量子論が描く驚異の宇宙像(第1部)
Essay 30

エントロピー増大で宇宙は死ぬか?

和戸川の関連書籍「無から湧き出る宇宙
2012年11月27日(更新2024年7月16日)
和戸川 純
宇宙終末論に反論する背景

これまでの評論で、宇宙誕生から生物の進化まで、私の推論を幅広く展開した。宇宙から生物に至る存在のダイナミズムを、複眼思考で解明しようとした。最新の知識を使いながら、その知識を超えた世界を構築するために、私自身の想像力の限界にいどんだことになる。以上の評論では、時間的には過去から現在までをカバーした。今回の評論において、遠い未来の宇宙の姿を描きたい。

今までの宇宙論の多くが、悲観論を土台に未来像を描き出した。そんな宇宙論を調べれば調べるほど、気が滅入ってしまう。悲観論の一例として、日経サイエンス2012年6月号の特集「宇宙100兆年の未来」をあげておく。「100兆年後の宇宙は、星が存在しない暗い宇宙になる」、と述べている。この仮説には、核融合に必要な軽い元素がやがて宇宙には存在しなくなる、という前提がある。恒星内部で、核融合によって軽い元素から重元素が作られるので、軽い元素がなくなれば重い元素も存在しなくなる。 暗い死んだ宇宙という未来。この仮説は、以下に述べる、エントロピー増大の法則が予想する宇宙の未来と重なるので、エントロピーが増大し続けることを想定していることになる。

宇宙の死という悪夢は、数百億年か数百兆年もの未来に現実になるという話なので、毎日の生活とは何の関わりもない。現在の宇宙に生きる者としては、超未来の夢想に関わりあって取り越し苦労をする必要はない。けれども、上の悲観論を少しでもくつがえすことができるならば、この宇宙に生を受けた者としては、多少なりともストレス解消になる。
この評論に書かれていることを荒唐無稽と笑わずに、皆さんもストレス解消の種を見つけてもらいたい。超未来を平和にしたい、私の壮大なチャレンジに最後までつきあっていただければ、幸いだ。

広く受け入れられている、漆黒の空間が広がる死んだ未来の宇宙を説く理論に対して、比較的支持者が多い別の理論によると、宇宙は、やがてビッグクランチと呼ばれる収縮を始める(「時空を超えるネットワーク」を参照していただきたい)。最終的には、超高密度の真空エネルギーが凝縮した、極微の宇宙になる。そこでは物理法則が破たんしているので、その存在は「無」と判断される。そこから再度ビッグバンが始まり、宇宙が再生する。膨張と収縮を繰り返して、宇宙が永遠に再生を続けると説くのが、サイクリック宇宙論だ。
上記の理論は、どこかの時点で、星のような構造物が存在しない、生物にとっては地獄のような宇宙が顕現することを、想定している。楽天的な私は、これらの悲観的な理論や仮説には大きな無理がある、と考えている。これから書くように、先入観を捨てて、全ての現象のあるべき姿を素直に思い描けば、「物質エネルギーである原子を基本的な素材とする、今の宇宙の構造が、今後も保たれる」、と結論づけざるを得ない。遠い未来の宇宙は、死んでしまうどころか、今よりももっと活動的でにぎやかになる可能性がある。

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遠い過去や未来の宇宙像を描くときには、現在の科学技術では観測が不可能な世界にまで、思いを馳せなければならない。その思索において最も大事なことは、「無理のない自然な思考をする」、ということだ。 思考が自然であればあるほど、その思考から生み出される仮説や理論は真理に近くなる(アインシュタインの主張)、と考えていい。 このことは、 「無数の惑星に生物が誕生」で特に強調した。人間の過剰な自意識が不自然な論理を生み出し、目を曇らせてしまうことを心配したからだ。

今回の評論では、宇宙の死を予測する、広く受け入れられている理論や仮説にまず触れる。後半において、これらの理論や仮説の矛盾点を指摘する。この矛盾を乗り越えるために、私は思いきりよく飛躍することを試みる。

自然や社会を規定するエントロピーの法則

エントロピーという言葉は、もともとは化学の熱力学分野において使われた。この言葉の定義は、「状態を規定する熱力学量」というように難しい。「ある系(システム)の中における物質の状態を表す指標」が、もう一つの定義になる。両方とも素人には分かりにくい。

