このエッセイを書いている2011年8月の時点で、ラッキーは1年5ヶ月令になった。前のエッセイ(
エッセイ17 )を書いてから早くも1年が経ってしまった。
前回のエッセイを書いたときは5ヶ月令。このとき、ヒトの年令換算で約10才だった。現在は約20才に相当する。ピッカピカの若者だ。
体長は47センチ、体重は14キロ。バセンジーのオスの平均体長は40センチ強、体重は11キロなので大型バセンジーになる。バセンジーの専門店からLサイズの服を買う。
この1年の間、毎日ラッキーを見ていて、感情と行動が、子供から大人(大犬?)に急速に変わるのが、よく分かった。 思春期を通り越して大人になるまでのラッキーの行動を、このエッセイと次のエッセイで追いかけることにする。
今回のエッセイではハウツーも書くことにした。イヌの育て方で苦労をしている飼い主が多いので、少しでも役に立つ内容にしたい。
バセンジーのラッキーが主人公だが、バセンジー以外の犬種にも参考になると思う。イヌは一つひとつの犬種に属する前に、イヌという大きな種に属する。そして、イヌは人間と同じ哺乳動物なので、心理には人間に相通じるところがある。
犬種紹介の本には、一つひとつの犬種が、共通の性格・感情や行動パターンを持っているように、書かれている。しかし、一つの犬種に属する全ての個体が、共通する性格・感情や行動パターンを、持っているわけではない。人間と同じようにイヌにも個性がある。個々のイヌも、個々の人間のように、それぞれが複雑な心理を持っている。
動物行動学の研究で、1973年にノーベル生理学医学賞を受賞した、動物学者のローレンツが書いている。
「もっとも家畜化の進んだイヌは、一般に、その行動において自由であり、かつ適応性に富んでいる」
少し脱線をしてローレンツのことを書いておこう。
農耕民族である日本人にとって、自分を自然の一部と考えることには、無理がない。自然との共生から、自然との一体感が生み出される。長い歴史を通して、日本人の精神の古層に、人間以外の動物を人間の伴侶と感じさせる感性が、間違いなく確立された。
ところが、動物を狩って生きてきた、狩猟民族であるキリスト教徒にとっては、動物は人間とは全く異なる存在になる。食料になる動物を含めて、自然は人間が征服し、人間の都合のいいように変えるものだ。
ヴェルサイユ宮殿を訪れた日本人は、その人工的な庭が、人間の手によって自然が完全にコントロールされた例であることを、理解すると思う。
ローレンツは、ヨーロッパの人間には珍しく、仏教徒の農耕民族的な感性を持っていた。動物を人間と同じレベルの存在ととらえたのだ。東洋人には当たり前の感性だが、20世紀中葉のヨーロッパ人には、動物行動学の彼の理論によって示された、動物の理解の仕方は驚くべきものだった。ノーベル賞委員会のお偉方を感動させることになった。
ローレンツの有名な著書「ソロモンの指輪」のタイトルに、キリスト教徒である、ローレンツの深層心理が現れている。ソロモンは旧約聖書に出てくる博学な王で、動物の知識がとても豊富だったという。そこから、ソロモンは魔法の指輪をはめて、動物たちと語り合ったという言い伝えが生まれた。
動物がいつも身近にいる農業従事者や、ペットの飼い主である日本人は、動物と自然に語り合っている。しかし、キリスト教徒が動物と語り合うには、心の障壁を乗り越えるために、ソロモンの指輪が必要になる。
生活の要素を概観的にいうと「衣食住」になる。「衣」の問題は、イヌにとっては丸裸の人間よりも小さい。生まれつき個性的で立派な毛を身にまとっている。本来ならば、着るものについて、飼い主が余計なおせっかいを焼く必要はない。それでも、愛するイヌのために、人間の子供に対するのと同じように、おせっかいを焼きたがる飼い主が多い。イヌには迷惑な話になる。当然、服を着せられることを拒否するイヌがいる。
モンタは服どころか、肩だけしか被わないハーネスでさえも、身につけることを拒否した。ラッキーはモンタよりも従順で、ハーネスはオーケー。レインコート、Tシャツ、トレーナーも、いやいやながらも受け入れる。
