犬の心、人の心(第2部)
Essay 36
犬の常識に挑戦するバセンジー
第1部「犬の心は急速に成長」 から続く>
2013年8月6日(修正2014年1月13日)
奇妙な声で感情表現

私たちの就寝中に、ラッキーがベッドに入らないように、夜はラッキーをハウスへ入れることにした(エッセイ16「バセンジーがやって来た」)。就寝前に、居間のソファーで寝ているラッキーを抱いて、ハウスへ移動させるのが私の日課だった。
小さい頃は、不満そうに見えても、私が抱きかかえることに抵抗しなかった。ところが2才近くなってから、「ウウウー」とうなって、移動のための抱っこを拒否するようになった。真剣勝負をする気はなかったので「ギブ・アンド・テイク」の賄賂作戦。パンをハウスに入れてラッキーを誘導した。
ところがとても眠いラッキーに、これが効き目をあらわしにくくなった。2才半くらいから、寝場所を決める自由をラッキーに与えざるを得なくなった。今では、まずラッキーはソファーで寝るが、夜中または早朝に私たちのベッドへ自分で移動する。

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3才近くなったときに、私たち夫婦よりも犬の行動に厳しい、息子との最終対決があった。

ラッキーが、キッチンテーブルの上の食べ物を取ろうとした。それを見た息子が怒った。 私たち夫婦よりも息子のランクのほうが低い、と考えていたラッキー。息子を無視しただけではなく、逆に息子に怒りの表情を見せた。それに対して息子が猛烈に怒った。ラッキーも負けずに激しく怒った。耳を伏せて「ムウウウウウ」と低くうなった。ラッキーと、中腰の息子の鼻を突き合わせてのにらみ合いが、しばらく続いた。
折れたのはラッキーだった。前足で息子に触れ、「参りました」という意思表示をしたのだ。ラッキーはそのままの姿勢でしばらく動かなかった。
息子との対決は、とてもいい学習になったようだ。息子に対してそれなりの敬意を払うようになった。

動画:
息子との遊び方。 筋肉マンの息子にとって、この程度は序の口。立ったままラッキーを抱いて、猛烈に振り回すようなことをする。ラッキーができる反撃は、息子の腕にしっかりとかみつくことくらいだ。そうやって自分のからだを保持する。甘がみなので、息子を傷つけることはない。
(2年7ヶ月令)

学習といえば、ラッキーが犬らしく「ワン」と吠えるようになったのは、他の犬から学んだことのようだ。バセンジーだけで生活していれば、「ワン」と吠えないかもしれない。
子犬のときには「ワン」と吠えることがなかったのに、やがて1ヶ月に1回くらいは吠えるようになった。とてもうれしいときや、誰かの気を引きたいときに吠える。怖がっているときや怒ったときには吠えない。他の犬種とはそこが大きく異なる。

亜種ディンゴ系の雑種犬だったモンタは、「ワン、ワン」といつもとてもうるさかった。けれども、シドニー動物園で見た純系ディンゴの群れの奇妙な静けさが、今でも強く記憶に残っている。狼も、犬のように「ワン、ワン」と吠えることはない。そんなことから、古代犬バセンジーも、本来は「ワン、ワン」とは吠えない犬種に違いない、と推測している。

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家に誰もいなくなると、「フオオーン」という風の音のような声で、出かけてしまった私たちに呼びかける。この声は私たちには切ないが、他の人が聞いたならば、風の音としか聞こえないはずだ。風が吹いていないのに風の音がするのは不自然だが、犬の吠え声と思う人は1人もいないと思う。妻は、声が聞こえる範囲内にいる間はとても落ち着かず、「外出するのはいやだわ」と繰り返し言う。

私と妻が外出したときに、息子が家にいたことがある。家にいることが少ない息子は、ラッキーにとっては客のようなものだ。 親の私たちがいなくなって寂しくなり、落ちつかなくなったラッキーが出した声が、「ミャーオ」という猫そっくりな声。家に誰もいないときと、私たち夫婦以外の誰かがいるときとでは、犬らしくない吠え声の出し方を変えるようだ。