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外部から完全に隔離された系を「孤立系」と呼ぶ。この系は、外部との間でエネルギー(仕事や熱)も物質も交換しないので、内部で生じる熱変化は断熱変化になる。これに対して、「開放系」においては、外部との間で物質とエネルギーのやり取りが自由に行われる。「散逸系」は、熱力学的に非平衡の状態にある開放系だ。孤立系と開放系の間に「閉鎖系」がある。この系では、外部との間でエネルギーのやり取りが行われるが、物質の移動はない。

これから「熱」という言葉がしばしば出てくる。この言葉を「エネルギー」と読み替えれば、誤解が少なくなることをお断りしておきたい。アインシュタインの有名な公式E=mc 2 は、エネルギーと物質が等価であることを示している。エネルギーは物質に変換され、物質はエネルギーに変換される。即ち、熱とエネルギーと物質は、異なる物理的特性を持つが、基本的にはエネルギーの概念でくくられる。

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孤立系におけるエントロピーを説明するために、次のような例が教科書にあげられている。

「一つの容器の中で熱い湯と冷たい水を混ぜると、間もなく生温い湯になる。熱は高温部から低温部へ拡散するが、その逆はあり得ない。この孤立系内部の断熱変化の結果、エントロピーが常に増大することになる」

これがエントロピー増大の法則だが、上の例は、エントロピー増大の説明としては分かりにくい。エントロピーの定義を具体的に書くと、「マクロの系におけるミクロな状態の配置構成の数」になる。定量的な言葉で述べるならば、「ミクロな状態の可能な数の対数に等しい」。この定義に沿った次のような例がよく使われる。

容器に入った水にインクを1滴落とす。初期状態ではインク分子が集合しているので、分子の配置パターンの数は最小だ。分子の所在には本質的に非因果性があり、時間の経過とともに分子が液体中へ自由に拡散する。個々のインク分子が配置される可能性のある空間領域が、容器内に広がる。その拡散過程における、一つひとつの分子の移動には様々な可能性があり、拡散とともに可能な配置パターンの数が増す。これによって、この系のランダムさ=無秩序さ、即ちエントロピーが増す。
インク分子が水に一様に分散した状態で、エントロピーが最大になる。もとの純正インクに戻ることはないので、エントロピーの減少はあり得ない。

エントロピーの増大とは、系が無秩序になることを意味する。物質は、無秩序になるという本性を有している。ただし、この無秩序化には限界がある。最終的な無秩序の状態を平衡状態と呼ぶ。この平衡状態下にある無秩序は、「それ以上は何も起こり得ない永遠の安定」、と定義することができる。

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この一方向にしか進まない熱力学的現象に、もう一つの一方向にしか進まない質的に異なる現象を関連づけて、説明を試みる専門家がいる。もう一つの現象とは時間だ。時間は、私たちの宇宙においては、過去から未来へしか流れないように思われる。逆行することはない。以上のニつの現象を統一して表現すると、 「人間は、エントロピー増大の方向を時間の流れの方向と認識する」 、となる。エントロピーを熱力学的時間の矢といい、時間を意識の時間の矢という。
ところが、目に見える範囲の宇宙の外へ足を踏み出すと、様相が全く異なってしまう。そこでは時間が一方向へ流れることはない。エントロピーの増大と時間の経過に関する定義が、完全に破たんする。「多次元時間が1次元になる不思議」で時間の実態に迫っているので、参考にしていただきたい。

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もう少し身近な例を使って、エントロピーの概念を現実世界に広く敷衍してみたい。

秩序、無秩序という概念に注目すると、エントロピーという言葉を、物理学や化学以外の分野でも広く使うことができる。今では、統計学、情報理論、生物学、哲学、その他多くの分野で、この言葉が使われている。エントロピーという言葉の使い方の例を、いくつかあげておく。

  1. 孤立系に近い日本の政治のエントロピーは急速に増大しており、混乱が増している。政治のエントロピーを小さくし、政治に秩序をもたらすために、国民の一人ひとりが、自分たちのエネルギーをもっと政治に注がなければならない。

  2. ゴミ屋敷の住民は、無秩序極まるエントロピー極大の状況下でも、平気で生活をできる。ゴミを片づければ、その部屋のエントロピーは小さくなる。本人にそれができないならば、ゴミ屋敷報道に興味のあるテレビ局が、本人に代わって業者を手配し(エネルギーを供給し)、部屋の片づけをすればいい。

  3. 金目当てで男を殺す女のニュースが続いている。こういう女は、最も身近な人間に実害をもたらすばかりか、このニュースに接する多くの人々に心理的な動揺をもたらし、社会のエントロピーを大きくしてしまう。警察はエネルギーを注いで事件を解明し、社会のエントロピーを小さくしなければならない。