夏になれば、トイプードルやミニチュアシュナイザーなどの長毛犬は、毛をカットされて貧相になってしまう。毛の衣を脱がせると、同じように見える犬種が多い。丸坊主にされたパピヨンを見たことがある。特徴的な白黒のカラーが、目につかなくなくなったばかりではない。耳や尾のフサフサと揺れる長毛がなくなったので、丸刈りにされたトイプードルと見分けがつかなかった。
この300~400年の間に、主にヨーロッパで作られた多くの犬種。ヨーロッパ人は、見かけ上最も差別化しやすい毛にまず着目をして、新しい犬種を作った。毛の色や長さ、縮れ具合などを規定する遺伝子は、住んでいる自然の環境に合わせて変化する。近親交配を繰り返せば、特徴的な発現をする毛の遺伝子を比較的容易に固定できる。
柴犬には、茶、黒、白など異なる毛の色のイヌがいる。バセンジーにも茶白と黒白のイヌがいる。ラッキーの鼻筋は白いが、兄弟姉妹にこの白い鼻筋のないイヌがいる。毛を規定する遺伝子が不安定なことが、これからも分かる。
柴犬のサポは純白だ。ソフトバンクのワンコによく似ている。ところが、飼い主の女性から話を聞いて驚いた。親は両方とも黒柴なのだ。恐らく、祖父母か、それより前の世代に純白の柴がいた。白い毛の遺伝子は親の世代では発現しなかった。サポは、先祖返りで純白になったと思われる。
バセンジーの祖先は、サハラ砂漠が今よりももっと緑の多かった、3~4万年前にサハラ砂漠で誕生したと推測される。そこからコンゴやエジプトへ広がっていった。 古代エジプト王朝が最も栄えたのは、紀元前3000年から紀元前30年頃だ。バセンジーは、古代エジプト王朝によって厳密な意味で家畜化された。即ち、飼い主が住むところに居所を与えられ、食物は飼い主によって供給されるようになった。
家畜化は、飼い主なしには生存が困難になることを意味する。古代エジプト王朝の滅亡とともに、バセンジーは四散し、死に絶えたと思われた。幻のイヌはエジプトの壁画にしか存在しなくなった。ところが、この幻のバセンジーを、イギリスの探検隊が19世紀にコンゴで見つけた。 アフリカから何度か連れ帰ったバセンジーをもとに、欧米で個体を増やす努力が積み重ねられたが、アフリカにはないジステンパーなどの病気にかかって、生き延びることができなかった。欧米で飼育がきちんと確立され、世界中でバセンジーの数が増えるようにってから、まだ100年も経っていない。
ヨーロッパを中心にして作られた、他の多くの犬種は、寒冷な気候に適応した体質を持っている。バセンジーは暑い気候によく適応した体質の持ち主だ。まず、短毛なので体熱が体外へ容易に放散される。からだに比べて大きく、ピンと立っている耳の裏には毛がない。薄い耳の内側に複雑な凹凸があり、血管が走っている。運動後はこの耳がとても熱くなる。体熱が耳から放散されるのだ。そのおかげで、夏など、他のイヌが安静にしていても息が荒くなるのに対して、ラッキーは涼しげな顔で平然としている。
さらに、祖先が誕生した熱い地域に適応したと思われるのが、足の裏の肉球だ。肉球は、網目状の弾性繊維に脂肪が含まれてできている。表面は厚い角質層で被われている。肉球の周囲には汗腺が発達。脂肪は熱伝導度が低いので、大きな肉球を持っていれば、熱い地面の上を歩いても、地面の熱が足に伝わりにくい。
大きく盛り上がった肉球は、熱い岩礫を踏んで歩くのに最適なばかりではない。岩礫の上を走ったときに、からだへの衝撃をやわらげる効果がある。鋭くとがった岩を踏んでも、丈夫な肉球が損傷を受けることはない。
岩礫の上で獲物に近づくときには、音を消す役割も果たす。公園でラッキーが誰かの後から近づいても、音が全く聞こえないので、ラッキーを足元に突然に見た人は驚いてしまう。
指を広げると、指の間の皮膚が、水かきのように広がっているのが分かる。からだに比べて大きな足蹠とともに、砂漠で歩くためにこのような進化を遂げたと考えられる。水かきのおかげで、砂の上を歩いても足が砂に埋もれにくいのだ。
