感覚的には存在するのが当り前な時間。物事の本質を見極めようとする物理学者にとっては、時間の問題は単純ではない。 時間に関する究極的な解は、まだ得られていない。
特殊相対性理論では、動いている物体を外から見ると、物体内で経過している時間が、外の時間の流れとは異なる。 宇宙船が速度を上げ、光速に近い速度になっても、宇宙船内の観測者にとっては船内の時間の流れに変化がない。ところが、宇宙船外の観測者には、宇宙船内の時間の流れが遅くなるように見える。重力場も時間の流れを変える。強重力場における時間の流れは、その場にいる観測者にとっては通常の物理場における時間の流れと同じだが、外から見ると非常に遅い。
宇宙の全ての物体が異なる速度で動き、異なる重力場に存在している。宇宙を外側から見れば、私たちの宇宙には数限りない時間の流れがある。 しかし、速く動く物体であれ、強重力場に存在する物体であれ、物体内部の時間経過は常に一定している。
量子力学の時間概念は、マクロの宇宙に適用される相対性理論のそれとは異なる。量子世界の時間には過去と未来を区別しないという特徴があり、時間の逆行は当り前だ。
ループ量子重力理論では、宇宙空間であるスピンネットワークに時間の要素が加わらなければ、どのような物理現象も生じることがない。スピンネットワークは凍てついたままになる。
スピンネットワークに時間の要素を加えたものを、スピンフォームと呼ぶが、空間の3つの次元(縦、横、高さ)に相当する、独立した時間の次元を想定するのではない。
推移する現象を観察することによってのみ、森羅万象を認識できるとする、現象学という哲学理論に通じる考え方を、ループ量子重力理論は採用する。
これによって時間を単純明快に説明できるが、時間の流れは錯覚と同じものになってしまい、物理学的な突き詰めとしては甘いと考えざるを得ない。
ループ量子重力理論に時間の概念を取り込むために、上記のスピンフォームが考えられた。スピンネットワークの組み替えによって、スピンフォームが成立する。 スピンネットワークは、1プランク時間毎に、幾何構造がやや変化した別のスピンネットワークに組み替わる。量子の移動は、組み替えのたびに、スピンネットワーク幾何構造の中で、体積量子が1プランク長さだけ異なった位置に現れることで、実体化する。重力波の伝播も、このような幾何構造の連続的な組み替えによって説明される。
これらの組み替わったスピンネットワークが連綿と連なって、スピンフォームを形成する。現象の推移は、パラパラ漫画を見るのと同じように認識され、現象の推移が時間の流れのように感じられる。時間には確固とした実体がなく、時間は疑似的なものになる。 宇宙で生じる全ての物理現象が、独立した時間軸を設定しないこの組み替えによって、説明される。ところが、時間軸を無視しては、私たちが観測できる物理現象の説明をできないことを、以下で順次明らかにする。
量子の空間移動を、光子を例に取って、スピンネットワークの組み替え(スピンフォーム)で説明する。
エネルギーである光子が大きな体積量子から放出されると、スピンネットワークが局所的に励起され、光子に相当する幾何構造が形成される。光子の構造が体積量子周囲のスピンネットワークに現れるのは、1プランク時間後だ。宇宙の最小時間単位が1プランク時間であることが、その根拠になる。空間の最小単位が1プランク長さなので、誕生した光子の位置は、光子を放出した量子の位置から1プランク長さだけ離れている(図2)。1プランク時間毎に、スピンネットワークが連続して組み替わり、光子幾何構造が、1プランク長さだけ離れた箇所に順次現れる。これによって、パラパラ漫画を見るように光子が宇宙空間を飛んでいく。
この光子の動きが、マクロでは秒速30万kmになる。光子はヒッグス粒子と反応しないので、空間を光速で直進する。大質量の物体から多数のリンクが周囲へ広がり、高密度のリンクが空間にゆがみをもたらす。 光子は、空間が大きくゆがんでいても2点間の最短距離を飛ぶ。それは、光子が飛ぶ幾何構造場のリンクが疎でも密でも、光子スピンの属性には変化が生じないことを意味する。
一般相対性理論によると、時空の一点は、座標値によってではなく、そこで物理的に起きている現象によって定義される。時空の座標系が変わると、光子の形や大きさが変わるが、スピンやループなどの属性は維持されるので、滑らかに座標変換しながら同一の量子として光子が飛行し続ける。
