Essay 5

北アルプスの秋

2008年10月30日
和戸川 純
旅行期間
10月22~25日
標高差
10~2760m
気温差
4~24℃
Trip Term
22-25 October
Altitude Difference
10-2760m
Temperature Difference
4-24℃
map
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日本の秋の天候は変わりやすい。毎日毎日の気温変動が大きいばかりではなく、一日のうちでも、昼と夜の間には大きな気温差がある。

また山が多いので、国内を少し移動するだけでも、地域によって、気温に大きな違いがあることを、実感できる。

home town

そんな秋の日、私たち夫婦は、中部山岳地帯へツアーで旅行をした。温かい秋の日に出発したおかげで、わずか4日間の旅行の間に、夏から冬を経験することになった。豊かな自然の劇的な変化。日本の多様な風景を楽しむ旅だった。

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kanazawa

前日の天気予報では、金沢の気温は26℃に上がるということだった。持っていった衣服は晩秋から初冬用。暑さ対策をしていなかったので、少し心配になった。

実際には24℃ですんだが、薄日がもれると暑さを感じた。温かい小雨が時おりほほをぬらした。

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shirakawa

白川郷に着いたときは雨だった。展望台から見た白川郷は、雨でくもっていた。それが、古いたたずまいに深いおもむきを与えていた。雨の旅は大変だが、記憶に残る旅になるならば、苦労はむしろ歓迎だ。
やがて雨は上がり、周囲の山々に漂う低い雲が、さらに情緒を深くした。白川郷は雨のときがいい。

wada house

ツアー・ガイドの一番のおすすめは、重要文化財の和田家だった。

家の中で案内をしていた中年の女性に確かめたところ、和田家の人々は、今でもこの家に住んでいるそうだ。観光客が、ひっきりなしに出入りする家に住むことは、私には耐えられない。慣れれば大丈夫か?慣れてもリラックスできそうがない。

shirakawa shirakawa shirakawa

外国人観光客がとても多かった。台湾の有名な俳優が出演するCMが、ここで作られ、そのあと、特に台湾からの観光客が増えたそうだ。

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takayama

飛騨高山の中心部には、古い町並みが残っている。飛騨山中の街らしく、木彫り製品を売っているおみやげ物屋が多い。

little kyoto

普通の観光客である私たちは、まず伝統的な建造物がある、保存地区を散策した。京都によく似た狭い通りは、観光客でごった返していた。

hachiman-gu

人ごみの中でいい加減に疲れてから、街の西にある山のほうへ歩いた。八幡宮周辺は静かで、そこには期待したとおりの古い飛騨高山があった。

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kurobe

宇奈月温泉から、トロッコ電車で黒部峡谷を上がった。

kurobe kurobe

峡谷沿いは、自然の変化が大きい。下はまだ緑が多いが、高い山の頂上では、もう葉が全て落ちてしまっている。あとは根雪を待つばかりだ。絶景だ。

上に上がるにつれて、川沿いでも次第に紅葉が増す。トロッコ電車の終点は欅平だが、その前の鐘釣で降りた。

hot spring hot spring

目当ては、黒部川原に湧き出る温泉だ。人目のある昼間。さすがに裸では温泉に入れなかったが、足湯を楽しんだ。湯は熱く、雪のある冬でも楽しめそうだ。

kurobe

高度成長期に黒部ダムは作られた。道はなく、冬には雪の深い山奥で、困難な工事が続けられた。だが、最初の予定通り、7年でダムは完成された。

日本人は、計画通りに物事を達成することに、全力をあげる。これは美徳だが、黒部のような工事において、計画最優先で工事を進めたことには、無理があった。工事の犠牲者は172人。映画やテレビのドキュメンタリーでは、全員がヒーローとして描かれる。だが、これだけの犠牲者を出したことに対して、後悔と反省を忘れてはならない。

命を捧げるひとにとっては、命を失うことは、全宇宙を失うことを意味する。今私たちは、埋もれた命の上を歩く。

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tateyama daikanbou

黒部側から、ロープウェイとトンネル内のトロリーバスを乗り継いで、立山の反対側の斜面に出る。

murodo murodo

小さな平地が広がる室堂だ。立山山頂直下のそこには、3つの沼と硫黄の煙が噴き出す地獄谷がある。地獄谷の中には露天風呂。

mikurigaike

3つの沼の中では、ミクリガ池が最も大きい。

mikurigaike

厳と引き締まった山の冷気が下降し、水面がかすかに揺れていた。揺れる水面に映る稜線を見ていると、宇宙の深部に心が吸いこまれるようだ。

春には花畑が広がりそうだ。

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norikuradake

今回の旅で、標高が最高の地点は乗鞍岳だ。高度が高いだけあって、気温は3℃。しかも猛烈な強風が吹いていた。体感温度は氷点下だ。

車から出る前に、まず全てのボタンとジッパーを締め、ジャンパーのフッドで頭を被った。外に出た途端に、からだが吹き飛ばされそうになった。からだ全体に力を入れ、足を開いてバランスを取った。強風にあおられて開いてしまったフッドを、かぶりなおした。寒い!

まさか、そのまま帰るわけにはいかない。妻を売店に残すと、私は決死の覚悟で、少し高いところにある展望台へ向かった。

ビデオカメラを構えるが、ビデオは強風にあおられてしまう。からだとカメラの両方を安定させるのは、不可能だ。

raicho

だが、そこで雷鳥に出会った。雷鳥は最初は警戒をし、じっと私を見ていたが、私が動かないのを確認すると、えさをついばみ始めた。そこまでの距離は1m。

強風と戦っていて、雷鳥に気づかない他の観光客に鳥を示すと、大喜び。楽しいことは、苦労の末に手に入れてこそ本当に楽しい。

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hodakadake taishoike

上高地の河童橋付近は混雑していた。雑踏を避けて、明神池のほうへ歩き始めた。

クマよけの鈴をならしながら、歩いているひとがちらほら。今まで歩いた山岳地帯には、こういう人たちはいなかった。上高地にはクマが多いのか?クマは今が冬眠前。最も活動的な時期だ。

板を渡した湿地帯を歩いていても、行きかうひとが多い。これだけひとがいれば、クマが現れても、私たちが襲われる確率は低い。混雑していることには、いいこともある。

duck

大正池から歩き始めたので、時間が足りなくなった。途中で引き返すことにした。

azusagawa ochiba

上高地へは、結婚前に妻とやって来た。上田から、小さな電車でトロトロと上高地へ向かった。一面の畑。

その時、上高地は雨が上がったばかりだった。雨上がりの上高地には、漂う雲の鮮烈なアクセントがあった。山あいを流れる雲の一つひとつまでも、今でも鮮明におぼえている。

以前、家族そろって付きあっていたひとと、上高地で出会った。14年ぶりの偶然な再会だった。私たちはとても驚いた。奇跡としか考えられなかった。
旅は、不思議な出会いを準備している。


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