行き | 帰り | ||
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最寄りの駅(始発) | 5時02分発 |
室堂 立山高原バス |
12時40分発 |
東京駅 北陸新幹線 |
5時38分着,6時16分発 |
美女平 立山ケーブルカー |
13時30分着,13時40分発 |
富山駅 | 8時26分着 |
立山駅 富山地方鉄道 |
13時47分着,14時00分発 |
電鉄富山駅 富山駅から徒歩5分 富山地方鉄道 |
8時56分発 |
寺田駅 立山線から本線へ |
14時44分着,15時08分発 |
立山駅 立山ケーブルカー |
9時46分着,10時00分発 |
富山駅 電鉄富山駅から移動 北陸新幹線 |
15時27分着,16時15分発 |
美女平 立山高原バス |
10時07分着,10時20分発 | 東京駅 | 18時28分着,19時08分発 |
室堂 | 11時10分着 | 最寄りの駅 | 19時45分着 |
上の写真は旅行の前日に街で撮影した。菜の花が好物のラッキー。春の陽気に誘われて散歩をする途中で菜の花を見つけると、喜んで花を食べてしまう。
こんな春の陽気に背を向けて、雪と氷に閉ざされた立山室堂の雪の大谷へ出かけようと考えたのは、折に触れて見た写真からとても強烈な印象を受けたためだ。雪の絶壁の間を歩く人が小さく見え、地球上でここだけでしか見ることができない風景のように思われた。
雪の大谷を作るために、アルペンルート専用のロータリー除雪車で深く積もった雪を掘り進む。大谷が姿を現して一般車両が通行できるようになるのは、4月中旬になってからだ。雪の大谷の見頃は6月くらいまで。この期間は、富山地方鉄道の終点の立山駅から室堂まで、乗用車の乗り入れが禁止される。立山駅からは、ケーブルカーとバスを乗り継いで行かなければならない。
ラッキーをペットホテルに預けて旅行をすると、ラッキーのストレスが大きくなってかわいそうだ(「犬の常識に挑戦する古代犬バセンジー」)。日帰りで行ければいいのだが...まあ、無理だろう。何しろ、私は東京の東側の千葉に住んでいる。
我が家から雪の大谷までは距離が遠いだけではない。電車、ケーブルカーそれにバスを乗り継ぐのだから、乗り継ぎのために時間を取られる。けれども、可能性がゼロではない限り、チャレンジすることを私はモットーにしている。限りなく小さい可能性に賭けて、雪の大谷までの旅程を詳しく調べた。努力は実るものだ。驚いたことに、千葉から立山の室堂まで日帰り旅行ができるのだ。
新幹線は便利だ。不便なのは、新幹線を降りてからの田舎での移動だ。田舎の旅行には便数の少ない移動手段が含まれる。どこかで予定の便に乗り遅れると、スケジュールの全てが狂ってしまう。帰りの新幹線は予約済みなので、乗り遅れると厄介なことになる。
旅行の伴侶でもある私の人生の伴侶が、思いがけない行動を取ることがあるので、伴侶への目配りも欠かせない。そんなこんなで、富山での乗り換え時に、まず電鉄富山駅にたどり着くまでに多少緊張した。
私はド田舎で生まれ育った。富山地方鉄道ののんびりしたガタゴト「特急」に乗り換えて、スケジュールの窮屈さを忘れた。「特急」ばかりか周囲の景色も田舎そのもの。「田舎」が田舎者の本能をやさしく包んでくれた。
立山駅と美女平の間に立山ケーブルカーがある。走行距離は1.3kmで所要時間は約7分に過ぎない。立山駅発の室堂行きバスがあれば旅の面倒が省けるが、観光客は、付け足しのようなケーブルカーを使う以外の選択肢を持たない。
美女平を発ったバスが、滝見台で数分間停車する。称名川の峡谷へ落ち込む、雄大な称名滝の景観を楽しむことができる。称名峡谷の向こうに見える、雪に覆われた山々の方角へバスは走る。立山はその左の方にある。
滝見台の標高は1280m。そこには雪がなかったが、標高2450mの室堂には分厚い雪の層がある。滝見台を通り過ぎると、地面も木々も急速に雪の層の下に隠れる。景観が劇的に変化する。
地表での2.5kmは短い距離で、30分余で歩くことができる。2.5km歩いても気候には何の変化もない。ところが、縦方向の2.5kmは劇的な変化をもたらす。最初に示した地元の写真と室堂の動画に、その違いを見ることができる。地球上の生物の生活圏は、大気層下部の極めて狭い範囲に限定されている。
雪に覆われた山の斜面に道を切り開くのは、大変な作業であることを理解できる。今はGPSで道路の位置を特定しているのかもしれないが、以前は雪の下の道路の存在を示す棒の道標だけを頼りに除雪した。斜面を覆う大雪原に細い道を作るのは、経験と勘に頼った繊細な作業になる。
室堂の手前の左側の車線が、約500mに渡って歩行者に解放されている。右側の車線を走るバスからそぞろ歩く大勢の人々を見ると、自分がその中に入ることを想像して気分が高揚する。
バスから降りる前に外を一瞥して、私と妻はターミナル裏手の白銀の室堂平に惹かれた。そこは秋に訪れたことがある場所だ(「北アルプスの秋」)。雪の大谷へ行く前に逆方向のターミナル裏手へ回った。そちらへ歩く観光客の数は極めて少なかった。
急峻な斜面があり、雪に足を取られて歩きにくい上に、吹き付ける冷たい強風でからだが飛ばされそうになった。行程は難行だったが、峠に立って異世界を眺望するという誘惑に勝てなかった。
雪に覆われた立山は、雪がない立山よりもずっと近くに見えた。山の斜面の複雑な地形が雪に隠れて見えず、滑らかな山肌になっていることが、そんな錯覚を生むようだ。
水面に立山が幻影のように映るミクリガ池の所在は、確認できなかった(「北アルプスの秋」)。雪のベールが、ミクリガ池がある辺りの斜面を平らにしてしまっていた。
室堂での滞在時間は1時間半。室堂平の異世界に魅了されてしまったおかげで、雪の大谷を歩く時間がほとんど残っていなかった。取りあえず10分程歩いて谷を下り、往復20分の散策にした。歩いて行くことができなかった、雪の大谷の壁が最も高い箇所を帰りのバスで通り過ぎた。座席は地面よりも高いところにあるが、車内から見た雪の壁は圧倒的だった。
行きは、電鉄富山駅から富山地方鉄道の直行便で立山駅まで行った。帰りは、途中の寺田駅で立山線から本線へ乗り換えたほうが、富山へ早く着くことを知った。そこで急遽予定を変更。寺田駅で吹き渡る春風を肌で感じながら、遠くの立山連峰に見入った。白い山のふもとへ行ったことを確認し、意外に長い旅程を効率的にこなしてきたことを実感した。帰宅したのは20時。15時間余の旅だった。