性がある。
もっとも、当評論の主旨からは、もしも人類が人類自身の絶滅の引き金を引くならば、次の新しい種の進化を助けることになるので、生物全体としては特に問題にはならない、といえる。本当にそれでいいのかどうかは、絶滅するかもしれない人類である私たち自身が、自分自身に問いかけなければならない。
一つひとつの細胞に存在する遺伝子が、生体外部(他の個体、気温・水温・光などの物理的刺激、栄養素、化学物質)と生体内部(他の細胞、体液、化学物質)の環境に反応しながら、異なる発現をするようになった。これが、比較的短期間のうちに、実に多種多様な生物を生みだす原動力になった。
単細胞の卵子と精子が合体して作りだした細胞群は、同じ遺伝子を持ちながらも、巧妙な遺伝子発現のトリックのおかげで、分化・成長の過程で一つひとつが異なる機能を持つことができる。それらの細胞が全体として協力しあい、私たちのからだを構築し生存させている。
私たちのからだにある細胞を顕微鏡下で見れば、私たちは独立した単細胞生物の集合体であることを、実感できる。
15億年前のことだった。次の進化は、1個の細胞がさらに巨大化するのではなく、いくつもの細胞が集まって全体として大きな個体になる、多細胞生物化だった。
多細胞生物化によって、遺伝子を子孫へ有効に引きわたすために、遺伝子を入れる細胞核を持つことになった。これらは真核生物といわれる。それまでは、遺伝子は細胞の中にばらばらに散らばっていた。今のバクテリアは同じ状態をたもっている。
多細胞生物化によって、寄り集まった細胞の一つひとつの遺伝子の活性化の度合い(遺伝子発現)に、違いが出るようになった。これは、環境と対話しながら遺伝子発現を規定する、単細胞時代に獲得した能力の延長線上にある、機能だ。多細胞生物化によって、多くの異なる機能を有する器官を体内に持つ、現存の生物へ進化する準備が整えられた。
多細胞生物化によって、これまでにない大きな運動能力を獲得した生物が、出現した。この運動能力によって、生存に適した環境へ自ら移動することができる。
9億年前の地層から、50種におよぶラン藻や菌類などの微小化石が見つかっている。その中には、真核細胞と思われる化石がある。複雑な構造を有する細胞壁が、細胞の安定化に貢献する。真核藻類の多くには多数のトゲがあり、移動や防御に役立てていたと思われる。
現存する生物への進化は、遺伝子の多様化によっても準備された。
多様化とは、DNA内に異なる機能を持つ遺伝子が増えることだ。これは、最も基本的な遺伝子が、コピーを作る過程で、少しずつ変異をすることによって達成される(遺伝子重複)。この小さな変異が繰りかえされて、多様な遺伝子プールができあがる。
遺伝子の進化だ。
環境の変化によってこの遺伝子プールにスイッチが入ると、眠っていた遺伝子が覚醒し、新しい種が生みだされる。現存する動物のすべての祖先が一度に誕生した、後述するカンブリア大爆発の前に、このような遺伝子が準備された。この遺伝子プールには、将来の危機に対応できる遺伝子も含まれている。
DNAは、たった4種類の塩基分子(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)から構築されている。これをベースにして、複雑に機能する私たちのからだが作られる。この効率のよさに驚く。
30億対(60億個)の塩基がつらなったDNA鎖の中で、構造遺伝子とはっきり同定できる領域は、わずか3%しかない。残りの97%は、上に述べたノンコーディング領域で、遺伝子発現において重要な役割を演じたり、眠った状態にある遺伝子だ。
DNAの基本構造はよく似ていても、機能の発現の仕方を変えることによって、同じ種の中で、異なる適応力をもつ個体を容易に生みだすことができる。さらに、この遺伝子プールを使えば、短期間のうちに、次の種へ進化することが容易になる。
生物を襲う危機には終わりがない。それは、進化には終わりがない、ということと同じ意味になる。
7億年前、ふたたび全球凍結によって大絶滅が発生した。赤道地域の海水温がー5~ー6度にまで下がり、光合成がほとんど停止したために、生物界は大打撃を受けた。
ラン藻類の大増殖による、大気中炭酸ガス濃度の減少が原因になったと思われる。これが、宇宙空間へ熱を放散させてしまった。
この大絶滅から生き残る過程で、生物は多様な遺伝子を蓄積していった。多様な遺伝子を持つことによって、異なる環境への適応力が高くなった個体のみが生きのびた、という言い方ができる。
オーストラリアのアデレード北方にエディアカラ丘陵がある。そこで発見された平べったい生物の化石(エディアカラ生物群)は、この地球上に生まれた最初の「動物」の化石と考えられている。これらの中には、クラゲやゴカイのような外見をしているものがある。イソギンチャクの仲間も出現した。
