Essay 75

宇宙誕生の瞬間

和戸川の関連書籍「無から湧き出る宇宙
2021年6月29日
和戸川 純
極微と極大が同質

極微の実体である量子と極大の実体である宇宙の間には、物理場を介した接点がある。両者を物理的に隔てる絶対的な壁は存在しない。

図1.宇宙と量子の同質性、大きさと存在時間

量子力学では、トンネル効果は量子レベルで議論されることが多い。けれども、誕生時の宇宙がプランク・サイズだったことを考慮すると、大きさの上からは、1つの宇宙がトンネル効果で次元の壁を乗り越えることに、矛盾がない。トンネル効果は量子の波としての性質に結びついている。高次元時空側の宇宙の特異点がゆらぐことによって、トンネル効果の引き金が引かれ、宇宙エネルギーが4次元時空方向へ噴出する。そのうちの1つが、私たちの宇宙のホワイトホールになった(図2)。

大きさだけではなく時間においても、量子と宇宙の間に絶対的な差が存在しない。真空のエネルギーの実体として、仮想のバーチャル粒子を想定する主張がある。空間の至るところで、正と負のバーチャル粒子が瞬間的に対生成で誕生し、一瞬のうちに対消滅で消えている。バーチャル粒子が存在する時間は、10-22秒程度と余りにも短く、どのような観測手段を使っても、その存在を証明することは不可能だ。
一方、インフレーションの継続時間は10-33秒ほどだった。バーチャル粒子の存在時間の約10分の1程度で、とても短かかった。宇宙の進化において、決定的に重要な役割を演じたインフレーションの継続時間が、バーチャル粒子の寿命よりも短かいことには、大事な意味がありそうだ。

ただし、上の論考は、視点を現在のマクロ宇宙の座標系に置いたときにだけ、成立する。「高次元時空エネルギーで変貌する宇宙構造」で述べたように、宇宙誕生時の座標系から誕生時の宇宙を見ると、この論考は通用しない。また、量子世界の座標系から量子の物理現象を観察すると、マクロからの観察とは異なる結論が導き出される。

高次元ブラックホールから誕生する宇宙

宇宙の一生が終わるとき、空間が崩壊し、1つの宇宙が巨大な宇宙ブラックホールに変貌する。超巨大質量を有する宇宙ブラックホールが、高次元時空を飛び回っている重力子を引きつける。重ね合わせによって、莫大な量の重力子が崩壊した空間に詰め込まれる。宇宙ブラックホールの特異点が限りなく縮小する。
物理場が質的に変貌し、高次元要素が4次元時空に加わる。特異点が高次元時空と一体化し、高次元時空へ通じる穴になる。宇宙ブラックホールの特異点に集中していた全エネルギーが、高次元時空へ落ち込む(「高次元時空エネルギーで変貌する宇宙構造」の図5)。宇宙ブラックホールの特異点が4次元時空から消える。

通常の大質量星ブラックホールから、高次元時空へ通じる穴が開くことはない。ブラックホールの事象の地平面の半径(シュヴァルツシルト半径)が、質量に比例することが知られている。この観測結果は、大質量星ブラックホールに存在する質量が、宇宙に滞留していることを示している。

宇宙ブラックホールの特異点エネルギーは、高次元振動をする重力子にからめとられているので、特異点は高次元振動場になる。高次元時空の時間は4次元時空のように直線的ではなく、過去と未来が入り混じっている。それ以外の時間も存在するかもしれない。時間差を置いて、多くの宇宙ブラックホールから落ち込んだエネルギーが、同時に落ちん込んだように高次元時空で混じり合うことが可能だ。

対称性の自発的な破れによって、高次元ブラックホールのエネルギー場に励起が生じる。不安定な物理場に時空の壁を乗り越えるトンネル効果が生じ、4次元時空方向へ宇宙ブラックホールのエネルギーが噴出する。それが宇宙ホワイトホールになり、私たちの宇宙を誕生させた。ホワイトホールの特異点が高次元時空へ通じている間は、高次元時空からエネルギーが流入し続ける。誕生した瞬間に、宇宙の全エネルギーが特異点に存在する必要はない。

高次元時空に無限量のエネルギーがプールされているので、励起場すなわちホワイトホールが、無数に誕生していると思われる。超ひも理論の限界を越えて思索を広げると、高次元時空の次元数が無限になる(「高次元時空エネルギーで変貌する宇宙構造」)。ホワイトホールの次元が無限に多様になることから、あらゆる次元領域で、多様な次元の宇宙が誕生していることを予想できる。

