中国政府は、グレート・ファイアウォール(万里の長城)と呼ばれるネットの検閲システムを使って、中国人が国外のウェブサイトへアクセスできないようにしている、と報道される。全ての国外サイトがファイアウォールによってブロックされているのだろう、という印象を何となく持ってしまう。
ウェブサイトの運営者へ提供されているグーグルの無料サービスに、Google
Analyticsがある。サイトの各ページへのアクセスを解析するサービスで、訪問者数、訪問者が居住する地域、訪問時刻、閲覧時間などの多様な情報が提供される。
Google
Analyticsによると、以前から、北京や上海から私のサイトへチラホラとアクセスがあった。最近、中国からのアクセスがやや増える傾向にある。これが、ファイアウォールの実態を調べようという気持ちを起こさせた。
「べすとVPN.jp」によると、中国でネットの検閲に関わっているのは、次の複数の組織や個人だ。
グレート・ファイアウォールの開発には、マイクロソフト、オラクル、シスコなどの大手アメリカIT企業も関わっていることに、注意が必要だ。
中国に約4箇所ある、国の出入口にスーパーコンピューターを置いて、国外との通信を検閲しブロックしている。ブラックリストにあるサイトやコンテンツ、キーワード、パケットなどで、ブロックすべき対象をAIと目視で検知する。検知は多層構造になっていて、例えば、サイト全文検索のキーワードで検閲をすり抜けても、他の防御壁でブロックできるようになっている。
特定のサイトが、中国でブロックされているか否かを調べることができる、ウェブサイトを見つけた。運営しているのは「Comparitech」というイギリスの会社で、サイバーセキュリティ関連の支援事業を行なっている専門家集団だ。
図1の「Test if a
site is blocked in China」のページで、ブロック状況を調べることができる。「How can I access blocked
sites in
China?」の項目下で、VPN(仮想専用線)を使って、ファイアウォールの監視を逃れられることが述べられている。VPNでは通信内容が暗号化されている。最近では、VPN対策としてサーバーのIPアドレスをブロックし、通信全体に網をかけることが中国で行われている。
図1ではカットしたが、下のほうに「Why are sites blocked In China?」、「Which VPNs work in China?」、「What is the Great
Firewall of China?」という3つの項目があるので、興味のある方はアクセスして読んでいただきたい。
ウェブサイトのブロックの有無を確認するのは簡単だ。図1の「Domain to check」の入力欄に、サイトあるいはウェブページのURLを入力する。「私はロボットではありません」にチェックを入れ、「Check」をクリックすると下に結果が表示される。
私のサイトに中国関連の評論を載せているが、反中国と言うほどに激しいものではない。何よりも弱小個人サイトなので、ファイアウォールは無視してくれているようだ。Comparitechが調査対象にしている、北京、深圳、内蒙古、黑龍江省、雲南省の各地域の検閲網に引っかからず、当サイトの閲覧が中国国内で可能になっている。
中国国内で閲覧可能な主要サイトは、次の通り。
第1グループ:アクセス可能
テレビへの規制は意外にゆるいが、新聞に対しては厳しく、調べた範囲では赤旗だけがアクセス可能になっている。日本共産党と中国共産党の関係は冷え切っている、という論評があるが、「血は水よりも濃し」。
出版社のワックは反中国的な記事が多い雑誌「Will」を、飛鳥新社は反中国的な記事が多い雑誌「Hanada」だけではなく、「目に見えぬ侵略」を出版したが、ブロックされていない。Willによく登場し、中国に対する強硬な意見を述べるので知られている、櫻井よしこの個人サイトが、アクセス可能になっている。出版社や個人は、中国に批判的な言論を弄していても、余り問題にしないようだ。
「Business
Insider」には、「中国が歴史から葬り去ろうとしている天安門事件、30枚の写真」という記事が、「ホンシェルジュ」には、「5分でわかる天安門事件とは!」という記事が載っている。こういう言い方は運営者に失礼だが、弱小サイトということで無視されているのかもしれない。中国からアクセスが可能だ。
検索サイトに対しては厳しいだろう、という印象を私は持っていた。ところが、グーグルとYahoo!はブロックされているが(第3グループ)、bing、AOL、Lycos、Livedoor、日本Excite(USAはブロック)などがアクセス可能になっている。サイトがアクセス可能でも、検索のキーワードによっては、検索結果がブロックされる可能性がある。
バイドゥ(百度)などの中国の検索サイトを保護し成長させるために、海外サイトをブロックしている、という推測がある。グーグルとYahoo!検索という、トップの検索エンジンだけがブロックされていることが、この推測の裏付けになりそうだ。マイクロソフトのbingがアクセス可能だが、グレート・ファイアウォールの開発にマイクロソフトが関わっているので、特別扱いをされても不思議ではない。
中国との間でネット経由の通話や会議をする手段が、残されている。マイクロソフトのTeamsがアクセス可能なのは当然としても、Zoom、Linkedin、Skypeがブロックされていない。他の主要な通話・会議サイトはブロックされている(第3グループ)。検閲の基準が不明確なので、今後の使用には注意が必要だ。