この生物群は約7億年前に生きていた。
5億5000万年前に、超大陸を分裂させる地殻運動が原因になり、大規模な火山運動が発生し、地球環境が大変動した。
これによってエディアカラ生物群は絶滅し、三葉虫が出現した。
次に地球が温暖化したとき、遺伝子の大爆発が起こった。
それは
5億4000万年前のことだった。進化上では「アッ」という間のわずか1000万年の間に、カンブリア大爆発と呼ばれる超進化が勃発した。
この大爆発以前には、多細胞生物は、カイメン、クラゲ、イソギンチャクの仲間だけだった。
ところが、大爆発によって、
現世動物の全ての祖先が出現した。
人類の祖先で、やがて魚類へ進化する直泳動物とよばれる生物も、出現した。
このカンブリア大爆発後に世界を支配したのは、節足動物だった。
体長2メートルを越す巨大な海サソリや、マルレラ、アノマロカリスと名づけられた、現在は存在してない奇怪な動物が出現した。人類の祖先である魚類は、こんな動物たちの間を逃げまわった。
この大爆発は、地球環境の変化によって、重要な生体物質であるリンなどが、大量に海へ流れこんだことによる、と考えられている。
超進化がうながされる、決定的に重要な環境の激変が発生したのだ。すでに準備されていた多様な遺伝子群が、それに反応していっせいに活性化された。
この時期に、地球の海や陸地の構造が複雑になり、外海や内海などの多様な環境が作られた。その結果、遺伝子プールを多様に活用する、多様な生物が進化したと考えられる。
ある特定の時代の環境に適応した生物界の覇者は、特殊な環境に適応しすぎるために、進化が止まる。特殊な環境下でしか生きのびることができなくなり、環境が激変すると、最悪の場合には絶滅する。
生物の進化には危機こそチャンスだ。しかもこのチャンスは、その時代の弱者に与えられる。挑戦する弱者が、次の時代に繁栄を切りひらく。
危機は、4億4000万年前にも地球をおそった。太陽系の比確的近傍(数千光年以内)で発生した超新星のガンマ線バーストが、地球を直撃したといわれる。一瞬で85%の生物が絶滅した。
人類の祖先はこの危機にも生きのび、最後には人類へ到達する次の進化を準備した。
4億年前に、巨大サソリなどの残忍な節足動物に海を追われた、弱者である脊椎動物の魚類が、陸へ逃げることをこころみた。
この逃避行は非常に苦しいものだった。
陸上は、魚類にとってはとても過酷な環境だ。空気を呼吸するために、えらを乾燥化から守らなければならない。皮膚から水分が逃げてひからびてしまう。体重を軽くしてくれる水が存在しない。
だがこの挑戦は実りのある挑戦だった。祖先の生存のための苦しい戦いのおかげで、今私たちが存在している。
陸を目指して逃げたことは、次の生物絶滅のときに幸運をもたらした。
3億6000万年前に、海洋生物の多く(82%)が絶滅する危機があった。氷河期による気温低下が原因だったといわれる。海水温が低くなりすぎたのだ。
魚類は、陸上生活に適したからだになるように、「進化しなければならなかった」。海から河川や湖に住むようになってから、陸上生活に適応できるような多様な魚類が、出現した。
魚類は肺呼吸をするようになり、皮膚からの水分蒸発をおさえるために、皮膚を厚くかたくした。体重をささえるために、骨格と筋肉を発達させて、四足歩行ができるようになった。
魚類は両生類へと進化した。サンショウウオの祖先が生まれた。陸上には、すでに植物が繁茂していて、えさになる昆虫が飛んでいた。陸は大きな生活空間を準備していたのだ。
2億5000万年前、またもや大絶滅だ。これが、今検証できる最大の絶滅になる。原因はふたつあったと考えられる。
ひとつはシベリアに出現した超巨大噴火だ。山の噴火ではなく大陸が裂けた、という表現がふさわしい。千キロにもおよぶ大地の巨大な裂け目から、溶岩が噴出した。大気中に硫化水素とメタンガスが満ちた。
この時期に、オーストラリアの西海岸に小惑星が落下した。
この生物界最大の危機によって、全生物の95%が死滅したといわれる。海中で栄えていた三葉虫やフズリナは、このときに絶滅した。
この絶滅が、ふたたび次の進化の引き金をひいた。
爬虫類の登場だ。
同時に、爬虫類との共通の祖先である両生類から、私たち哺乳類の祖先も誕生した。大型哺乳類の獣弓類だ。
獣弓類は、恐竜が登場するまでの短い期間だけ繁栄した。間もなく、より敏捷で攻撃的な恐竜に駆逐されてしまった。私たちの祖先は小型化して、1億年余の間、なんとか生きのびることになった。
2億1000万年前の気温上昇が、それまでは小型だった恐竜を大型化するなどして、恐竜時代の引き金をひいた。巨大な肉食爬虫類は海でも大繁栄した。このとき、海水温が急上昇し、アンモナイトの多くが絶滅した。
巨大な恐竜がばっこする地球で、そのままでは、哺乳類が人類まで進化することはなかった。