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拙著「無から湧き出る宇宙」では、高次元時空で正と負の励起場(正と負の宇宙)が対生成で誕生し、対消滅で消えている有様を描いている。宇宙ホワイトホールの誕生以前に、宇宙進化の過程を一つ加えたことになる。その論考では、正の宇宙の数がやや多く、正の宇宙が対消滅から生き残ることを想定している。正の宇宙には、負の量子よりも正の量子のほうが多い。それによって、対消滅から生き残った正の量子から成る、私たちの宇宙が形成された。

3次元空間宇宙のブラックホールの事象の地平面は、2次元の平面になる。高次元空間宇宙ホワイトホールの事象の地平面は、最初は4次元以上の空間だが、最終的には3次元にまで次元が減少する。高次元要素を残しながらも、3次元空間宇宙の形態を取ったこの事象の地平面が、宇宙誕生直後に形成された素スピノール場に相当する。最終的に、3つの空間座標と1つの時間座標だけが生き残り、私たちの宇宙が誕生した。

宇宙誕生の瞬間

宇宙誕生時に、物理法則が破たんしているために「無」と判断される高次元時空から、莫大な量のエネルギーが湧き出た。場の量子論からは、宇宙誕生時の最も原始的な物理場には、時間と空間以外に余剰な次元が含まれていた。その無限小の特異点では、4次元時空の物理法則が破たんしていて、時間やエネルギー、それに輻射が互いに変換されていた。場が極端に凝縮していたので、物理要素が均衡した時空平衡の場だった。量子力学的な表現を使えば、平坦なポテンシャルの場だった。

図2.高次元時空からトンネル効果で出現した宇宙特異点

高次元ホワイトホールの特異点は、高次元要素を含む素スピノール場(事象の地平面)でおおわれていた。素スピノール場に物理法則をそのまま適用することはできず、認知の観点からは無事象の場になる。素スピノール場では、素の重力場、素のヒッグス場、素の電磁場が、無限密度で均一に重なり合い、時間が凝縮されていた。
素のエネルギーの振幅(波の高さ)が無限大だったので、エネルギー準位が無限大だった。しかし、エネルギーは平衡状態にあったので物理場は凍てついていた。時間・物質・反物質・輻射の混沌とした混合状態が、1方向へ変化することはなかった。

エネルギーの動的な関係性の表れが時間になるならば、エネルギーが凍てついた状態では、観測者には時間が停止しているように見える。これは虚数時間の概念とは異なる。ループ量子重力理論(「宇宙を構築する究極のドット量子」)によると、宇宙は時間と空間の分割不可能な最小単位から成る。この理論を使って、観測者にとっての時間が停止していた宇宙の端点を設定できる。

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超ひも理論の視点からは、素スピノール場ではひもが超高密度で密集・凝縮した素の状態にあり、ひもの物理特性が発現することはなかった。ひものエネルギーは平らに振動する平衡状態にあった、と表現できる。ひもには、容易に融合したり分裂したりする能力が備わっているので、素のひもの場には、ひもの素のエネルギーが一体になった巨大ひもが圧縮されていた。

特異点のひもは高次元方向へ振動していた。高次元ひもが、私たちの3次元ブレーン宇宙に付着するためには、付着部において3つの次元が選ばれなければならない。重力子以外の量子が誕生するとき、ひもが断裂してその両端が3次元になったが、本体部分の高次元振動には変化がなかった。

ホログラフィック原理によると、私たちの宇宙である4次元時空は、5次元時空が4次元時空に投影されたものだ。投影の順序を上位次元にたどると、4次元時空の投影元が5次元時空になり、5次元時空の投影元が6次元時空になる、というように順次投影元の次元が上がる。超ひも理論のブレーン階層と概念が似ている。  
投影のブレーク・ダウンが始まる最高の次元時空は、私たちの宇宙の物理法則と数学公理を使って確立された超ひも理論では、10または11次元になる。しかし、高次元の未知の物理学と数学を使えば、最高次元数が無限に大きくなる可能性がある。それが私の夢想で、その夢想が拙著「無から湧き出る宇宙」で顔を出している。

宇宙誕生時に存在した巨大ひも
図3.宇宙誕生時に存在したひもの凝縮塊

超ひも理論を使って、宇宙誕生時の物理場を次のように表現できる。この物理場は、上述した、宇宙ホワイトホールの特異点を被う事象の地平面に相当する。

すべてのひもが合体してできた、エネルギー的に平坦なひもが、ホワイトホールに凍てついていた。対称性が破れてひもの場が不安定になり、重なり合いが解消された。ひもの振動がエネルギーとして顕在化したために、バネのような斥力が空間に生み出された。

