現在の米中対決の背景に、日米貿易摩擦があるので、まずそれを総括したい。
戦後、敗戦国の日本が、日本人が意図したかしないかに関わらず、戦勝国のアメリカの覇権に挑戦した。1970~90年代に、繊維、鉄鋼、テレビ、VTR、自動車などの日本製品が、怒濤のようにアメリカへ輸出された。アメリカの貿易赤字が急拡大しただけではない。三菱地所が、ニューヨークの象徴であるロックフェラー・センターなどの、主要な不動産を買いあさった。東京を売れば、アメリカが2つ買えると言われた時代だ。ハーバード大学教授のヴォーゲルが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を書くなどして、21世紀は日本の世紀になる、とはやし立てた。
覇権を脅かされたアメリカが、なりふり構わない露骨な反撃を開始。日本は、自動車、繊維、鉄鋼、テレビなどで強力な自己規制を呑まされた。さらに、農産物、自動車、金融、サービス分野での日本の閉鎖性が、激しく攻撃された。日本車が街頭でたたき壊されるなどのジャパン・バッシングが、しばしばメディアをにぎわせた。
アメリカの反撃に際限はなく、世界を牛耳っていた半導体を含む日本のハイテク産業が、標的になった。スーパー301条を使って、コンピュータ、宇宙技術、戦闘機開発、知的財産権(特許)などで、日本を徹底的に弱体化させる作戦が取られた。日本の最先端エレクトロニクス産業が、壊滅的な打撃を受けた。それがIT分野における日本の立ちおくれの原因になり、その影響が現在まで尾を引いている。
日本が、アメリカの無法な要求を受け入れた理由は、アメリカが日本の主要な市場だったためだ。日本製品をアメリカに買ってもらえなければ、日本経済が大打撃を受けた。最初の譲歩が次の譲歩を誘い、日本は、ハイテク技術、製造業、経済、金融業などの分野で、アメリカの後塵を排するところまで弱体化した。
アメリカの通商代表部(USTR)は大統領府内の機関で、代表は大統領に直属し、通商政策全般に関わる強大な権限を与えられている。トランプによって代表に指名されたライトハイザーは、日米貿易摩擦時に通商代表部に所属し、対日交渉で戦果をあげた交渉の玄人だ。現在は、最前線で中国と対峙している。自分の成功体験から、日本に対して行った輸入規制を、中国にも適用することを主張している。
また、カリフォルニア大学教授だった、筋金入りの対中強硬派ナバロが、国家通商会議のトップに任命された。ナバロは、自著をもとに、ドキュメンタリー映画「Death by China(中国がもたらす死)」を製作した。アメリカの国民と経済が、中国から受けた被害を描いている。
相手国の弱みにつけ込む中国のやり方は、日米貿易摩擦でのアメリカと同じだ。中国は、14億人の市場というアメを、他国企業の鼻先にぶらさげている。国際的なルールを無視し、中国へ進出することの見返りに、最先端技術や知的財産を提供させている。また、中国にぶつかる政策を打ち出した国の企業には、税関での審査遅延や、工場・店などへの厳しい立ち入り検査を行うなどして、陰に陽に圧力をかける。ネット紅衛兵による他国企業への攻撃もすさまじい。政治と経済が一体化しているので、政治判断が即座に経済に反映される。
資金が豊富な中国企業は、かつて日本がやったように、アメリカの企業やホテルなどを次々に買収している。
帝国主義国家が持っていたのと同じ領土的野心を、中国は隠さない。国際法を無視した、強引な南シナ海諸島の軍事基地化。軍事基地化を狙っていると思われる、スリランカからギリシャに至る国々の港湾の獲得。南太平洋の島国バヌアツで、恒久的な中国の軍事施設構築の協議が、密かに行われている、と米豪当局が推測している。アメリカの足元のカリブ海諸国へも手を伸ばしている。カリブの島国のほとんどが、インフラ整備のための巨額な拠出金を、中国から得ている。借金を返済できなければ、50~100年に渡る土地の長期貸借権を得るのが、中国の常とう手段だ。
太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河の隣に、世界最長のニカラグア運河の建設が計画されているが、この建設に携わるのは中国系資本だ。また、