ラッキーの目は小さい。「日本人のような目ですね」と言った人がいる。虹彩の色は2色になっている。外側は薄い茶色。内側の大部分は濃褐色。瞳孔の周囲の虹彩の色が濃いので、一見瞳孔が大きいように見える。しかし、よく見ると、瞳孔は濃褐色の部分の中心の小さな点に過ぎないことが、分かる。これは、低緯度の強烈な陽光に適応した結果と、考えられる。強い光が目の中に入らないようになっている。
アフリカ由来ということで、バセンジーは暑さには強いが寒さには弱い。気温が下がると、下痢をしやすくなるという噂がある。その噂を信じて、最初の冬の前に、バセンジーの服の専門店の「さくらプラザ」から冬用のトレーナーを2着買った。
ラッキーは、4~5ヶ月令だった最初の夏には、暑さにとても強く見えた。2度目の今夏は、暑さに弱くなったように見える。散歩では、歩くよりも木陰で涼むことが多くなった。それでも、他のイヌと一緒に走れば息切れの度合いが違う。やはり他の犬種よりも暑さに強いのだ。
バセンジーが、肉体的にも心理的にも乾燥地帯に適応した、雨や水に弱い犬種であることは、間違いがない。毛が短いので、雨でからだがぬれれば体温が急速に失われてしまう。大きく開いた耳の無毛の内側に雨水が入れば、中耳炎を引き起こす。
水といえばからだの洗浄が大変だ。バセンジーの毛は短く、毛の表面がワックスを塗ったように滑らかなので、汚れにくい。体臭も余りない。それでも、汚れが目立ったり、前回の洗浄から数ヶ月も経てばからだを洗うことになる。
水嫌いのラッキーはこの洗浄で大騒ぎ。まずバスルームへ入れるために、にぼしで釣らなければならない。次に、シャワーの水からなんとか逃げようと暴れまくるラッキーに、有無をいわせずにシャンプーをつけてしまう。からだを洗ってしまう。洗浄後の乾燥は簡単だ。軽く拭くだけだ。
ところが、水嫌いなバセンジーであるはずのラッキーが、自分がバセンジーなのを忘れたことがある。ラッキーは、今夏、暑い日に2回、自分から進んで海に入ったのだ。ただし、散歩で走っていたときの勢いの延長線上で海へ入ったので、2回とも、胸まで入ったところでビーチへ引き返してしまった。このことを、ラッキーを買い求めたブリーダーの「トップスターライト」に、ビーチのラッキーの写真つきで知らせた。ブリーダーはとても驚いた。
「バセンジーは水嫌いで、雨の日など、雨のにおいをかいだだけで、家から決して出ようとはしません。海に入ることなど考えられません」
ビーチから戻るとからだを洗うことになった。海に入った日には、ラッキーを2回の水攻撃が襲う。
雨嫌いで問題になるのはトイレだ。雨が降ろうが槍が降ろうが、人間ばかりか、イヌもウンチ、オシッコをしなければならない。家で両方をできれば何も問題はない。けれども、家でトイレをしないイヌが意外に多いのだ。
ラッキーが家でオシッコをするようになるまでに、ある程度の時間がかかった。ウンチはまだ家ではしない。排尿も外でしかしなかったときには、1日に2回は外へ出していた。排便だけならば1日に1回出すだけで済む。
雨の日に外へ連れ出す訓練は次のようにやった。
まず、雨の日の散歩のためにレインコートを買った。雨のにおいをかぐと部屋から出るのを嫌う。雨でぬれた階段を降りるのをいやがった。外へ出るマンション敷地内のドアーを通過させるのにも、一苦労。やっと外へ出しても、今度は水溜りへ入るのを怖がった。ぬれた草を踏むのをいやがった。排便は草の上でしかしない。草がぬれていると、雨には相当に慣れたはずの現在でも、排便をするのを躊躇する。
雨の日の外出は食べ物で釣ることにした。食い意地の張ったラッキー。大好きなおやつを鼻の先に突きつけられれば、普通は大喜びだ。ところが、雨の日には私の意図を敏感に察知して、鼻先におやつを突きつけられても、なかなか思う通りに動かなかった。そこで、階段を数段降りるたびにおやつを一つ。最後には力任せの引っ張り合いになってしまった。
最初はそんな苦労をした。けれども、 雨に慣らすために、根気よく引っ張り合いを繰り返したかいがあった。小雨、水溜り、ぬれた草に次第に慣れてきた。大雨の日には、さすがに今でも外へ出るのをとてもいやがる。それでも、ウンチのために、大雨の日でも1日に1回は外に出るようになった。