ひもが存在していた極微空間の広がりが、ひものサイズである10ー34mを超えると、ひものエネルギーが巨大ひもに変貌した。空間の膨張がひもの巨大化を助けたが、それは一瞬だった。不安定になった巨大ひもが次々に分裂し、ひもの大きさがプランク・サイズに収束した。ひもの密度が急速に増したために、超高密度のひもが斥力になって宇宙の膨張が加速された。
ひもは波動関数によって規定されるので、高次元時空からの何らかの影響によって、私たちの宇宙の物理場ではプランク・サイズで最も安定すると思われる。

最初に誕生した量子は、閉じたひもである重力子と考えられる。超ひも理論では、重力子は時空の壁を乗り越えて高次元時空を飛び回る。重力子が宇宙誕生に関与しているならば、宇宙誕生は、全ての次元時空における普遍的な現象になる。

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超ひも理論が述べる上の概念を標準理論で理解すると、素のひもの凝縮塊が、無限大準位のゼロ点振動を生み出すことになる。標準理論によると、自発的対称性の破れによって真空のエネルギーが誕生し、真空の相転移にともなってエネルギーが局在化した。それが量子誕生の最初のステップになった。この物理現象の変遷が、折り重なったひもがほぐれて空間に斥力を与え、宇宙が膨張すると同時に、プランク・サイズになったひもの1つひとつが分離・独立する過程と一致する。

宇宙誕生の直後

熱エネルギーは、分子や原子が持つ運動や振動のエネルギーだ。量子レベルの熱エネルギーは、確定的な境界を有しない励起場の乱雑な振動と定義できる。素スピノール場に存在した無限大準位の振動エネルギーは、熱エネルギーとしては顕在化していない潜熱だった。

図4.自発的対称性の破れが量子誕生の引き金

素スピノール場で、自発的対称性の破れが原因になって平衡状態が崩れ、凍てついていたエネルギー場の局所に濃淡が生じた。素スピノール場がスピノール場に変換され、場の振動エネルギーが共鳴状態を形成した。凍てついていた無限準位の素のエネルギーが、有限準位の原始エネルギーに変わった。不完全ながらも物理法則が適用可能な、原始重力場、原始ヒッグス場、原始の力(大統一力)が誕生した。この原始的な物理場がスカラー場に変貌し、電気的に中性な場から正と負の場が分離した。それらの場はからみあっていたので、エネルギーの遍在化によって同時に励起され、各物理場で電荷が正反対の粒子と反粒子が対生成で誕生した。

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スカラー場は基本的な物理場の概念だが、共通の理解が進んでいるわけではない。一般的には、現在の宇宙のスカラー場とヒッグス場を同義語として扱うことが多い。その場合は、ヒッグス粒子が唯一のスカラー粒子になる。スカラー場の理解に異論のあることが、種々の宇宙論を登場させる理由の1つになっている。

スカラー場エネルギーと真空のエネルギーの類似性に、注目する説がある。その主張によると、宇宙がどれほど膨張しても、1立方m当たりのスカラー場エネルギーはほぼ一定している。相対性理論では、飽和状態にある高準位の正と負のゼロ点振動が、真空のエネルギーとして宇宙に永遠に存在する。この真空のエネルギーに相当する物理特性を有するスカラー場エネルギーが、インフレーションの原因になったとされる。

上の仮説には無理がある。宇宙が膨張してもスカラー場のエネルギー密度が一定に保たれるならば、宇宙はインフレーションと同じ凄まじいスピードで、現在も膨張していなければならない。これは観測結果とも標準理論とも完全に矛盾する。

また、無限大に近い準位のスカラー場エネルギーで、膨張する宇宙が永遠に飽和されているならば、そのエネルギーの由来が問題になる。宇宙に孤立系という前提を与えると、無限量のエネルギーを有限の空間に詰め込まなければならない。数学的な逃げ道として、振動には正と負があり、同時に存在すればゼロになるので、有限の空間に無限量を詰め込むことができる。けれども、正と負の振動が物理的実体として存在するならば、膨張した空間では、スカラー場の両振動が減少しなければならない。数学的には可能でも、物理的には両振動が飽和状態で保たれることは考えにくい。