閉鎖系の地球に誕生した開放系の生物

次に思考の対象を少し変えて、エントロピー増大の法則を生物の生存原理に適用してみたい。

私たち生物はこの宇宙の申し子だ。佐藤さんのからだも斉藤さんのからだも、全宇宙を動かしているエントロピー増大の法則に乗っ取って、作り上げられている。ただし、私たちがここに存在するようになるまでに、進化の長い歴史が必要だった。

30数億年前の太古の時代に、炭素、リン、水素、酸素などの原子が結合した分子を材料にして、生物が誕生した。原始の混沌とした海の中で、原子と分子が複雑な結合を積み重ね、単細胞生物を作り上げた。単細胞生物は環境の激変に耐えながら、助け合いによってより効率的に生存を続けるために、共生の生態系を作り上げた。即ち、多細胞生物の誕生だ。
進化の最後の段階に現れた人類は、自然界の資源を積極的かつ大規模に利用することによって、人類にとって都合のいい生活環境と社会秩序を、意図的に構築するようになった。

生物が今までに経験してきた進化とは、混沌とした無秩序を生存に最適な秩序に組み上げ、やがて高度に組織化された秩序を確立するプロセスだった。ただし、地球が完全な孤立系ならば、このような進化は起こり得なかった。生物の活動が、地球環境中のエントロピーを増大させ、地球は、生物が住むには不適当な惑星になってしまったからだ。
その実例の一つを書いておきたい。「絶滅をバネに進化する生物」にこのプロセスを詳述したので、読んでいただきたい。25億年前に、最初の生物であるバクテリアの大増殖によって、栄養素として取りこんでいた、発酵作用に必要な糖と酸が海中から消えてしまった。バクテリアの多くが死滅した。生き残ったわずかな数のシアノバクテリアが、太陽エネルギーを生存のために使う方向へ進化した。現在の植物がやっている炭酸同化能を獲得し、光合成を行うようになった。このシアノバクテリアのおかげで、酸素が大気中に初めて蓄積されるようになった。

地球は太陽からエネルギーを得、彗星や隕石によって物質の供給を受けている。今この瞬間においては、太陽エネルギーしか宇宙から供給されていないように、私たちには思える。しかし、海水は、太陽系の外縁から飛来する、彗星由来の水(氷)をもとにしてでき上がった。生物のからだを構成している有機化合物の多くが、宇宙空間で誕生し、そこから地球へ供給されたと考えられる(「ビッグバンから始まった生物の進化」)。

宇宙からの物質とエネルギーの供給が、地球上で生命が誕生するために、決定的に重要な役割を果たした。人類を含む地球上の生物は、宇宙の申し子なのだ。逆に、地球から宇宙へのエネルギーや物質の移動は、無視できるくらいに小さい。地球という系の外部とのやり取りは一方通行だ。従って、地球は孤立系に近い閉鎖系(「孤立閉鎖系」と呼ぶことにする)ということになる。

孤立閉鎖系の特徴を有する地球においては、増大するエントロピーが系の外へ移動することがない。太陽エネルギーが地球上で低エントロピー物質を作り上げ、増大するエントロピーを相殺している。生物は、食物として低エントロピー物質を体内へ取り込むことによって、生存が可能になる。生物の進化と生存、即ち秩序だったより複雑なからだの構築と維持に、最も貢献しているのは、太陽ということになる。

宇宙の局所に、地球のようにエントロピーが減少する惑星がある。しかし、エントロピー増大の法則によると、全宇宙的なスケールで眺めれば、エントロピーは小さい状態から大きい状態へ移行している。「宇宙は、秩序のある状態から無秩序な状態へ、間断なく変化を続けている」、とこの法則が述べている。

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次に、焦点を私たちのからだに絞り込んで、エントロピー増大の法則を考えたい。ここでは、一つのからだが一つの系になる。

胎児の脳や心臓などの器官が形成される前に、胎児のからだが、母体である外部環境から完全に隔離された、と仮定する。孤立系になった胎児の体内のエントロピーが増大し(代謝が無秩序になり)、脳も骨も胃も腸も作られなくなる。
胎児体内の全ての器官が形成されてから、産まれる。新生児を外部から隔離して孤立系にすると、どうなるだろうか?皮膚を含む全ての器官が、無秩序になる方向へ変化を始める。器官が溶解し、単なる溶液だけが、新生児がいた場所に残る。