水嫌いと関係があるのかどうか分からない、ラッキーの行動がある。ラッキーのトイレ兼ダイニングのバルコニーで、ラッキーがオシッコをすると、シーツの外へオシッコがはみ出すことがある。そこで、水を流してバルコニーの床を洗浄。水は外壁の下の溝を流れる。この流れにとても興味を示すのだ。いつもじっと見つめる。洗浄水が下へ落ちるところまで、流れの先端を追いかける。
次に「食」の問題だ。
ラッキーには食物アレルギーのあることが分かった。長さが30センチくらいもある、何かのペーストを骨型に固めたガムがある。表面は膜状のもので被われている。このガムはかむのに時間がかかるので、ラッキーがひまを持て余さないようにとの心積もりで、与えた。ところが、激しい下痢ばかりではなく、後足の間が赤くかゆくなる皮膚反応まで出た。このガムを与えるのは止めた。
イヌがたくさん集まる中央の公園で、飼い主が互いに食べ物をイヌにやる。ここから帰ると下痢をするようになった。誰が与える食べ物がアレルゲンなのかは、分からない。そこで、全ての食べ物を断ることにした。他のイヌが食べ物をもらっているのを、見ているだけのラッキー。かわいそうだ。でも仕方がない。
ドッグスクールでは、イヌが食べ物をいろいろな人からもらうと、誰にでもなつくようになるといって、給餌を勧めているようだ。これは間違っている。イヌが食べ物をもらえる気配を感じると、食べ物をもらえそうな人のまわりに集まって、動かなくなる。運動をしなくなる。さらに悪いことに、バッグを持っている普通の通行人からも、食べ物をもらえると思って、バッグに鼻を突っ込もうとする。
バセンジーは一般に胃腸が弱く、下痢をしやすいといわれる。ラッキーも、確かに、いつもコロコロとしたウンチをするわけではない。どちらかといえばやわらかめだ。特に、1回のウンチの最初は硬くても、最後のほうがやわらかくなる。
家へ来て間もなく、下痢が止まらなくなったことがあった。ペットクリニックへ連れて行って、抗生物質と下痢止めをもらった。効果は全くなかった。そこで、人間用の下痢止め市販薬を試みた。数種類を試したが、やはり効き目がなかった。最後にとても効果のある下痢止めを見つけた。大正製薬の「大正下痢止め・小児用」だ。粉末で、人間の子供が喜んで呑むようにバナナ味になっている。食べ物に混ぜればラッキーはちゅうちょなく呑む。
5~7才児には1回で1包となっている。体重14キロのラッキーに、下痢が激しい場合には、1包を朝昼晩と3回に分けて与える。朝晩は食物に混ぜるが、昼時にはペーストに混ぜて与える。2~3日続ければどのような下痢でも治る。
モンタが下痢をしたときには、まだ「大正下痢止め」の存在を知らなかった。カボチャ、サツマイモ、オカラを混ぜてふかした食事を、準備した。しかし現在は、下痢中でも、ラッキーの食事をほとんど変える必要がないので、とても楽だ。
整腸用に「ビオフェルミン」を与えている。こちらは錠剤だ。便の状態が余りよくないときに、半錠ずつ朝晩与える。「ビオフェルミン」の効果は「大正下痢止め」ほど明確ではない。乳酸菌ということで、気休めにしかなっていないかもしれない。
イヌの体内では乳糖分解酵素が十分に作られないので、牛乳や乳製品に多く含まれる乳糖が分解されず、下痢をすることがある(乳糖不耐症)。牛乳や乳製品はイヌには与えないほうが無難だ。どうしても与えたければ、イヌ用のミルクにしたほうがいい。
イヌの食事はドライフードだけで完全だ、という話がある。そこで、ラッキーにも最初はドライフードだけを与えた。けれども、食事が楽しそうには見えないのだ。食べながら、次のように言っているように思えた。
「まあ、取り合えず食べてやるよ」
そこで、
ドライフードに缶詰フードを混ぜることにした。ラッキーの反応は驚くべきものだった。食事を準備している間、喜びの余り部屋中を飛び回った。自分のおもちゃを口にくわえ、思いきり振り回した。かと思うと、準備中の私に飛びついて直立不動になり、私の背中や腕をたたき、私の手元を狂わせた。ここまで喜びを表現されると、私はとても幸せになった。