犬の常識に挑戦するラッキー

吠え声以外の、犬の常識に反するバセンジーの行動について、今までのラッキー・エッセイに書いた。バセンジーの代表としてのラッキーの面目躍如ぶりを、追加しておきたい。

2才から3才初めにかけての期間限定で、こんなことがあった。

朝食と夕食を普通は私が準備する。ベランダに置いてあるドライフードを、まずラッキーの皿に入れる。次に冷蔵庫に入れてある缶フードを取り出し、適量をドライフードに混ぜる。その前に缶フードを電子レンジで温めるので、少し時間がかかる。
食欲旺盛なラッキーは、その頃は今よりももっと短気だった。私の数分間の作業に我慢ができなかった。垂直に立ち上がると前足で私のからだをたたいた。あるいはキッチンテーブルに置いた皿へ口を伸ばした。このときに「ミャーオ」という声を続けざまに発した。まるで猫だ。いらいらして猫声を発しながら前足で私をたたくラッキーに、家族は大笑いだった。いらいらすると、犬のプライドを忘れてしまうラッキー。

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写真:
私がラッキーの食事を準備している。ラッキーの全神経が食べ物に集中している。その一所懸命ぶりが、垂直に立ち上がった姿勢から感じられる。
(1年8ヶ月令)
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食事の好き嫌いも奇妙といえば奇妙だ。買い物から帰って、レジ袋をラッキーの口が届く床に置くと大変だ。生のキャベツが大好きなので、我を忘れてレジ袋の中のキャベツを食べ始める。止めなければ際限なく食べる。

動画:
キャベツが大好物。レジ袋に入ったキャベツを食べている。妻が、食べやすいようにキャベツをレジ袋から取り出したが、普通はこんなことをやらない。ビデオ撮影中なので、この時に限って好待遇を受けた。
(3年2ヶ月令)

キャベツは大好物でも、夏ミカン、イチゴ、ポッキーは嫌いだ。すっぱい夏ミカンをモンタも嫌ったので、この習性は理解できる。ところがイチゴはモンタの大好物だった。T市の戸建てに住んでいたときに、庭にイチゴが生えていた。実が少しでも赤くなると、モンタが食べてしまった。ラッキーが甘いイチゴを嫌う理由が分からない。塩の粒付きのポッキーを嫌うことも、理解の範囲を超えている。ポッキーに対しては、食べ物ではなく、まるで木の枝を見ているような顔をする。

動画:
ベランダに植えてあるミニトマトに、赤い実がなった。ラッキーが食べるかどうかを試した。いかにもまずそうに食べ、なんとか完食した。普通のトマトも、このようにまずそうに食べる。
(3年3ヶ月令)

春の散歩で注意しなければならないことがある。菜の花が大好きなラッキーが、止めなければ、通りに沿って植えてある菜の花の花の部分を、きれいに食べてしまうのだ。 丸坊主の菜の花になってしまっては、春が来たことを喜んでいる街の皆さんに申し訳ない。菜の花に飛びつこうとするラッキーと格闘になる。そのあとで、「人間が食べる菜の花を犬が食べてはいけないという理由はない」、とラッキーに同情的になってしまう親ばか。

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雨、水溜り、ぬれた草など、水の気配がするものを何でも嫌うラッキー。それでも、成熟するにつれて、雨の日でもオシッコを外でするようになった。マンションの裏門を出てすぐのところにある、隣のマンションの木の下生えが、オシッコ専用トイレだ。

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写真:
我が家から見下ろした、ラッキーのオシッコ専用トイレ。ラッキーは、オシッコもウンチも草が生えているところでしかしない。このオシッコ専用トイレは、壁の陰になっていると同時に、上は木の葉でおおわれているので、ラッキーは安心して用が足せる。それならば、なぜここでウンチもしないのだろうか?飼い主といえども、犬の心理を完全に理解できるわけではない。

