Essay 5

北アルプスの秋

Autumn in Japan Alps
2008年10月30日(更新2024年4月10日)和戸川 純
旅行期間:10月22~25日
標高差:10~2760m
気温差:3~24℃
Trip Term: 22-25 October
Altitude Difference: 10-2760m
Temperature Difference: 3-24℃
map
旅のスタート地点 Home Town

日本の秋の天候は変わりやすい。毎日毎日の気温変動が大きいばかりではなく、一日のうちでも昼と夜の間には大きな温度差がある。
また山が多いので、国内を少し移動するだけでも、地域によって気温に大きな差があることを実感する。

home town

そんな秋の日、私たち夫婦は、中部山岳地帯へツアーで旅行に出かけた。温かい秋の日に出発したおかげで、わずか4日間の旅行の間に、夏から冬を経験することになった。豊かな自然の劇的な変化。日本の多様な風景を楽しむ旅になった。

金沢 Kanazawa kanazawa

前日の天気予報では、金沢の気温は26℃に上がるということだった。持参した衣服は晩秋から初冬用。「今更夏はないだろう」と考えて、暑さ対策をしなかったので、少しばかりの不安があった。実際には24℃で済んだが、薄日が漏れると暑さを感じた。温かい小雨が時折り頬をぬらした。

白川郷 Shirakawago shirakawa

白川郷に着いた時は雨だった。展望台から見た白川郷は、雨でくもっていた。それが、古いたたずまいに深い趣きを与えた。雨の旅は大変だが、記憶に残る旅になるならば、苦労はむしろ歓迎だ。
やがて雨は上がり、周囲の山々に漂う低い雲が、更に情緒を深くした。白川郷は雨の時がいい。

wada house

ツアー・ガイドの一番のお勧めは、重要文化財の和田家だった。

家の中の案内をしてくれた中年の女性に確かめたところ、和田家の人々は、今でもこの家に住んでいるそうだ。観光客が、ひっきりなしに出入りする家に住むことは、私には耐えられない。慣れれば大丈夫なのだろうか?慣れてもとてもリラックスできそうにない。

shirakawa shirakawa shirakawa

外国人観光客がとても多かった。台湾の有名な俳優が出演するCMが、ここで撮影され、その後、台湾からの観光客が増えたそうだ。

高山 Takayama takayama

飛騨高山の中心部には古い町並みが残っている。飛騨山中の町らしく、木彫り製品を売っているみやげ物屋が多い。

普通の観光客である私たち夫婦は、まず伝統的な建造物がある、保存地区を散策した。京都によく似た狭い通りは、観光客でごった返していた。

little kyoto

人混みの中でいい加減に疲れてから、街の西にある山のほうへ歩いた。八幡宮周辺は静かで、そこには期待した通りの古い飛騨高山があった。

黒部峡谷 Kurobe Gorge hachiman-gu
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kurobe

宇奈月温泉からトロッコ電車で黒部峡谷を上がった。

峡谷沿いの自然は変化が大きい。絶景だ。下はまだ緑が多いが、高い山の頂付近ではもう葉が全て落ちてしまっている。あとは雪が降るのを待つばかりだ。
峡谷を上がるにつれて、山頂ばかりか川沿いでも紅葉が増す。トロッコ電車の終点は欅平だが、その前の鐘釣で降りた。

kurobe kurobe

目当ては、黒部川原に湧き出る温泉だ。人目のある昼間。さすがに裸では温泉に入らなかったが、足湯を楽しんだ。湯は熱く、雪のある冬でも楽しめそうだ。

黒部ダム Kurobe Dam hot spring hot spring kurobe

高度成長期に黒部ダムは作られた。急峻な山に道はなく、冬には雪の深い山奥で困難な工事が続けられた。それでも、最初の予定通り、7年でダムは完成した。

日本人は、計画通りに物事を達成することに、全力をあげる。これは美徳だが、黒部のような工事において、計画最優先で工事を進めたことには、無理があった。工事の犠牲者は172人。映画やテレビのドキュメンタリーでは、全員がヒーローとして描かれる。しかし、これだけの犠牲者を出したことに対して、後悔と反省を忘れてはならない。
命を捧げる人にとっては、命を失うのは、全宇宙を失うことを意味する。今私たちは埋もれた命の上を歩く。

黒部側から、ロープウェイとトンネル内のトロリーバスを乗り継いで、立山の反対側の斜面に出る。

室堂 Murodo銀世界の室堂「東京から雪の大谷へ日帰りの旅」 mikurigaike tateyama seen from murodo

小さな平地が広がる室堂(室堂平)に到着する。立山山頂直下のそこには、3つの沼と硫黄の煙が噴き出る地獄谷がある。地獄谷の中には露天風呂。

tateyama

3つの沼の中では、ミクリガ池が最も大きい。 厳と引き締まった山の冷気が下降し、水面をかすかに揺らしていた。揺れる水面に映る立山の稜線を見ていると、宇宙の深部に心が吸いこまれそうになる。
春には花畑が広がりそうだ。

乗鞍岳 Mt Norikura mikurigaike tateyama seen from murodo

今回の旅で標高が最高の地点は乗鞍岳だ。約2700mのところに駐車場があり、そこの気温は3℃。しかも猛烈な強風が吹いていた。体感温度は氷点下だ。
バスから出る前にまず全てのボタンとジッパーを締め、ジャンパーのフードで頭を被った。外に出た途端に、風でからだが飛ばされそうになった。からだ全体に力を入れ、足を開いて風に立ち向かった。強風にあおられて開いてしまったフードを、かぶりなおした。寒い!

極度に寒いが、周囲を散策することなく、そのまま帰るわけにはいかない。妻を売店に残すと、私は決死の覚悟で少し高いところにある展望台へ向かった。
ビデオカメラを構えるが、カメラは強風にあおられてしまう。からだとカメラの両方を安定させるのは、不可能だ。

daikanbou

そこで雷鳥に出会った。雷鳥は最初は警戒して私をじっと見つめていたが、私が動かないのを確認すると、えさをついばみ始めた。雷鳥までの距離は1m。

少し離れたところに他の観光客がいた。強風と戦っていて、雷鳥に気づかない観光客に鳥を指し示すと、大喜び。楽しいことは、苦労の末に手に入れてこそ本当に楽しくなる。

上高地 Kamikochi murodo

上高地の河童橋付近は混雑していた。雑踏を避けて明神池のほうへ歩き始めた。クマよけの鈴をならしながら歩いている人がちらほら。それまでに訪れた山岳地帯にはこういう人たちはいなかった。上高地にはクマが多いのだろうか?クマは冬眠前の秋が最も活動的だ。

板を渡した湿地帯を歩いていても、多くの行き交う人に出会う。これだけ人がいれば、クマが現れても私たちが襲われる確率は低い。混雑していることにはいいこともある!

mikurigaike murodo mikurigaike

上高地の端の方にある大正池から歩き始めたので、周遊のための時間が足りなくなった。途中で引き返すことにした。

norikuradake

上高地へは結婚前に妻と一緒に訪れた。上田から小さな電車でトロトロと上高地へ向かった。一面の菜の花畑。
辿り着いた上高地は雨が上がったばかりだった。雨上がりの上高地には漂う雲の鮮烈なアクセントがあった。山あいを流れる雲の一つひとつまで、今でも鮮明に憶えている。

今回の旅行で、以前、家族そろって付き合っていた人と上高地で出会った。14年ぶりの偶然な再会だった。私たちはとても驚いた。奇跡としか思えなかった。旅は、不思議な出会いを準備している。


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