流れ始めた時間

スカラー場の誕生と同時に3次元の空間が選択され、1次元の時間が流れ始めた。時間・反時間が対生成された。時間の対生成・対消滅は、物質量子とは根本的に異なる原理に沿って生じる。なぜならば、時間がエネルギーを持つとは考えられないからだ。エネルギーとしての光子の添加によって時間が対生成されたり、時間の対消滅で光子が放出されることもない。
時間誕生の原理は不明だが、T対称性(時間の対称性)の自発的破れによって正の時間が勝るようになった。対消滅で生き残った正の時間が選択され、現在の時間が宇宙に流れ始めた。ただし、これはマクロのレベルの話で、既に述べたように量子世界では高次元要素が表出している。

図5.多次元時間から1次元時間が選択される過程

スピノール場がスカラー場に変換されると同時に、原始物理場が誕生し、物理法則が完全に適用できるようになった。宇宙誕生から1プランク時間(5x10-44秒)後に宇宙の直径が1プランク長さになった。原始重力場で1回目の真空の相転移があり、物理場の重ね合わせが解消されると、エネルギーが一気に解放された。このエネルギーによって原始重力場が励起され、10-43秒後頃に重力子が誕生した。この重力子が宇宙で最初に誕生した量子だった。場の振動が熱エネルギーとして顕在化すると、そのエネルギーが空間を膨張させたが、それは一瞬のできことだった。空間の膨張が温度を低下させ、宇宙の膨張速度が急減した。

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インフレーションが開始されるまでの誕生から10-43秒後頃までを、プランク・サイズの宇宙が存在したプランク時代と呼ぶ(図5)。
最小の宇宙空間に存在することができるエネルギーの最大量は、1プランク・エネルギーの2.0x10J(ジュール)だ。このエネルギー量が、1プランク時間後にプランク・サイズの空間場に存在した。1gの物質がエネルギーに変換されると9.0x1013Jになるので、私たちのマクロの尺度からは1プランク・エネルギーは多いとは言えない。けれども、これだけのエネルギーが1プランク長さの極微空間に閉じ込められると、1プランク温度の1x1032度kという凄まじい超高温になる。宇宙誕生最初期におけるこの高温を超える温度は、宇宙には存在しない。

1プランク・エネルギーは、宇宙全体のエネルギー量としては余りにも少ない。ここからも、宇宙誕生後に、外から宇宙へエネルギーが流入したことを推測できる。

宇宙誕生で重力子が演じた中心的な役割

最初に誕生した量子が重力子だった理由を、次のように説明できる。超ひも理論によると、閉じたひもである重力子が、時空の壁を乗り越えて自由に飛び回っている。重力子が、全次元に共通な物理特性を備えていることは明らかだ。開いたひもである他の量子は、3次元に特有な物理特性をひもの末端に有していて、3次元のブレーンに付着する。すなわち、宇宙である3次元ブレーンが完成する前は、重力子だけが原始的なブレーンに存在した。

高次元時空から3次元ブレーンへ飛来する重力子は、多数の次元に普遍的な物理特性を保っていて、エネルギー的に最も安定している。重力子と3次元ブレーンの間の相互作用は弱い。その結果、開裂をせずに、重力子のひもの一部がブレーンに一瞬だけ付着する。これが、ブレーンにしっかりと付着している、他の量子との重力相互作用が極めて弱い理由かもしれない。

図6.宇宙空間に斥力を与えた超高密度重力子

原始重力場の場の重なり合いがほどけ、量子力学的な進化を経ずに完全な重力子が出現した。他の量子の誕生には 、閉じたひも(重力子)が開裂し、そのひもの両端が3次元ブレーンに付着するという、より複雑な過程が必要になる。
原始重力場から誕生した重力子が、極微空間に超高密度で凝縮し、斥力を生じる臨界点を超えた。空間を膨張させるバネの力が瞬間的に生み出された。空間の膨張によってスカラー場がゆらぎ、熱エネルギーが顕在化すると同時に、強力な重力波が発生した。現在も宇宙空間を漂っているとされる、原始重力波が正確に測定されれば、初期重力場の重力の強さが明確になる。

空間が急膨張したために、斥力を生み出す重力子の密度が急激に下がった。斥力臨界点以上の超高密度状態が解消され、重力子の斥力が失われた。重力子が原因になった急膨張は、宇宙誕生直後における瞬間的なできごとだった。重力子の斥力が失われると、引力の作用機序が顕在化した。フェルミ粒子の誕生後に重力子の引力作用が確定的になった。