オシッコトイレとウンチトイレは別だ。少し離れたところにあるグリーンベルトの下草が、ウンチ用トイレになっている。ところが雨が降ると、オシッコをした途端に「帰ろう、帰ろう」になってしまう。グリーンベルトまで連れて行こうとリードを引くと、必死の抵抗。尻を上げ頭を下げ、上目づかいでうらめしそうに私を見る。強引に引っ張って行っても、ウンチは本人(本犬)がする気にならなければ、出てこない。雨ではその気にならないのだから、私にはどうしようもない。

雨の日に苦労している私からラッキーへの文句。「ご先祖様はリビアからエジプト、コンゴのあたりに住んでいたんだろう?アフリカの自然は厳しいぞ。そんなにヤワで、ご先祖様に申し訳ないと思わないのか」。
雨だけではない。強い風が吹いても、オシッコのあとですぐに家へ戻ろうとする。「風が強いから帰る!」。冬のとても寒い日も同じだ。オシッコをしただけで、「寒いから帰る!」になってしまう。
気候ばかりではない。 冬は散歩中に暗くなるが、その暗闇がいやなのだ。 5時になるともう暗い。ラッキーの警戒心が高まり、緊張している様子が見て取れる。そうなると散歩を続けることが不可能になる。「家へ帰る!最短距離で」というわけで、頭にしっかり入っているマンションへの最短ルートを、わき目もふらずに早足で歩く。 親類縁者に狼がいるのになんという体たらくだ。狼が泣いている!

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ここでラッキーの抵抗法を書いておこう。自分が行きたいほうへ私が行きそうもないと、立ち止まって踏ん張り私の目を見る。その抵抗では不十分と感じると、次は座り込む。最後の抵抗は腹ばいになることだ。上目づかいに私を見る。そのうらめしそうな目がこう言っている(と思う)。
「アフリカは暑くて雨が余り降らないんだよ。それに風だって、台風のようには吹かないからね。ご先祖様は、日本人のように夜更かしはしなかったよ。太陽が沈んだら寝ていた。暗くなる前に家に戻るのは当たり前じゃないか」。
そんなこんなで、ここでも最後は賄賂作戦。抵抗するラッキーをどうしても外へ連れ出したいときは、鼻先に食べ物を突きつけながら、外へ誘導する。欲につられてしまうラッキーを見ると、古代エジプトでも賄賂が横行していたことを、確信する。

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写真:
天気が良く、暖かくて風のない昼間ならば、ラッキーは大喜びで散歩をする。外には興味を引くものがどこにでもある。見事に伸びきった肢体が、ラッキーの興味の強さを示している。
(2年1ヶ月令)

犬にしてはヤワ過ぎるラッキーに対する文句を、人語がよく分からないラッキーにではなく、人語を完璧に理解できる妻に言う。
「この犬はあんまりヤワ過ぎる。甘えさせ過ぎてチョー甘えん坊になってしまった」。

母の本能を持っている妻は、「子供」に対しては私よりもずっと甘い。
「ララ(ラッキーの愛称)は、雨が降ったら外へ出なくていいのよ。寒かったり、風が強かったりしたら、家の中にいるのが当たり前だわ。散歩で暗くなったら、道が分からなくなる前に帰ったほうがいいわ」。

妻の抵抗に対する私の反撃。
「外に出ないラッキーが我慢の限界に達して、ベッドの上でウンチをしてもいいの?」。

ラッキーが小さい頃は、よく家の中でウンチ、オシッコをしてしまった。それを猛烈にいやがった妻への痛烈な反撃だ。

時には犬の常識に沿った行動

ここで、犬の常識に反するバセンジーのラッキーが、犬の常識通りになってしまった話を書く(ややこしい!)。まず最初に、ヤワなはずのラッキーが、うれしいことがあれば雨をものともしない、という事実を明らかにしたい。

ちょうど2才になった3月初めのことだった。冷たい雨が激しく降っていた。前日も雨でウンチをしなかったので、覚悟を決めてラッキーを公園へ連れて行き、無理にトイレを試みさせた。
そこで久しぶりにチャチャに出会った。ラッキーの「家へ帰ろう」のアクションが停止した。チャチャと猛烈にからまりあって遊び始めた。チャチャは新品のレインコートを着ていたが、すぐに泥だらけになった。しかも半分ぬげてしまった。一所懸命に遊ぶ2頭を見ているうちに、2頭の喜びが2人の飼い主に伝わり、雨の中の遊びを止めることを忘れてしまった。