次の大絶滅は、誰もが知っている、メキシコのユカタン半島へ、6500万年前に巨大隕石が落下したことによって、引きおこされた。
隕石の落下によって、空中へ大量の土砂が巻き上げられた。また巨大な山火事が空中の酸素を消費した。火事の煙は、分厚い雲になって地球をおおった。地表へ届く太陽の光が極端に減った。
酸素を作る植物が消え、空中の酸素が減った。
当時、ネズミのように小さい哺乳類が、恐竜の足元を逃げまわっていた。生存のための酸素消費量が少ない、小型の弱小動物だったことが、この危機を生きのびるのに幸いした。
酸素を大量に必要とする巨大恐竜は、突然死に絶えた。生き残った小型恐竜の一部は、鳥類へと進化することになった。
やがて分厚い雲が晴れ、ふたたび植物が成長しはじめた。人類の祖先の前に、競争相手のいない広大な森林空間があらわれた。酸素が少なくなった大気中で、なんとか生きのびたネズミのような個体から、哺乳類の進化がはじまった。
哺乳類は、進化しはじめると同時に、多様化することになった。ゾウなどの大型哺乳類があらわれた。600万年前に、サルの祖先から人類が枝わかれした。
恐竜が絶滅したあとで枝分かれした、ネズミ、サル、ヒトなどの哺乳類の間で異なる遺伝子の数は、たった1%しかない。99%の遺伝子が共通している。
このことは、遺伝子の基本構造の保守性と、環境の変化にすぐ対応するために、遺伝子そのものを変えるよりも、遺伝子の発現能力を変える方向へと、進化が進んだことを端的に示している。
この柔軟性のおかげで、最後の大絶滅に生き残った哺乳類は、人類の方向へむかって急速に進化した。
以上に述べた生物の進化をまとめると、次のようになる。
この宇宙に存在する全ての物質は、宇宙誕生直後に作られた水素原子の子孫だ。
少量のヘリウム原子を除く、水素以外の全ての原子は、燃える恒星の中で、水素原子をもとにして作りだされた。それらの原子が、宇宙空間や地球のような惑星上で分子進化をし、水や炭酸分子など、生物のからだを作るために必要な基本的な物質を作り上げた。
水(氷)も炭酸分子も、宇宙には大量に存在している。
原始地球の温かい海の中で分子が寄り集まり、外の環境から自らのかたまりを切り離すことによって、ひとつの細胞になった。まるで当然のことのように生命が誕生した。
環境の激変は、新しい環境に適応した種を生みだす。繰り返されてきた生物の大絶滅下でも、この地球上に、新しい種が確実に生みだされてきた。
驚くほどタフで柔軟な生物存在の本質を考えれば、この宇宙の多くの惑星上で、地球型の炭素系生物が進化している、と考えるのが自然だ。人類が存在するのは奇蹟などではなく、「自然」と考えざるをえない。
この宇宙において、水素原子からひとまでの進化は、「必然」だったことになる。私たち人類は生まれるべくして生まれた。
地球上で、38億年にわたる進化の過程で発生した、壮絶な大絶滅の歴史を何度も生きぬいてきた祖先たち。私たちの命には、38億年の進化の重みがある。
ただし、人類が絶滅をしても、圧倒的な権勢を誇っていた種が消えたあとの広大な空間で、ふたたび覇権を握る種が誕生する。このような、人類の存在を超えたところにある普遍的真理を想うのは、人類の一員としては寂しい。
人類が誕生してからわずか600万年。進化史の上では余りにも短い。この存在期間だけを考えても、今の人類は、まだまだ大きく進化すると考えていい。
種として進化しはじめたばかりの人類のからだは、まだ二足歩行にも適応していない。
「個体発生は、系統発生を繰り返す」。
ひとの一生は、最初の生命である単細胞生物に似ている、卵子、精子からはじまる。母親の体内で、進化の途中にあった海中生活を経験する。四足歩行のからだをまだ残している人間は、幼児のときに、二足歩行へ移るのに苦労をする。幼児は、両親にはげまされながら、なんとか立ち上がる。
無理に立ち上がるために、背骨は腰のところで極端に曲げられる。ガイコツの骨格標本で見れば、この腰の部分の背骨の曲がり方が、いかにも不自然なことがよくわかる。これが腰痛の原因になる。
頭骨の内側を見れば、人間の脳には、まだまだ大きく進化する可能性があることを、見て取れる。脳が接触する頭骨の内側は、デコボコになっている。脳が極限にまで発達したときに、内面はツルツルになると考えられる。
次の危機は何か?人類はこの危機を乗りこえてどう進化するのか?あるいは、そこで絶滅して別の種に席をゆずるのか?
まだ誰にもわからない。しかし、38億年の間、繰りかえされる危機を逆に利用して、進化を遂げてきた生物を見れば、生物の一員としては楽天的になっていい。
人類は絶滅するかもしれないが、生物は全体としては生きのびる。自然の摂理は、生物のひとつの種にすぎない人類を超えたところにある。それは宇宙の摂理といってもいい。