他の量子も、スピンネットワークの組み替えによって、1プランク時間毎に1プランク長さだけ離れた箇所に現れる。質量を有する量子が、マクロで光速飛行しないのは、ヒッグス粒子との相互作用によって量子レベルでジグザグ運動をするからだ。
上記の幾何構造における現象を、もう少し深く考察してみたい。基本的な謎が浮かび上がり、宇宙空間を外に閉じた3次元孤立系と規定しては、その謎の解明が不可能になることが分かる。
図1に示したように、光子が直進飛行するには、組み替えのたびに、直線的な軌跡を描くようなスピンネットワーク内の決まった位置に、光子幾何構造が現われなければならない。組み替えにおいて、特定の量子幾何構造が、スピンネットワーク内の決まった位置へ移動することを、不確定性原理に抵触することなく説明できるのだろうか?組み替わるスピンネットワークの全てが、光子放出時点のスピンネットワークと連動していなければ、このような現象は起こらない。不確定性ではなく、予定調和が必要になる。
ヒッグス粒子と反応する他の量子も、ヒッグス粒子と遭遇したあとの組み替えで、それまでの飛行経路の延長線上に現れなければならない。そうでなければ、フェルミ粒子から成る質量を有する物体が、マクロの空間を直進飛行することがなくなる。
ここまで、光子が直進飛行するには、組み替え時に次々と現れるスピンネットワークの間で、予定調和が必要になることを述べた。予定調和をもたらすスピンネットワーク間の連動の機構は、単純ではない。注意深く考察すると、組み替え機構を高次元時空にまで延伸する必要に迫られる。
宇宙誕生以来、同じ時間間隔で、スピンネットワークが連続的に組み替わった。時間間隔を一定にする機構がどこかに存在しなければ、このような組み替えはあり得ない。
その機構は、高次元時空に存在するとしか考えられない。高次元時空に、高次元時間と高次元幾何構造が存在する。高次元幾何構造の次元の数が減少して、3次元的な空間表象になったものがスピンネットワークだ。高次元時間は、4次元時空の時間とは異なり、1方向へは流れていないと思われる。1次元的な時間が選ばれ、その時間軸に沿って、スピンネットワークの3次元幾何構造が連綿と並んだ状態が、私たちの宇宙のスピンフォームになる。
この仮説以外にも、時間次元と空間次元が互いに独立することなく、混然と一体化した状態を推察することが可能だ。 空間に時間的な要素が組み込まれているか、時間に空間的な要素が組み込まれていれば、1プランク時間毎のスピンネットワーク組み替えの説明が、容易になる。ループ量子重力理論にはこの発想のほうが親和性が高そうだ。 ただし、時空を完全に融合させる理論の確立には、とても大きなチャレンジが必要になる。
高次元時空に、組み替えのタイミングと、組み替わるスピンネットワークを決定する機構があるならば、宇宙誕生以前に、星々や人々の運命が決まっていたと思われる。このような運命論を受け入れることは、心理的に抵抗があるが、ここまで述べたように、スピンフォームの起源にまで踏み込むとこの可能性を否定できなくなる。
ループ量子重力理論も一般相対性理論も、3次元空間の中で理論の構築が図られている。しかし、組み替えによって次々と誕生する3次元スピンネットワークの供給源を、私たちの宇宙の物理法則が破たんする高次元時空に求めなければ、疑問の解明ができないことをここまでに述べた。 高次元時空の概念を取り込むと、無数の宇宙が誕生するマルチバースについて触れなければならない。
真空ゆらぎや量子ゆらぎは量子力学の基本現象なので、組み替えもゆらぐと仮定することが可能になる。組み替えのゆらぎには、スピンネットワーク幾何構造に現れる空間的なものと、組み替えの時間的なタイミングに現れる時間的なものの、2つが考えられる。 量子世界の時間の流れは、未来ばかりか過去へも向かうので、時間ゆらぎを導入することに無理はない。
空間的なゆらぎには、局所の量子ゆらぎだけではなく、スピンネットワーク全体のゆらぎがある。局所のゆらぎは全体的なゆらぎに波及するので、質の異なる2つの空間的なゆらぎが混ぜ合わされ、スピンネットワーク全体のゆらぎは極めて複雑になる。すると、1回の組み替えで、多様な空間構造を持った宇宙が無数に誕生することを、予想できる。