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雨嫌いなはずのラッキーに、最近もう1つの例外的な行動があった。

3才の梅雨の時期。晩のトイレのときだった。木の下のトイレへは、抵抗することなく率先してまっすぐに向かった。草葉の上にオシッコをした。そのあとでいつものような抵抗。グリーンベルトまで行こうとする私を、尻を上げ全力で後ずさりしながら、上目づかいに見た。その確信犯ぶりに私はあきらめた。ウンチをさせることをあきらめ、すぐに家へ戻った。
玄関で首輪をはずした。ところが、居間へ走り去らず、いつもとは違って玄関で坐ったままだった。
冗談半分のつもりで、「ウンチをしに行こうか?」と動かないラッキーに聞いた。予想に反して、私の問いに対してラッキーが肯定的に反応したように見えた。試しに、はずしたばかりの首輪を付けてみた。いつものように逃げることはなく、おとなしく首輪を受け入れた。リードを付けてドアーを開けた。外へ出ることに抵抗すると思いきや、意外にも小走りに走り出たのだ。そのまま今来たばかりの外へ。雨がかなり降っていたにもかかわらず、抵抗も迷いもなくグリーンベルトへ歩いた。このようなことは初めてだった。

妻の感想は、「玄関であなたがラッキーの気持ちを理解できたのは、気持ちが一体化しているからだわ」、だった。肯定的に反応したラッキーの気持ちも、私に一体化していたのかもしれない。こんなことがあると、親ばかの心の奥底でいとおしさがさらに増してしまう。

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犬の常識通りの行動の中で、私たちを最も幸せにしたのは、つい最近のこんなできごとだった。

ラッキーが3年2ヶ月令になった今年の5月に、私たち夫婦はヨーロッパ旅行へ出かけた。10日間の旅行だった。

5月末に、私たちはスイスを訪れた。サンモリッツからそんなに遠くないところにある、山間の古い町クールに泊まった。
朝、ホテルを出て石畳の小さな広場に入った。視線が広場の反対側で止まった。小さなコンビニのような店の前に坐っている犬が、遠目にもバセンジーに見えたのだ。5月末でも、雪がちらつくほどに寒いスイスだ。バセンジーが飼われているとしても、その数はとても少ないに違いない。そんなところでバセンジーに出会うとは思っていなかったので、半信半疑のまま少し近づいてよく見た。間違いなくバセンジーだった。しかも、色も模様も顔も、ラッキーにとてもよく似たメスだった。 その幸運に私たちは喜んだ。そして当然の事ながら、気持ちが日本のラッキーへ飛んだ。
「ラッキーがおれのことを思い出せよって、このバセンジーを送ったんだよ」、と私から妻への感想。

動画:
スイスのバセンジー。クールの街の広場で、飼い主が戻るのを待っていた。リードをかける器具が、建物の壁に取り付けられている。ラッキーによく似たメスだったが、尾の巻き方がラッキーとは異なる。2重に丸く固まった尾を持つバセンジーが少ないことを、ここでも確認した。
バセンジーは、古代エジプト王朝が崩壊してから死滅したと考えられていた。100数十年前に英米の探検隊がコンゴで発見し、欧米へ連れ帰った。この歴史を考えると、スイスで見たバセンジーは、ラッキーに割合近い親類に違いない。
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前回の旅行のとき、ドッグホテルのログワールドにラッキーを4日間預けた。ヨーロッパ旅行では10日間。その差は大きかった。ログワールドで再会したときに、ラッキーは今までにやったことのない行動を取った。私たちに飛びつくなり、尾を大きく振ったのだ。