一帯一路計画で、ユーラシア大陸各国を影響下に置くもくろみが、進行中。
中国の地政学的な戦略は単純だ。経済的に困窮している小国を中心に、金で言うことをきかせる。少額の投資で局地的な覇権を握ることができ、短期的には投資効率が良さそうだ。だが、1つひとつの投資が少額でも、合計は巨額になる。権益を獲得した土地の維持経費が、長期的な負担になる。投資先は主に開発途上国なので、投資に見合ったリターンが保証されないばかりか、腐敗した政権が、資金を浪費する可能性が大きい。
アメリカに対抗できる軍事力を持つことも、視野に入っている。アメリカを超える速さで国富を軍備に注がなければ、アメリカに追いつくことはできず、それをやれば中国は間違いなく疲弊する。かつて、ソ連は、アメリカとの軍拡消耗戦で負けた。
覇権獲得への中国の野望には、いろいろなリスクが含まれている。けれども、歴史的な艱難辛苦を乗り越えて、陶酔に浸っている現在の中国には、そのリスクが見えなくなっている。中国の挑戦に危機感を持ったアメリカが、今の時期に大々的な貿易戦争を仕掛けてきたことは、中国にとっては予想外だったはずだ。
米中関係では、中国の人口はアメにならない。巨額な対米黒字が物語るように、中国は、アメリカ市場を必要としている。そればかりではない。先端産業で追いつくためには、アメリカのハイテク技術を手に入れなければならない。
トランプ政権の攻撃に、硬軟取り混ぜての言葉で反論するが、
米中貿易戦争では中国のほうが大きな打撃を受けるので、腰が引けている。今ならばまだ貿易戦争で勝利できるアメリカは、無理難題を中国に押しつけ、それが受け入れられれば、間違いなく要求をエスカレートさせる。中国の弱体化が明確になるまで、この要求のエスカレートが止まることはない。
世界覇権に挑戦する中国を叩きつぶすのが、覇権国アメリカの本能だが、覇権奪取を明確にした中国には、中国の都合がある。
習近平が独裁権力を握った背景に、間違いなく中国共産党の危機感がある。共産党は、高級幹部が組織とコネを使って経済を支配する、強大な利権集団になっている。公の統計はないが、時々西側のメディアで報道される高級幹部の個人資産は、何千億円から何兆円に達する。
習の腐敗撲滅運動から明らかなように、特権層といえども、習に敵対する勢力は、富をはく奪され禁固刑に処せられる。習を中心にした党幹部に近い人々は、法的にも行政的にも保護され、経済発展とともにより富裕になっていく。
共産主義国とは名ばかりで、貧富の格差は、日本などの資本主義国をはるかに上回る。労働者の年間平均賃金は約76万円だが、上位1%の富裕世帯の平均賃金は、約1900万円に達する(日経新聞14年2月23日)。ジニ係数の伸びを見ると、格差は最近になってさらに広がっている。
公の統計はないが、全土で暴力的なデモや工場のストライキが多発している、と言われる。中央の権力が手をゆるめれば、国家分裂の遠心力が働くことは、中国の歴史が示している。それが、絶対的な強権(独裁者)が必要な理由だ。
「反社会勢力」に対する取り締まりは、徹底していて苛烈だ。その典型をイスラム主体のウイグル族に見ることができる(ロイター18年5月22日)。監視対象の個人が自宅や職場から300m以上離れると、顔認識ソフトが自動的に当局に通報。個人の追跡を可能にするスマホ用アプリをダウンロードしないと、逮捕される可能性がある。出国者の家族を拘束し、政治的な圧力をかけることがある。再教育キャンプに収容されたウイグル族は、2年間で12~100万人に達する。私は、ウイグル族の留学生と話をしたことがあるが、言葉の端々で抑圧されている状況を感じることができた。
国民を抑圧するだけでは足りず、排他的なナショナリズムをあおり、対外的な軍拡で国家意識を高揚させ、不満を外側へ向けることを試みている。覇権維持の本能に駆られたアメリカと、1歩間違えば国が分裂し、共産党の特権層が追い落とされる中国との戦いにおいては、両国とも引くことができない。