これに時間のゆらぎが加わる。組み替え時に、正の時間だけではなく負の時間も発現する。また、組み替えの時間間隔は、1プランク時間だけとは限らない。100プランク時間や1億プランク時間など、無数の時間間隔を想定できる。このようにして、組み替えが生じるたびに、数限りない時間間隔のスピンフォームが誕生する。
誕生する宇宙スピンフォームの空間と時間における多様性は、全ての宇宙を外側から見たときにしか、直接には観測できない。微分同相変換不変性によると、ある特定の宇宙に存在する観測者は、無数の異なる時空が寄り集まった、宇宙全体に適用できる普遍的な物差しを持っていないからだ。
一般的なマルチバース宇宙論では、並行宇宙が初期宇宙として誕生する。これは、超ひも理論のブレーン誕生に相当する(図4下、詳細は「無の向こうに広がる高次元時空」を参照)。ループ量子重力理論では、既に述べたように、あらゆるステージの宇宙から、いろいろなステージの別の宇宙が誕生することが可能だ。
誕生最初期の宇宙からは、1プランク時間後の組み替えで最初期の別の宇宙が誕生し、137億歳の私たちの宇宙からは、137億歳の別の宇宙がこの瞬間に誕生している。時間のゆらぎが負の方向へ向かえば、組み替えの時点よりも若い宇宙が誕生する。
超ひも理論では、2つのブレーンの接触が新しい宇宙ブレーンを誕生させるので、接触したブレーンどうしに何らかの影響が及ぶ。場合によっては、親宇宙の壊滅的な破壊につながるかもしれない。ループ量子重力理論では、親宇宙の組み替えによって、親宇宙とは全く異なる宇宙が誕生する。親宇宙に何らかの影響が及ぶことは考えられない。
ループ量子重力理論の宇宙は背景独立性なので、マルチバースで生まれた各宇宙の間に余剰な空間が存在しない。全ての宇宙が隣どうしで密着している。 隣り合った体積量子どうしが、ループを介して影響し合うように、隣り合った宇宙どうしの間で、相互作用を及ぼし合っている可能性は否定できない。これに対して、背景依存性の超ひも理論では、各宇宙の間に余剰な時空が存在する。4次元時空ブレーンよりも次元数が多い余剰時空だ。2つのブレーンが接触して新しいブレーンが誕生するような場合を除いて、ブレーンどうしの間に直接の相互作用はない。しかし、重力子のように、時空の壁を越えて飛び回る量子レベルの相互作用は、存在する。
次に、サイクリック宇宙論にループ量子重力理論を適用してみたい。
「宇宙を構築する究極のドット量子」で述べたように、外殻面積量子を欠いたスピンとリンクは、限りなく拡大・伸長すると思われる。宇宙が膨張するとスピンネットワークが全体的に伸びるので、単位空間当たりの真空エネルギー量が減少する。すると、膨張速度が遅くなり、やがて膨張が停止する。 真空エネルギーにしろダークエネルギーにしろ、斥力を生み出すエネルギーの幾何構造がある程度伸びると、引力を生み出すダークマターに相当する幾何構造の影響力が大きくなり、力の及ぼし合いにおいて両エネルギーが平衡状態に達する。
次いでダークマターが優勢になり、宇宙は縮小に転じ、ビッグクランチによって最後には1つの超巨大宇宙ブラックホールが形成される。スピンネットワークが極限にまで収縮すると、スピンネットワークに内在している重力の作用が、引力から斥力に変わる。ビッグバウンスによって宇宙が再び誕生する。
ビッグクランチで事象の地平面に宇宙の全情報が蓄えられ、ビッグバウンスでその情報が解放されるならば、同じ経過をたどって、同じ宇宙が、何度も死と誕生のサイクルを繰り返すことになる。同じ地球が繰り返し誕生し、同じ人々が繰り返し地球に住む。
眼に見える次元を超えると、科学的な思考だけでは済まなくなり、哲学的にも宗教的にもいろいろなことを考えざるを得ない。
ループ量子重力理論と見事に調和するビッグバウンス理論は、一見美しく見える。けれども、 スピンネットワーク宇宙を孤立系とすると、解決が困難な問題が生じる。
孤立系宇宙では、宇宙の外との間でエネルギーのやり取りがない。その系に存在するエネルギーだけで、全ての物理現象が変遷する。 空間が膨張している間は、ダークマターよりもダークエネルギーが優勢だが、平衡状態に達し、クランチに転じた時点で、ダークマターが優勢にならなければならない。ビッグバウンスの時点では、それとは状況が真逆になる。特異点を形成したダークマターに対して、ダークエネルギーが優勢にならなければ、宇宙の再膨張はあり得ない。