普段は尾を振らないように見えるラッキーだが、実はしばしば振っている。他の犬の尾のようにまっすぐに伸びていれば、根本を少しゆすっただけで、尾の先端が大きく動く。振っていることが分かる。けれども、 2重に丸く固まった尾を根本で揺すっても、注意深く見ていなければ振っているようには見えない。私たちがヨーロッパ旅行から帰ったときには、他の犬のように大きく振っているように見えた。丸まった尾の根本を、右から左へ、左から右へと、とても大きく振ったことになる。

動画:
ヨーロッパ旅行から帰り、ドッグホテルで再会したラッキー。両耳を後に伏せ、尾を大きく振っているのに注意。ただし、2重に固く丸まった尾なので、振られている尾がなんとも不恰好に見えるのは、仕方がない。全身で喜びを表現している。
(3年2ヶ月令)

これを見て、私たち夫婦は有頂天になってしまった。単純な親ばかだと我ながら思う。
これだけ振るには、大きな無意識の努力を必要としたに違いない。こんな尾の振り方を見るために、ドッグホテルにまた10日間預けたくなってしまった。このことはラッキーには内緒だ。私たちがそんなことを考えたのを知ると、ラッキーは怒るに違いない。私たちにしばらくぶりに会ったことが、犬生で一番うれしかったことを、尾で自然に表現したのだから。

親ばかにはうれしいラッキーの評判

近くのマンションに気のいいシニアの男性が住んでいる。私たちのマンションの周囲まで含めて、通りに季節の花々をたくさん植え、通り過ぎる人たちを楽しませている。完全なボランティア。ラッキーと一緒の朝の散歩の帰りに、花の世話をしているこの男性によく会う。
「孫を甘やかし過ぎたので、孫の代わりに花の世話をするように、と女房に言われて始めました」という説明が、男性から最初にあった。「犬を飼わないのですか?」と聞くと、「犬の世話は、花の世話よりもずっと大変そうなので、飼うことはできません」という答。

ラッキーはこの男性にとても好かれている。「この街で一番きれいな犬ですね」と何度も言われた。余りのきれいさに、「この街で一番手入れされている犬ですね」とも言われた。特に汚れていないかぎり、ラッキーを洗うことはない。洗うのは年に2~3回。毛が抜けないのでブラッシングもしない。手入れをされていない犬の代表がラッキーだ。
ラッキーの尾の巻き方がとても見事なので、私が人為的に尾を丸めているという誤解もしている。どうやればここまで犬の尾を丸められるのかを、私は知らない。 「この尾は親ゆずりです」と説明したが、ラッキーの常識離れした巻き尾をいつも見ているので、信じなかったかもしれない。

ラッキーは、その男性が余りにもなれなれしくし過ぎると、さっと身をかわしてしまう。それで、「プライドが高いですね」という評価を得た。プライドが高いのではなく警戒心が強いのだ。けれども、ラッキーにとても好意を示してくれているので、「あなたを警戒しているのです」とはとても言えない。

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2年8ヶ月令のときに、立川市の昭和記念公園でバセンジーのオフ会があった。我が家から車で2~3時間かかるが、今までにオフ会に参加したことがなく、他のバセンジーに出会ったときのラッキーの行動にとても興味があったので、出かけることにした。

オフ会に参加する他のバセンジーを、駐車場で2頭見たときには興奮した。何しろ、一度に2頭も見たことはそれまでになかったのだ。公園内を歩いているときに、少し変わった犬種のラッキーが人目を引いた。 通り過ぎる6~7人が、「きれい」、「とってもきれい」、「かわいい」とわざわざ声に出して、ラッキーをほめてくれた。声には出さなくても、視線がラッキーに釘づけになっている人は、もっと大勢いた。親ばかの鼻はとても高くなってしまった。

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3才を過ぎた頃から、群れのリーダーのような振る舞いが、認められるようになった。
数か月令の子犬に対する態度は、今までと同じ。頭を下げて頭にじゃれつかせ、耳をかまれても全く気にしない。自分から適当に動いて、子犬を遊ばせるようなこともやる。
散歩の途中で出会った犬が同じ方向へ歩き始めると、後に付いて来るかどうかの確認を、以前よりも頻繁にやるようになった。立ち止まって追いつくのを待つ。