出生後もからだの構造を維持するために、エントロピー増大の法則にさからうメカニズムを、進化は作り上げなければならなかった。そうでなければ、人類を含む高等動物は、成熟する前に上の例のように死んでしまった。進化が成し遂げたのは、皮膚1枚を境にして、外部とエネルギーや物質のやり取りができる、開放系の構築だった。

動物は、からだの中に多様な器官を作り、それらを機能させるために、からだの外部から食物などによってエネルギー、即ち負のエントロピーを取り入れる。体外から供給されるエネルギーが、体内で増大する正のエントロピーを相殺する。混沌をもたらす余剰な正のエントロピーを、尿や大便などの老廃物として体外へ排泄する。
呼吸によっても、エネルギー源としての酸素を取り入れ、老廃物としての炭酸ガスを放出している。気温の変化に対しては、汗をかいたり、鳥肌を立てたりして体温調節を行う。これらも、エントロピーの低い状態をからだの中に作り出すことに貢献している。

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多くの疾病をエントロピー増大の視点から説明できる。

尿毒症は、体内で生じたエントロピーの高い老廃物が、体外へ排泄されないために発症する。真夏の炎天下で発症する熱中症は、体内にたまった熱エネルギーがエントロピーを増大させ、不要な熱を体外へ放出する機能が低下することによって、発症する。
細胞内のエントロピーが増大すれば、細胞の正常な機能が失われ、細胞はがん化する。免疫細胞のエントロピーが増大すれば、がん細胞を攻撃する能力が失われ、がんの進行が速まってしまう。

エントロピー増大の法則の桎梏

上述したように、エントロピー増大の法則によると、エントロピーの増大が時間の流れと人間には認識される。熱力学的時間と意識の時間の2本の矢のおかげで、年令とともに、からだ中の全ての組織が、エントロピーの高い状態へ移行する。即ち老化が進行する。時間の矢のおかげで、どのような努力をしても高齢化した人間が若返ることはない。不老不死の薬はあり得ない。
テレビで宣伝している、若返りのサプリメントや若返りの体操は、意味がないことになる。どのような努力をしても、体内のエントロピーが極限にまで増大することを、誰にも止めることができない。全ての個体に死がおとずれる。

確かに巨視的に見た現実はそうなっている。ただし、余り悲観的になる必要はない。上に書いたように、 人間のからだは開放系だ。食物や空気を介して低エントロピー物質を体内へ取り込み、尿や大便として高エントロピー物質を体外へ排泄する。適切な食事を取り、からだを使う運動や頭を使う学習を継続することによって、老化を遅らせることが可能になる。

開放系のからだは、生存に必要な環境との対話のために、驚くほど高度に組織化されている。散逸構造になっていることも生存には有利だ。この解放散逸系においては、体表のバリアを通して外部環境と体内の間を物質が行き来し、体内が低エントロピー状態に保たれる。
からだは、負のエントロピーを外部から取り入れ、体内で生じた正のエントロピーを外部へ放出する。外部とこのようなやり取りをしながら成長し、環境に適応し、進化する動的な非平衡系になっている。生物の進化は、激変する環境との動的な対話をもとに進行するので、環境によって規定される(詳しくは「絶滅をバネに進化する生物」で述べられている)。

体内のエントロピーは、変化する外部環境から直接的な影響を受けることを、ここで特に強調しておきたい。私たちは自然環境の一部として存在している。環境は人類が征服するための対象ではなく、うまく折り合っていかなければならないものだ。この対応を誤れば、人類を含めた全ての生物の存在が危うくなる。ただし、「言うはやすく、行うは難し」。大自然の中で生物として存続するために、私たちは外部環境から差別化され、環境から独立していなければならない。即ち、孤立系の特質も生存には必要だ。この特質を失うことは、無機的な大自然の一部になることを意味する。生物として存在しなくなる。
環境に開放されている開放系の特質も維持しなければならないので、相矛盾する二つの特質の間の強い緊張関係のもとに、生物は生きている。人類は、環境破壊を承知の上で自然を利用し、高度な文明生活を維持している。バランスを取るのは困難だ。

人類が、正のエントロピーを外部環境中に増大させ過ぎれば、地球環境に無秩序をもたらし、最悪の場合には全ての生物が絶滅する。太陽エネルギーが供給する負のエントロピーに見合った範囲内で、正のエントロピーを増大させることが必要になる。


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