1990年代まで日米貿易摩擦が尾を引き、中国が問題になることは余りなかった。2000年代に入って中国からアメリカへの輸出が増し、06年にアメリカの対中貿易赤字が2300億ドル(モノの貿易)に達した(17年に3750億ドル)。アメリカの貿易赤字の28%を中国が占めるようになり、米中の貿易摩擦が表舞台に現れた。トランプは、中国の不公平な貿易慣例によって、アメリカで6万の工場が閉鎖に追い込まれ、600万人の雇用が失われた、と指摘した。
18年3月22日に、トランプは、日本たたきに使った301条を中国に対して発動。知的財産権侵害を理由に、輸入額最大600億ドルまでの約1300品目を対象に、25%の関税をかけることを正式表明した。化学薬品、テレビ、自動車、電子部品などの、産業技術や輸送関連製品と医療用品が、主な標的だ。
「中国製造2025」計画で、先端技術の強国になるのを目指す中国の取り組みに、打撃を与えることが目的であるのは、明らかだ。中国は、2025計画で、情報、ロボット、航空機、新エネルギー車、医薬品、発電設備、先端材料、農業機械、造船・船舶工学、高度鉄道設備などの幅広い分野において、輸入品を中国製品に入れ替えることを目指している。
中国は報復を辞さない姿勢を見せた。中国商務部は、アメリカからの果物、豚肉、鋼管などの輸入品に対して、30億ドルの追加関税を課する、と発表した。それまで、中国の意に反することをやった国にこの手の脅しが効果的だったことが、中国政府の判断を誤らせたと思われる。さらに、アメリカの覇権維持の本能と、共和党も民主党も、対中政策では一致団結していることも、見落としていた。中国の報復措置実施によって、トランプ政権の姿勢がさらに強硬になった。
18年3月に、自衛隊護衛艦を含む米原子力空母艦隊が、南シナ海北部で軍事訓練を行った。4月に、2機のB52爆撃機が、数機のF-15戦闘機とともに、スプラトリー諸島の中国施設の間を演習のために飛行した。
アメリカ商務省が、今後7年間、ZTEと取引することをアメリカの企業に禁じた(18年4月17日)。ZTEは、イランや北朝鮮に違法に通信機器を輸出した。ZTEはスマホの世界販売で9位、アメリカでは4位と強い。スマホ生産世界第3位のファーウェイを、アメリカの検察が捜査していることも表面化(18年4月25日)。アメリカ政府は、両社の通信端末が、中国当局のスパイ活動に利用されている、と判断している。
中国のシリコンバレーともてはやされる深センに、衝撃が走った。ZTEとファーウェイは、ここに本社を置いている。
制裁の影響がすぐに表れ、半導体などの主要部品をアメリカ企業に頼るZTEは、スマホを生産できなくなった。スマホ事業の売却を検討している(18年5月10日)。
幹細胞培養技術で中国トップのハイテク企業が、存立の危機に直面。アメリカの厳しい関税対象に、細胞培養用のロボットが含まれているからだ。他の医療機器・衣料品・鉄鋼などの製造業にも、急激な受注減が始まっている。
「影の銀行」などによる中国の負債は膨大だ。政府は、持続可能な成長を目指して負債圧縮を進めていたが、貿易戦争の幕開けによって、成長確保を優先するための軌道修正を始めた。18年4月17日に、突如として銀行預金準備率が引き下げられ、19日に産業用電気料金の10%引き下げが発表された。さらに、製造・運輸業での付加価値税の税率引き下げと、所得・法人税の減税を行う方針が示された。
壮絶な戦いが裏で進行中であることは、表に出てくる報道から推察できる。両国の戦いは、一見混乱の極にあるように見えるが、注意深く読み取れば、一連の流れには矛盾のないことが分かる。
開戦の場になった第1回米中通商協議が、18年5月3~4日に北京で開かれた。この会議に先立ってアメリカが中国に提示した「枠組みの草案」は、驚くべきものだ。文字通りの最後通告(宣戦布告)で、その内容は、宗主国が隷属している植民地へ下す命令と同じだ。近代において欧日列強によって植民地化された中国に、再び植民地になることを求めるような、侮蔑的な内容だ。日経新聞5月10日号で、ファイナンシャル・タイムズのコメンテーターであるウルフが、1ページに渡ってその内容を紹介している。ここにその要点を書く。