脂肪分の多い食事は下痢体質にはよくない。それに体重管理にも要注意だ。そこで、ペットショップで、脂肪分とカロリーが比較的少ない食物を選んだ。幼犬用は脂肪分が多く、カロリーが高い。ドライフードの粒を手で触ると、指が油でギトギトするものがある。幼犬用は選択の範囲からまず除外した。
最終的に、ドライフードは「アイムス体重管理用1~6才チキン小粒」を選んだ。6ヶ月令のときから、このドライフードを与え始めた。缶詰フードは「ペディグリー成犬用ビーフ緑黄色野菜魚入り」だ。こちらもカロリーは比較的少ない。ペディグリーの缶詰フードにはいろいろあるが、野菜と魚が入っている缶を選んでいる。魚は人間にもイヌにもいい。ペディグリー缶の魚、肉、野菜は、もとの材料が余りつぶされていない。形が分かるので確かに入っていることが分かり、安心できる。
日本人がとても長生きなのは、いろいろなものを少しずつ食べることが、大きな理由になっている。イヌにも少量多品種の食事が健康にいいはずだ。そこで、主食はドライフードと缶詰フードを混ぜているが、 昼時には間食として、乾燥小魚や牛皮ガム、クロロフィル入りガムなどを与える。クロロフィル入りガムは歯の掃除になる。
家に来たとき、3ヶ月令の終わりのラッキーの体重は、10キロだった。1年5ヶ月令の現在、14キロだ。ペットクリニックは、これ以上は体重を増やさないようにと、注意をする。いくら食べても満足感を覚えないワンコ。やればやるだけ食べる。家族が何かを食べていれば、近くに寄ってきて物ほしそうにする。体重管理は、今までのところはうまくいっているが、これからもコントロールが必要だ。
ブリーダーがラッキーを私たちに引き渡すときに、ドライフード、粉ミルク、乾燥魚、クロレラ錠、ウシのつめなどを送ってきた。ラッキーはウシのつめが大好きだ。かむことによってあごが強くなるばかりではなく、ストレス解消にもなる。ウシの乾燥づめはかんでもなくなることはない。根元の部分はやわらかいが、つま先の部分が硬く厚いので、つま先までかむことができないのだ。そこで、同じつめを長い間かみ続ける。今は、おもちゃと一緒に、乾燥づめが部屋のどこかにいつも転がっている。ラッキーは気が向けばつめをかんでいる。
牛革のガムも硬い。そんな硬いものをおやつとしてやっているおかげで、ラッキーの歯は白い。
他の人たちが、私たち家族はラッキーの歯磨きをしっかりやっていると、誤解する。ラッキーは歯磨きを受けつけない。硬いものの効果は歯磨き以上だ。
ペットショップで売っているイヌのおやつには、わざわざ「やわらかい」と断り書きが入っているものがある。主食以外では硬いものをかませたほうがいいのに、やわらかいものを与えてしまう飼い主がいるからだ。硬いものをかめなくなっているイヌがいる。人間と同じで、生活が文明化するほど、硬いものをかめない個体が増える。
硬いものをかめないのは、歯とあごが弱いためばかりではない。前足で、食べ物を押さえることのできないイヌがいるのだ。
トイプードルのマイケルの飼い主が、「硬いものをやっても、前足で押さえられないので、口にくわえたまま走り回ります。食べたいのに食べられないのが、ストレスになってしまいます」と言った。
マイケルばかりではない。フレンチブルドッグのクリップは、硬いものをもらうと、前足で押さえるのではなく、机の隅などに押しつけて固定をするそうだ。
ラッキーは、ウシのつめのように硬いものを、前足でしっかりと押さえてかじることができる。長い前足をいろいろなことに器用に使う。コミュニケーションのために私たちに前足で触れる。他のイヌと遊ぶときに、前足でたたく動作をする。ドアーのレバーを押し下げて、ドアーを開けてしまうことまでやる。
息子の部屋には、ラッキーには魅力的な菓子袋などが転がっている。そこで、息子の秘密の部屋に、ノックもせずに遠慮なく入るようになった。人間がやるようにレバーを片方の前足で器用に押し下げると、両前足を使ってドアーを押し開けてしまうのだ。私は、ラッキー対策にレバーカバーをつけた。このカバーがあると、レバーに前足をかけることができないので、ラッキーは上からレバーを押し下げることができない。