行政機関の中では、首相官邸が唯一アクセス可能になっている。これで、日本政府への敬意を表明したことになっているのかもしれない。
国の出入口でブロックされているサイト(This URL appears to be blocked in China.)は、以下のようになる。
第2グループ:中国の出入り口でブロック
他のテレビ局が規制を受けていないのに対して、NHKがブロックされている。公営であることがその理由かもしれない。
JAXAは、情報窃取を目的にした激しいサイバー攻撃を中国から受けているが、アクセスがブロックされている。製造業では、なぜかホンダに対して厳しい。第2グループの銀行や第3グループの製造業でブロックされている企業が何社もあるが、これは、プロのハッカーだけに「特殊な業務」を担当させる、という政府の意思表示だろうか?素人のハッカーにはアクセスさせない、という意思が垣間見える。
三菱UFJ銀行と新生銀行へのアクセスは可能だが(第1グループ)、三井住友、みずほ、りそななどの銀行が、真逆の扱いを受けている。銀行の当事者にはその理由を推測できるかもしれない。ブロックされている銀行に口座を持っている企業や個人は、仕事でも日常生活でもやりにくいに違いない。
大学への規制はゆるくても特に問題がないはずだが、なぜか、東京大学など、多数の大学がブロックされている。これらの大学には中国人留学生が多い。アクセスをブロックしている理由が分からない。
政党では与党の自民党に厳しいばかりか、内閣府以下の行政機関をブロックしている。現在の両国関係を反映しているのだろう。日本学術会議は研究分野で中国へ協力的だが、内閣府の一機関ということでブロックされているのかもしれない。
伊勢神宮が規制されなくても、靖国神社がブロックされているのは想定内。
図3と4に示した調査方法に、対象が国全体と5つの地域という違いがあるが、この違いについてComparitechは特に説明をしていない。図4で、北京、深圳、内蒙古、黑龍江省、雲南省の5地域が、グーグルをブロックしていることが分かる。国の入り口でブロックされなくても、地方レベルでブロックが必要と判断される事例があるようだ。それが事実ならば、図3でブロックされている企業や機関が、図4でブロックされている企業や機関よりも警戒されていることになる。
第3グループ:少なくとも5地域でブロック
第1グループで示したように、NHK以外のテレビ局はブロックされていないので、テレビ局への規制は基本的にゆるい。新聞社への規制は厳しく、赤旗くらいしか閲覧可能になっていない。出版社に対する規制もゆるいが、なぜか文芸春秋社だけがブロックされている。
「大紀元」と「看中国」は、反中国政府の立場でニュースや論評を流している。国外在住の中国人が中心になって運営しているサイトだ。弱小か否かにかかわらず、ブロックされている。
検索やSNS関連のサイトがブロックされるのは分かるが、通販サイトがブロックされている。越境ショッピングを不可能にするための処置と思われる。
銀行(第2グループ)と製造業(第3グループ)の企業サイトへの規制が厳しい。これは何を意味するのだろうか?好意的に解釈すれば、政府がコントロールできない、個人的な利益を目的にした不正アクセスを止めることを、目的にしていると思われる。
維新の会にアクセスが可能なのに対して、立憲民主党がブロックされている。立憲民主党のほうが中国に好意的だが、日本の国政で野党第1党ということが、ブロックの理由だろうか?
以上の情報を提供してくれたComparitechは第3グループに属し、中国国内からアクセスできない。
グレート・ファイアウォールには、中央の大きな方針が反映されている。ただし、中央と地方を含めて、実行部隊が多様であることに注目したい。組織なり個人なりが、恣意的に規制をかける余地が残っている。ブロックされているウェブサイトに一貫性がなく、矛盾さえも感じられる事例があることを、上で指摘した。ファイアウォール運営組織の性格上、必然的にそうなる。このような事情を鑑みると、2022年2月4日に調べた上の結果が、いつでも変わり得ると結論せざるを得ない。
全体的に見ると、目につきやすい企業や機関のサイトに規制がかけられている。政府機関のように政治的な意味合いを持つサイトの規制は理解できるが、銀行や大学に対する規制が厳しいことには、複雑な背景がありそうだ。私の推測を上に書いた。銀行に対しては、個人による欲得ずくの野放図なサイバー攻撃を抑制し、サイバー空間をコントロール下に置きたい政府の意図が、垣間見える。そのおかげか、中国からの金銭窃取の攻撃はロシアよりも少ない(拙著「サイバー世界戦争の深い闇」)。ブロックされている大学が多いことは謎だが、中国にとって要注意の教員がいるのか、サイトに要注意の情報が掲載されている可能性がある。
テレビ、出版社、情報・検索関連でアクセス可能なサイトが、意外に多い。さらに、反中国的な論評が載っていても、個人の弱小サイトは規制されていない。主要な新聞社、SNS、それにYouTubeなどへのアクセスはブロックされているが、中国人が国外から情報を得るための手段は存在する。
日本語が理解できなくても、ネット上での翻訳は容易だ。調査したのは主に日本語のサイトだが、英語圏のサイトもブロックの傾向は似ていると思われる。ただし、規制はより厳しいかもしれない。