制裁金支払い、違法行為停止、規制撤廃、政府補助金停止、関税引き下げ、報復禁止、米国法順守、報告義務などで、ただちに行動することを求めている。要求は広範かつ具体的で、抽象的な言い逃れを認めない決意が、前面に出ている。
こんな無法な命令を他国から唐突に下されて、意表を突かれ、習政権が固まったことは容易に想像できる。アメリカの攻撃は非情そのものだ。駐中アメリカ大使の言(18年5月14日)、「中国は多くのことをやると言ったが、何もやっていない。我々の要望を知りたいと言ったので、リストを渡した。我々が望んでいることを知らないとは、もう言わせない。中国は、市場開放のタイム・テーブルを示さなければならない。大統領は、農産物輸入の劇的な増加を望んでいる」。
トランプが対中貿易戦争を開始したように見えるが、彼は、「Trump First」の日和見主義者に過ぎない。対中政策は、筋金入りのアメリカ国家主義者の手に渡っている。
ZTEを救いたい習が、トランプに電話で何度か直談判した結果、日和見主義者のトランプが、突然に、商務長官ロスにZTEを救うように命じた。トランプによると、「中国で多くの仕事が失われることを望まない(China First?)」。対中交渉を担当する政府高官は、ZTEへの制裁をゆるめるかわりに、アメリカの農産物への関税を下げ、アメリカの企業が、中国のIT企業を買収できるようにする、という要求を出すことにした。
トランプの命を受けた1日後に、
ロスが出した声明は、「ZTEは貿易協議とは関係がない。協議から切り離して考える」。その数時間後にトランプがツイッターに書いた。「ZTEはアメリカから多くの部品を買う。また、習と私には個人的な関係がある。習に頼まれたのでZTEを救いたい」。トランプのツイートに、与野党の議員から激しい非難が巻き起こった。「人民解放軍と関係が深いZTEは、国家安全保障に直結する問題だ」(18年5月14日)。
国家経済会議委員長クドローが主張した(18年5月21日)。「ZTEは数回に渡って法を破った。無傷で逃げることはできない。ZTEへの療法は、十分な罰金、非常に厳しいコンプライアンス対策、経営陣の刷新などになる」。
2回目の米中通商協議が、5月17~18日にワシントンで開かれた。中国は、天然資源や農産物の輸入拡大策を示し、黒字圧縮と引き換えにZTEへの制裁緩和を求めた。アメリカが望む「中国製造2025」計画の見直しを、再び拒否した。
この協議後の共同声明によると、中国が、モノとサービスの輸入を大幅に増やすことで、合意した。ガス、原油、大豆、航空機、半導体、金融、医療サービスなどが、含まれる。
だが、数値目標にもアメリカの対中制裁の撤回にも、共同声明は触れなかった。
前商務長官ラビンが言った(18年5月21日)。「収入が少し増える程度の取引には、応じるな。2000億ドルの数値目標に固執すると、目標を見誤る。中国人の食糧需要が、1~2年で2倍になることは、あり得ない。旅客機の需要も2倍になることはない。そもそも、港湾などのインフラがボトル・ネックになって、アメリカの供給力が2倍に拡大することは、あり得ない。知的財産権の強制移転や、サイバー攻撃を止めさせるなどの構造問題への解決を、要求しなければならない」。
トランプ政権がどう言おうとも、対中貿易が赤字であることは、アメリカにとっては死活問題ではない。貿易赤字は、輸入品の価値が輸出品を上回るときに発生する。史上最長のうちの1つになっている、アメリカの現在の好景気を考慮すると、モノの貿易赤字が、経済にダメージを与えているとは考えにくい。政権が意図的に無視しているのは、旅行から金融に至るサービス分野で、アメリカの優位が拡大し、モノ以外の収入が増えていることだ。
中国へのモノの輸出を増やすとしても、アメリカの失業率は4%以下なので、生産拡大のために熟練労働者を集めることは、できそうもない。
アメリカが中国からの輸入を削減しない限り、対中貿易赤字の削減は不可能だ。すなわち、この問題は中国の問題ではなく、アメリカの問題なのだ。アメリカの権力構造のトップにいる人たちは、間違いなくこのことを明確に分かっている。自己中心的で移り気なトランプが、分かっているかどうかはともかく.....。