次は「住」の話だ。住居については前のエッセイに書いたので、住居との関係で飼い主には大きな問題になる、トイレに触れたい。
ラッキーのトイレ兼ダイニングルームとして、ベッドルームに面したバルコニーを使っている。バルコニーには、トイレ用のシーツだけではなく木や草が置いてある。トイレと食事の場所を一緒にした理由は、食事とウンチ、オシッコを条件づけるためだ。即ち、朝晩の食事のあとで排尿、排便をすることを、習慣づけようとした。トイレの時間が決まれば飼い主は楽になる。
この作戦では、食事をバルコニーに置いてラッキーを誘い出し、食事中はドアーを閉める。食後にウンチ、オシッコをするまで、バルコニーに放置する。
初めの頃はなかなかうまくいかなかった。いつの間にか部屋の中でオシッコをしてしまった。しばしばターゲットになったのは、ソファーや床に敷いてあるシープスキンだった。そのやわらかさが、草の生えている地面のように感じられたに違いない。トイレとしては使わせたくない、表のバルコニーでやってしまうこともあった。
やわらかいベッドも、シープスキンと同じ理由でターゲットになった。これには妻がとても怒った。そこで、トイレ訓練が終了するまで、昼の間はベッド全体を厚いビニールシートで被った。つるつるしたビニールシートの上では、排尿の本能が刺激されないようで、オシッコをすることはなかった。
トイレ以外のところでオシッコをしたときには、叱るのではなく、トイレのバルコニーへ連れて行き、床のシーツを指差しながら「オシッコ、オシッコ」と繰り返し言った。
オシッコをしたいときに、トイレバルコニーへ出るドアーが開いていれば、自分でトイレへ行くようになったのは、1才の頃だった。ウンチは、今でも普通はまだバルコニーではやらない。下痢気味で、外へ出るまで待てないときにだけ、バルコニーでウンチをする。部屋の中でウンチをしてはいけないことをわきまえるようになったのは、7~8ヶ月令の頃だ。排便についても若干の進歩があったことになる。
ドアーが閉まっている寒いときには、部屋中を忙しく走り回るのが、オシッコのサインになる。そのときには、パンのかけらなどをバルコニーに置いて誘い出し、オシッコをするまでドアーを閉めたまま置き去りにする。
オシッコが終わると、ラッキーはすぐにドアーのガラスをガリガリと引っかく。オシッコをすれば、中へ入れてもらえることが分かっているからだ。
オシッコをしたならば、オシッコを指差して毎回本気で大げさにほめる。とてもほめられるので、ラッキーはちょっと得意そうになる。悪いことをすれば叱り、良いことをすればほめる。これはぶれないようにやっている。
イヌは、早朝の空腹時に黄色い胃液を吐くことがある。この胃液を吐く場所も、ラッキーは分かるようになった。気分が悪くなると、ドアーが開いていれば自分で外へ出て、バルコニーに置いてある草のところで吐く。開いていなければドアーの前で苦しそうにするので、すぐにドアーを開けてやる。
夏の今は、バルコニーへ出るドアーはいつも開けられている。ラッキーは必要に応じて自分から進んでバルコニーへ出る。トイレ大作戦がほぼ成功したので、もはやベッドをビニールシートで被うことはない。トイレがきちんとできるようになってから、家族の皆の緊張がほぐれたことが分かった。ラッキーのオシッコ、ウンチ爆弾による攻撃の心配が、なくなったからだ。
表のバルコニーから裏のバルコニーまで、マンションの部屋の一番長い動線を、ラッキーはほぼ毎日弾丸のように走る。そのきっかけは、しばしば上階に住んでいるパグのメイだ。音かにおいか人間には分からないワンコの気配が、ラッキーにスイッチを入れる。ラッキーは上を見ながら走る。
それ以外のスイッチに、散歩のときのハーネスと首輪がある。
ハーネスと首輪がつけられるのを遊びと心得ている。私につかまらないように部屋中を走り回る。おかげで、床のカーペットがあっちへ飛んだりこっちへ飛んだり。ハーネスの次にリードをつける。それも遊びと心得ているので、尻を高く上げる。そうなればしめたものだ。動きが止まる。簡単につかまえられる。