当評論で述べているビッグバウンス理論では、重力子が引力と斥力の両方の力を担うことになる。けれども、重力子が斥力を担うのは、スピンネットワークの特異点化という極限状況下だけだ。ビッグバン後の宇宙でも膨張を担うと考えることには、無理がある。ビッグバン後に宇宙を膨張させるのは、上述したような幾何構造を持つ真空エネルギーと考えられる。
ダークエネルギーを真空エネルギーとすることに矛盾はないが、ダークマターの由来は謎だ。そこで、1つの可能性として次のような考察を行った。ここでは、重力子の役割を無視することにする。
孤立系宇宙で膨張と縮小を起因させるには、ダークエネルギーとダークマターが、相互に変換されることが必要と思われる。
ビッグバウンス時の極微宇宙にはダークエネルギーが満ちていた。宇宙の膨張とともにダークエネルギーがダークマターに変換される。ダークエネルギーとダークマターのバランスが取れた平衡状態で、膨張が停止する。ダークマターがさらに増え、ダークエネルギーが減少すると宇宙は縮小を始める。ビッグクランチにおいて、ダークマターがダークエネルギーに変換され、宇宙が再び膨張する。
このような相互変換が可能だろうか?ダークエネルギーもダークマターも未知のエネルギーなので、相互変換をあり得ないと断定はできないが、理論化にはとても大きな挑戦が必要になる。
背景独立性の理論の基本概念に抵触するが、ここでも、宇宙を外に開いた解放散逸系と考えれば、理論展開が容易になる。ダークエネルギーとダークマターを他の時空との間でやり取りできるからだ。
私たちの宇宙に、孤立系という前提を与えることで生じる問題を指摘してきたので、ここでループ量子重力理論における時空の概念を、発展させることを試みる。 図6で、異なる3つの物理場(光速飛行、強重力場、量子世界)における、スピンネットワークの階層構造的な組み替えを示している。ここで考慮すべき大事な原理は、第1部の「宇宙を構築する究極のドット量子」で触れた、階層構造の組織化がもたらす創発なので、この原理を頭に入れて読み進んでいただきたい。
光速で飛行する物体の幾何構造は、1回の組み替えにおいて、次のスピンネットワークの1プランク長さだけ離れたところに現れる。物体内の観測者にとっては、1プランク時間で1プランク長さだけ動いたことになる。 特殊相対性理論によると、光速飛行する物体を物体外から観測した場合、物体内の時間は停止している。 物体外の観測者にとっては、組み替えによって物体が移動したにもかかわらず、その物体はまだ1プランク時間前のスピンネットワークに存在している。 光速飛行物体の内と外にいる観測者にとって、時間の流れが変わる理由を、ループ量子重力理論でこのように説明することが可能だ。
重力が限りなく大きい、ブラックホールの事象の地平面の近くに、物体がある。物体内の観測者にとっては、スピンネットワークが1プランク時間後に組み替わるので、時間は通常通りに流れる。移動距離も通常通りだ。外の正常な宇宙にいる観測者にとって、物体内では時間が経過しないので、物体は1プランク時間前のスピンネットワークに存在している。また、物体は停止しているように見える。
組み替え時に、全く新しいスピンネットワークへ量子幾何構造が移動すると、未来への移動になる。組み替え時のスピンネットワークに留まる場合もある。組み替え直前のスピンネットワーク、即ち過去へ移動することもある。 物理現象として見れば、量子は未来へ移動することも、現在に留まることも、過去へ向かうこともある。量子の不確定性が、時間の要素との関連でスピンフォームに顕現するならば、このように説明できる。
以上の3種類の物理場における、スピンネットワークの階層的な組み替えが組み合わさって、宇宙に時間が流れ、物体が空間を移動しているように、私たちは感じる。
この考察が正しいならば、独立した単一の宇宙スピンネットワークが、1つひとつ単純に組み替わるのではない。
スピンネットワーク内の局所的な量子幾何構造が、過去と未来のスピンネットワークに顕現し、その顕現した幾何構造が、現在のスピンネットワークの幾何構造に投影される、という複雑な現象が生じている。
組み替えにおいて、このように、スピンネットワークの階層が融合すると考えなければ、時間の流れに沿った物理現象を説明することは、不可能に近い。