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さらにリーダーらしさが際立つのは、友だちと遊んでいるときだ。近くの公園の一角に、フェンスとかん木で囲まれたポケットのような空き地がある。そこが夕方のドッグランになっている。少なくとも3~4頭、週末などは6~7頭が集まる。小型犬ばかりか、シベリアンハスキー、ボーダーコリー、ゴールデンレトリバーのような大型犬が、顔なじみのメンバー。

白い雑種の大型犬トラは1才半。犬と飼い主はよく似る。この犬も飼い主の中年の女性に似て、絶え間なく忙しく動く。こういう犬を他の犬は敬遠しがちだが、ラッキーはむしろ大歓迎だ。まとわりつくトラを適当にあしらう。トラはラッキーにマウンティングを繰り返す。ラッキーは、最初はマウンティングを好きなようにやらせるが、間もなく後を振り返ってからだをよじる。それで、トラのマウンティングが空を切る。2頭で猛烈に走り回ってトラがへたると、ラッキーは前足でトラをたたいて元気づける。

ボーダーコリーのメスのラグはトラを怖がるが、ラッキーを大好きだ。トラがいるときは萎縮して、ラッキーを無視する。トラのいないときにラッキーにちょかいを出す。ラッキーが立ち止まると前足で休みなくラッキーをたたく。ラッキーよりも体高が高いので、自分の頭をラッキーの頭の上に乗せて遊びに誘う。ラッキーはそんな誘いにちゃんと応える。

小柴のメスのナッツは、からだは小さいが攻撃的だ。自分よりもずっと大きいラッキーに、じゃれるというよりもけんかをふっかける。ラッキーを追いかけながら、ラッキーの胴、頭、耳、足を絶え間なくかもうとする。その本気度が表情に表れている。その執拗さにラッキーはかなりいらいらするが、自制心を失わない。時には、頭を攻撃するナッツを歯をむき出して振り払うことがあるが、かむことはない。「追いつけるものなら追いついてみろ」というように、ナッツの先を走ったりする。
ラッキーに対するナッツの闘争心を見て、ナッツの飼い主が心配する。けれども、他の犬の飼い主が、「ラッキーはとてもいい子で、どんな相手でも適当にあしらうことを知っているから、何も心配はいらないわ」、とナッツの飼い主を安心させる。他の犬の飼い主は、ラッキーを信頼している。

動画:
上の動画の茶白のボーダーコリーがラグ。ラッキーは、黒っぽい色のカンナを追いかけるのに忙しくて、ラグには目もくれない。下の動画では、ナッツがラッキーに戦いをいどんでいる。
このビデオ撮影から数日後のことだった。ラッキーが広場から逃走した。自由が大好きなラッキーを呼び止めることは不可能だ。すぐそばに大きな道路がある。「自由の味を知った男」は危険なので、今ではリードから離さないようにしている。これは、自由の身のラッキーを撮った貴重なビデオになった。
(3年4ヶ月令)
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ラッキーが2才になった頃、ホームセンターのペットショップで、バセンジーを売っているのを初めて見た。私が住んでいる街でそれまでに見たバセンジーは、引っ越してしまったソラだけだった。ペットショップで見ることは全くなかったので、うれしいと同時に、小さなケージに入れられたバセンジーがかわいそうにもなった。バセンジーを近くのペットショップで売っていることを、ワンコ仲間に話したときに、その女性が、「もう1頭バセンジーを飼えばいいんじゃないですか」と言った。アドバイスには深謝だが、エネルギッシュなバセンジー2頭の面倒はとても見きれない。

売っていたのは、白黒ぶちの群馬県生まれの2ヶ月令のバセンジーだった。バーニーズマウンテンと同じ価格で19万円。そのときに販売されていた犬の価格の中では、最も高かった。翌週、そのホームセンターへ行ったとき、バーニーズはまだ売れていなかったが、バセンジーはそこにはいなかった。
それから間もなく、3ヶ月令のバセンジーがペットショップに入荷した。価格は20万円に上がっていた。バセンジーの売れ行きは意外に良さそうだ。

<和戸川 純>

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