中国の野望に対する警戒感が、多くの国に広がっている。オーストラリアのターンブル政権が、外国人による政治献金を禁じて、外国人の政治介入を制限する法案を提出した。中国を名指ししていないが、対中国政策であることは、誰でも知っている。中国政府は不快感を示した。中国共産党機関紙が、鉄鉱石、ワイン、牛肉などの輸入削減や、ターンブル首相の訪中を延期させることを、提案した(18年5月23日)。
南沙諸島に、対艦巡航ミサイル、地対空ミサイル、電波妨害装置などが配備された。アメリカ国防総省は、中国による南シナ海の軍事拠点化を理由に、アメリカ海軍が20カ国の海軍と開く、合同軍事演習(リムパック)への招待を撤回した。中国はこの決定を批判(18年5月24日)。
中国は、17年11月に、国賓以上の待遇でトランプをもてなした。トランプが大喜びしたことが、アメリカの決意を、中国が見誤った理由の1つになると思われる。4月のアジア・フォーラムでは、中国が自由貿易のリーダーである、と習が述べた。けれども、今までのところ、中国のいろいろな戦術は成功していない。
貿易戦争の最初の段階で、アメリカは予想以上の成果をあげた。中国は押されっぱなしだ。この予想以上の戦果が、アメリカに大きな自信を与えた。中国弱体化のための今後の戦略が、中国にとってより厳しいものになることを、予想できる。覇権に挑戦する国に対する、覇権国アメリカの制裁に慈悲が加わえられることは、考えられない。
アメリカとの貿易戦争は、中国には大した打撃にはならない、という論評がある。18年第1・四半期の中国のGDPの伸びが予想を上回ったこと、政府の外貨準備が膨大であること、アメリカが2000億ドル分の輸入に高関税をかけても、それは中国の全輸出の9%しか占めないこと、沿岸部都市では人手がひっ迫していることなどから、負の影響を十分に吸収できるというのだ。けれども、ZTEへの制裁だけでも、メンツを重んじる習が、あわててトランプに何度も電話をかけたことを、思い出したい。
リーマン・ブラザーズという1企業の破綻が、回りまわって世界経済に大打撃を与えた。貿易戦争による中国国内への打撃が、目に見える直接的なものだけに限定されると考えるのは、余りにも近視眼的だ。国の経済の一部でも打撃を受ければ、その影響が広がる範囲を事前に予測することは、極めて難しい。特に、政治と経済が固く結びついている中国では、経済への打撃が政治への打撃に直結する。中国政府の反応は、その見えないリスクに気づいていることを、示している。アメリカ政府は、今までに打ち出した制裁は最初の1歩にすぎず、より厳しい制裁をさらに打ち出す、と述べている。
米中貿易戦争の開始が20年後だったならば、中国はより力をつけているので、勝者がどちらになるかは分からない。しかし、ドルが世界の基軸通貨で、軍事、金融、技術、貿易などで、米中の差がまだ大きい現在、貿易戦争の勝者がアメリカになることは、間違いない。アメリカ政府の中枢にその確信犯がいる。
中国を含む世界経済は複雑にからみあっているので、勝者のアメリカにも負の影響が及ぶことは、疑いない。けれども、覇権を握り続けることによるアメリカの利益が、長期的にそれを上回ることはほぼ確実だ。
アメリカの対中攻撃は、中国が予想していなかったスケールとスピードで、展開されている。地方政府や「影の銀行」などの債務の急増で、深刻な問題を抱えている中国。アメリカによる制裁がさらに広範になれば、中国経済が崩壊する危機にひんする可能性がある。これは、共産党政権の崩壊につながりかねない。最も大きな不確定性要素は、弱体化した中国の内部矛盾が表に噴出し、中国が極度の混乱に陥る可能性だ。
このような状況下で、日本はどのようにふるまえばいいのだろうか?米中を直接にリードすることはできないが、米中の間でキャスティング・ボートを握ることはできる。米中対決が、日本にとって世界にとって、より良い着地点に到達するように考えることができるのは、直接の当事国ではない日本だ。