微分同相変換不変性を援用することによって、この考察を正当化できるかもしれない。微分同相変換不変性によると、時空に特別な座標系は存在しない。時空の一点は、そこで物理的に起きる現象によって定義される。すると、独立した単一の新しいスピンネットワークが、組み替えによって次々と現れるのではなく、個々の現象、即ち局所的な幾何構造の過去から未来に渡る変動が、現在のスピンネットワークに顕現することが、可能になる。
ここまで推論を進めてくると、「量子もつれ」が重要な役割を演じている、と考えたくなる。 アインシュタインは、量子の非局所性という概念で表現された量子もつれに、拒否反応を示した。アインシュタインによると、「神はサイコロ遊びをしない」のだ。大御所アインシュタインの批判によって、非局所性の議論が物理学の表舞台から消えた。 量子もつれが真剣に議論されるようになったのは、特殊相対性理論が発表されてから100年も経ってからだった。
量子もつれを特徴づける非局所性とは、遠く離れたところに存在する2つの量子の物理的な特性が、何の媒介もなしに同期することだ。たとえば、銀河の両側に存在する2つの量子のスピンや運動量が、同期することを予想できる。
同期とは、一方の量子のスピンが上向きならば、もう一方の量子のスピンが下向きになることだ。もつれあった2つの量子のスピンの合計は、必ずゼロになる。この特性から、宇宙はゼロから量子もつれによって誕生した、と考える物理学者がいる。
2つの量子が5万光年離れていても、まるで距離が存在していないかのように、同期は瞬時に行われる。
SF用語のテレポテーションは量子もつれと同義語だ。SFでは、テレポテーションで人間が空間を瞬間移動する。
相対性理論では光速が宇宙で最速の速度になる。どのような物体も物理現象も、瞬時に5万光年の彼方へ移動することも、伝播することもない。
量子もつれは、眼に見えるマクロの世界の物理法則に完全に反する、とても奇妙な現象だ。
さらに奇妙な特徴がある。量子もつれは半減期なしで突然に消えることがある。通常の物理現象では、エネルギー場のこのような突然死はあり得ない。 量子もつれが高次元時空を介した現象ならば、突然死を容易に理解できる。高次元時空へ消えた量子もつれは、私たちの宇宙に痕跡を残さない。逆に、量子もつれが高次元時空から突然に出現する可能性がある。
この量子の特性を利用して、次世代型の量子コンピューターが開発されている。2つの量子が上記のようにもつれた状態が量子もつれで、1量子の場合は状態の重ね合わせと呼ばれる。目に見える物体ではあり得ないが、重ね合わせは、1つの量子が2つの量子状態で1つの物理場に存在していることを、意味する。量子コンピューターではこの重ね合わせが使われる。
重ね合わせを使った、量子コンピューターの実用化が進んでいるので、量子もつれはほぼ実証された現象といえる。量子コンピューターでは、大量の情報を送信するための大量の重ね合わせの制御が難しい。重ね合わせの集団が大きくなると、特定の量子状態が壊れやすくなるのだ。空間の壁を超える量子もつれの検証には、技術的にさらに大きな困難が伴う。
量子もつれは、空間だけではなく、時間的に離れた量子間でも成立するという研究論文が、最近発表された。 時間的に離れて存在する量子の間で、物理的な属性が同期する。 これは、今ここに存在している量子の物理的特性が、過去あるいは未来に存在する量子と、同期することを意味する。 物理現象が、空間ばかりか時間の壁も乗り越えてしまう。
ここまで述べてきたように、 ループ量子重力理論の時間は、現在のスピンネットワーク幾何構造と、過去や未来のスピンネットワーク幾何構造が階層化し、それらの階層が融合することによって顕現する、と思われる。空間と時間を超えて量子を同期化する、量子もつれが証明されれば、この階層の一体化が生じていることを示す、有力な証拠になる。 これはまた、閉鎖的な背景独立性の宇宙像の概念には、根本的な誤りがあることを確証させる。
宇宙空間が限りなく縮小すれば、全てのノードが密集・密着する。超大質量体積量子の中では、ノードから出るリンクが極限にまで折りたたまれるので、空間が極端にゆがむ。宇宙を孤立系と仮定すると( ループ量子重力理論の前提条件)、宇宙誕生時には、現在の宇宙に存在する全てのノードとリンクが、そのような凝縮塊の中に存在していた。
現在の宇宙には合計で10