家での遊び相手といえば、うなり声を上げる掃除機はちょっと怖い遊び相手だ。掃除機の後を少し距離を保ちながら追いかける。
私がつめを切っているときには、金属製のつめ切りが遊び相手になる。
ラッキーのつめ切りに最初は成功したが、2回目からは、1回目で学習したラッキーが受けつけなくなり、つめ切りに成功したことがない。けれども、私がラッキーのつめを切る振りをすると、ラッキーはスリルを感じるのだ。つめ切りを拒否しながら、遊びのつもりで鉄のつめ切りを攻撃する。
遊び相手にはロボット犬がいる。以前はただかんでいただけだったが、今はもっと高度な遊び方をする。ロボット犬のスイッチを入れてしまうのだ。
これはイヌにはとても難しいはずだ。まず腹部の張り合わせ布をはがす。上の写真の腹部右側にあるスイッチはとても小さく、指先が器用なはずの人間でさえも、注意深くつめ先に引っ掛けて押し上げなければ、スイッチはオンにはならない。ラッキーはこれを自分の歯でやってしまう。スイッチが入ると、ロボット犬は吠えたりしゃべったり歌ったりする。けれども、ラッキーはオンにしたスッチをオフにすることはない。オフにするのは家族の仕事と心得ている。
ラッキーを就寝させるときは、リビングのソファーで寝ている14キロのラッキーを抱いて、ベッドルームに置いてあるケージへ運ぶ。たまに自分から進んでケージに入ることがある。
10ヶ月令くらいまでは、ハウスつきケージの中で朝まで寝ていた。ドアーは閉めていた。10ヶ月令の頃のある日の未明のことだった。苦しそうに食べ物を吐いた。吐きたいものがまだ胃に残っているのか、気分が落ちつかなかったので、そのまま私たち夫婦のベッドに入れて寝かせた。これが翌朝から習慣になってしまった。早朝の4~5時頃に、「クオン、クオン」とうるさく鳴くので、ベッドに入れざるを得なくなった。
それから毎朝ケージのドアーを開け、朝の2~3時間の睡眠を、私たちはラッキーと一緒にベッドで取るようになった。
ラッキーは、それまでは、何かにつけて、ありとあらゆるものをかんでいた。靴、シープスキン、タワシ、空のプラスチックボトル、牛乳の空きカートン、衣服、はし、ボールペン、ぞうきんばかりではなかった。部屋を歩いているときに、家族が身につけているズボン、スカート、服の袖がかまれた。それに足や腕、指もかまれた。
私はラッキーから特別待遇を受けていて、かみ攻撃の対象にはならなかった。家族内の序列をラッキーがどう考えているのかが、これで分かった。自分よりも序列が下、あるいは序列が同等と思われる家族が、自分の思い通りに動かないときに、かんでいたように思われる。同時に、物事が自分の期待通りに動いていないときには、ストレスを感じて、代償行為として何かをかむ。
ベッドに一緒に寝るようになってから、このかみぐせが大幅に直った。この事実から、小さなイヌにも、人間の子供と同じように、濃密なスキンシップが必要なことを悟った。スキンシップがなければ、精神的に落ち着かなくなり、何かちょっとしたことにも不満を感じる。代償行為としてかんではいけないあらゆるものをかむ。 スキンシップが十分ならば精神的に落ち着いて、少しのことで、不満を感じたりストレスを感じたりすることはない。
昨日の朝、妻が久しぶりに指をかまれた。横になった妻の背にラッキーが寄り添っていた。妻が手を自分の足の間に入れた。ラッキーの目の前に、足の間から指を差し出す格好になった。この指をラッキーはかんだ。この行動は、私とラッキーがやっている遊びと同じだ。私は、ラッキーが床に寝転んでいるときに、ラッキーの目の前に足を投げ出して坐る。足の下から靴下や指を見せてラッキーにじゃれさせるのだ。
かみぐせを直した濃密なスキンシップ。冬の間は余りにも濃密すぎた。ラッキーは寝ているときに、長い4本足を思いきり伸ばす。その強靭な足は、私の腹部ばかりか顔も直撃した。さらに、上半身を私の顔の上に乗せて熟睡するので、私の呼吸が苦しくなった。それでも私は耐えた。「愛」があれば恐ろしいものは何もない!