80
個程度の量子が存在している。最小の体積量子の体積は10
-99
立方cmなので、10
80
個の量子が隙間もなく密着すると、体積量子の凝縮塊は10
-19
立方cmになる。これが、宇宙の特異点の大きさとして計算される最小値だ。宇宙の真空エネルギーも圧縮されるので、実際の特異点はこれよりも大きい。
10
-19
立方cmよりもある程度大きい立体でも、日常的な感覚では極微と判断される。けれども、量子レベルでは小さいとは言えない。
ループ量子重力理論が正しいならば、誕生時の宇宙特異点は、無限小どころか、量子世界の尺度からはかなり大きいことになる。
私たちの宇宙よりも空間次元が1つ多い、4次元空間宇宙の大きさについて、オスカー・クラインが1926年に述べた。 「4番目の空間次元は、3次元空間の中に小さく埋め込まれている」。 超ひも理論によると、6つの空間次元が小さく丸まった宇宙が、私たちの宇宙に隠れている。隠れた高次元空間は余りにも小さく、観測は不可能だ。 極微の4次元空間から4番目の空間次元が除かれて、私たちの3次元空間宇宙が誕生した。 この理論によると、宇宙誕生において、小さな空間から大きい空間への転換があったことになる。小さいとは言っても、「無」ではないところにポイントがある。
私たちの4次元時空は、誕生前だけ高次元時空と一体化していたのではない。今でも高次元時空と一体化していることを、量子もつれが示している。空間と時間を超えて量子が同期することは、物理法則を適用可能な範囲ではあり得ない。物理法則が破たんする時空の存在を想定する以外に、選択の余地はない。
スピンネットワークが宇宙空間そのものならば、宇宙の端はどうなっているのだろうか?
微分同相変換不変性は、宇宙の端を考えるときにも重要な意味を持つ。宇宙の中にいる観測者が宇宙の端を思い描けないことを、これによって証明できるからだ。
特殊相対性理論によると、観測者が存在する場所の時空は、宇宙の他の場所の時空とは異なる。
微分同相変換不変性があるために、観測者は、無数の異なる時空が寄り集まった、宇宙全体に適用できる普遍的な物差しを持っていない。観測者にとっては、端の観測が不可能な宇宙が、茫洋と広がっていることになる。
宇宙の現在の直径は930億光年と計算される。これは、視点を宇宙の外側に置いたときにのみ、観測値として成り立つ値だ。宇宙の外側にある座標系から私たちの宇宙全体を眺めれば、特定の座標系の中に宇宙を置くことになり、直径を求めることができる。
3次元空間宇宙に住んでいる私たちが、宇宙の端を認識できない理由を、高次元時空との関連で直感的に理解できるように
「外側から見た私たちの宇宙」
で説明したので、参考にしていただきたい。
ここまで、ループ量子重力理論と超ひも理論を融合することによって、多くの疑問が解明される可能性があることを述べた。けれども、 背景依存性の超ひも理論は、ブレーン空間の微小振動を量子の基本概念にしているので、量子幾何構造が空間を構成していると考える、背景独立性のループ量子重力理論と融合させるには、何らかのブレークスルーが必要になる。 両理論の統一は容易ではない。
超ひも理論では、重力子以外の量子の相互作用は、ひもの開いた両端が、他のひもに結合することによって発現する、と考える。閉じたひもである重力子は、開いたひもとは全く異なる反応機序を示す。量子どうしの間で重力子が受け渡されることによって、物体に重力場が形成される。この相互作用の説明は、ループ量子重力理論とは異なるが、この違いは、両理論の発想の原点に横たわっている決定的なものだ。
ループ量子重力理論では、最も小さい3角錐体積量子から出るリンクの数が、4本になる。エネルギーの吸収によって質量が増えれば、体積量子も面積量子も増え、3角錐よりも大きい多面体になる。これによってリンクの数も増す。一方、超ひも理論では、開いたひもが、他のひもと相互作用する箇所はひもの両端なので、作用箇所は2箇所に限定される。 数多くのリンクをひもの2個所に集中させる理論的なアプローチがなければ、相互作用の観点からの両理論の融合は不可能だ。
上のような問題を理解した上で両理論を統合し、新しい量子力学の概念を打ち出すのは、間違いなく難しい。けれども、科学は常に進歩を続ける。理論物理学者の努力によって、統一理論が完成する日が来ることを信じたい。