添い寝にはラッキーばかりか私にも良いことがある。ラッキーと密着している間の2~3時間の睡眠が、とても深くなったのだ。動物とのスキンシップは大事だ。動物セラピーに効果があることは疑いがない。
現在のラッキーは、かんでいい自分のおもちゃしかかまない。ただし、皆が留守をし、食事の時間になっても食事が準備されなければ、かんではいけないものをかむ可能性は、今でもある。期待通りにならないときに、ストレスを発散させるための代償行為として何かをかむ。食事前に、ウシのつめをかむことが多いラッキーを見ていると、このことに私は確信を持つ。
このように、1才の頃までに大分直ったかみぐせ。最後まで残ったくせは、ソファーに敷いてある4枚のシープスキンをかむことだった。特に、食事時に、食事を期待しているのにまだもらえない、イライラの状態下でよくかんだ。シープスキンからかみ取られた毛が、床に散乱した。これを見た私は、手にヒツジの毛を持ってラッキーに突き出し、「ダメ、ダメ、ダメ」と繰り返し言った。なぜ叱られているのかをはっきりと分からせなければ、叱っても意味がない。
私は本気で怒った。怒り方が中途半端になると、遊んでもらっている気持ちになってしまう。しょげるどころか逆に喜んでしまうのだ。2~3日のうちにスキンがみを繰り返した場合には、丸めた新聞紙でたたくこともやった。
最後にかんだ、かんではいけないものは妻のハイヒールだ。 1ヶ月ほど前のことだった。ラッキーはこのハイヒールに特に興味を持っていて、それまでに何度も玄関から部屋の中へ持ち込んだが、かむことはなかった。それが、夕食前のイライラ時についにかんでしまった。私は勿論本気で叱った。長い間の望みを遂げて満足したラッキーに、私の怒りが届いたかどうかは定かではない。
遊ぶときには、首に負担がかからないハーネスと、行動半径が広がる伸びるリードを使う。体力があって猛烈に遊び走るラッキー。
伸びるリードは、今は危険な細ひもではなく、幅の広いひもを使っている。細ひもは、イヌが動いているときにうっかり握ると、自分の手を傷つけるばかりではない。誰かのからだをこすれば、その人に怪我をさせる。
最初は、ラッキーのからだのサイズに合わせて、中型犬用を使っていた。ところが、約2ヶ月毎に買い換える事態になった。リードが伸び縮みをしなくなったり、こすれるリードで巻き込み口が壊れたり、リードそれ自体が切れたりするのだ。いくらなんでも頻繁に買い換えすぎる。今は大型犬用を使っている。こちらのほうが長持ちする。冬の間は手袋も長持ちしなかった。手の中で滑るリードを握ってしまうので、手袋に穴が開いてしまったのだ。
ラッキーのように力の強いイヌが、縮めたリードを突然に引っ張ると、ロックがはずれてリードが伸びてしまうことがある。車道の横の歩道を歩いているときにこうなると、危険だ。そこで、公園までは普通のリードをつける。
昨年の夏は猛暑日が続いた。散歩中に突然に立ち止まり、突然に前後へ走り、突然に左右に回り、突然にジャンプするラッキー。私には、1分も休むことのない猛烈な全身運動になる。朝夕1回、各1時間半の散歩に付き合った私は、頭から大量の水を浴びたように、いつも汗でびしょぬれになった。おかげで、ひと夏で体重が3キロも減った。
ワンコ仲間のちょっとおデブな女性にそのことを話すと、体重が減ったというところだけしか聞こえなかったらしく、うらやましがられた。楽をしてやせられるようなことを、テレビ番組でいつも誰かが言っている。やせたければバセンジーを飼って、真夏に毎日散歩をすることだ。
ラッキーの強靭なからだは、成長とともにさらに強靭さを増した。ラッキーの強靭さはジャンプで示される。家でソファーに坐っているときに、突然に飛び上がることがある。高さ1メートルの背もたれを、助走もなしに軽々と飛び越え、反対側の床に着地する。まさに強靭なバネだ。
2度目の夏はやや落ち着いて、動きが若干単調になった。しかし、力が一層強くなったので、一緒に散歩をする私のからだには、大きな負担がかかる。今までタコのなかった私の足の側面に、新しく3個のタコができた。左足に特に力が入るので、左足の2本の指のつめが変形してしまった。
それでもラッキーに感謝。
ラッキーとの散歩には、スポーツジムのトレーニングよりも、からだ全体をバランスよくきたえる効果がある。ジムへ通うことを止めた。
ラッキーなしで一人で歩いているときには、からだがとても軽く感じられる。私自身がそう感じるだけではなく、歩いている私を見る他の人もそう感じる。仲間とウオーキングをしているときに、私の後方を歩いていた人が言った。
「和戸川さん、空中を飛んでいるように、とても軽々と歩いていますね」