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空間の膨張によって場のエネルギー準位が下がり、物理場にゆるみが生じると、高次元時空からエネルギーが流入するようになった。誕生最初期の宇宙が、特異点孤立系から高次元時空へ開かれた開放系に変わった。宇宙の膨張につれて開放系の特徴が強化された。外から宇宙空間へ流れ込むエネルギーが、真空のエネルギーの正体と思われる。

超ひも理論によると、宇宙誕生時から現在まで、高次元時空から重力子が絶え間なく飛来している。現在の宇宙に存在するエネルギーの全量が、誕生時の特異点に出現する必要はなかった。重力子が開裂すれば開いたひもになるので、重力子は他の量子の供給源でもある。 時空の壁を乗り越えて移動するエネルギーの主体は、宇宙が開放系になったあとも重力子と考えられる。

重力子が開裂し、誕生した他の量子が3次元ブレーンに反応すると同時に、開いたひもが閉じて重力子になり、3次元ブレーンから飛び去ることが考えられる。エネルギー変換の複雑なサイクルが宇宙で進行している。真空中に瞬間的に湧き出るバーチャル粒子も、その起源を重力子に求めることが可能だ。

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宇宙誕生時に空間に斥力を生じさせる上記以外の原因として、虚数時間から実数時間への転換で引力と斥力の逆転が起こる、という主張がある。ホワイトホールの事象の地平面が、エネルギーを外側へ放出させるポンプの役割を果たす、という主張もある。後者の主張では、ブラックホールとホワイトホールで、事象の地平面の物理作用が逆になることを証明しなければならない。

コンピューター・シミュレーションが、ホワイトホールの物理特性に関する別の結論をもたらした。そのシミュレーションでは、5次元時空のブラックホールに摂動を加えた。すると、事象の地平面もファイアウォールも存在しない裸の特異点が、4次元時空に現れた。この裸の特異点においては、エネルギー密度も時空の曲率も無限大だった。エネルギーを閉じ込める事象の地平面が存在しないので、不安定な特異点がプランク・サイズになった時点で、無限準位のエネルギーが斥力になり、私たちの宇宙の歴史が始まった。

凄まじい膨張速度

1回目の真空の相転移の直後にインフレーションが発生した。インフレーションには2段階があった。前段階のインフレーションが生じたのは、上述したように宇宙誕生から10-43秒後頃で、超高密度の重力子バネが主に貢献した。重力場のエネルギーが解放され、発生した熱エネルギーも膨張に関与した。
空間の膨張によって重力子の斥力作用が失われると、引力作用が顕現した。熱エネルギーが失われた。エネルギー準位が急低下したために、前段階のインフレーションの時間は短かかった。

図7.空間の2段階加熱で生じたインフレーション

2段階目のインフレーションでは、仮想のエネルギーが中心的な役割を担った。それは偽と真のエネルギーと呼ばれる。まず、熱を潜在的に保持する不安定な偽の真空エネルギーが誕生し、スカラー場を満たした。このエネルギーは空間を縮小させる。

10 ー36 後頃に2回目の真空の相転移があり、偽の真空エネルギーが、基底状態が低く安定した真の真空エネルギーに変貌した。真の真空エネルギーは空間を膨張させる。真の真空エネルギーの周囲に存在する偽の真空エネルギーが、真の真空エネルギーによる空間膨張を助けた。スカラー場に満ちた運動エネルギーが熱エネルギーに変換されたために、極低温だった空間に再加熱が生じ、インフレーションの極大化に貢献した。

空間への熱エネルギーの放出が最高に達すると、空間の温度が1026度kに上昇した。この熱エネルギーによってインフレーションが極大に達し、10-36秒後頃から10-34秒後頃まで急膨張が継続した。このときの空間の膨張速度が、光速の約1022倍に達したと計算される。
特殊相対性理論によると、光速を超えて飛ぶ物体は存在しない。空間の膨張速度は、空間に存在する2点間の距離の離反速度なので、宇宙という物理場を飛ぶ物体の飛行速度とは異なる(「外側から見た私たちの宇宙」)。

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無から誕生してからインフレーションが終了するまでに要した時間は、10-33秒程度で、この間に宇宙は無限小から直径数センチほどの大きさになった。

2回目の真空の相転移によって、原始の力が強い力(グルーオン)と電弱力に変換された。空間が膨張したことによってスカラー場の減衰振動が生じ、運動エネルギーが輻射へ崩壊すると同時に、スカラー場がポテンシャルの底へ落ちた。量子優勢場が形成され、スカラー場と崩壊場の共鳴振動によって量子形成が爆発的に進むことになった。

宇宙の物理的な環境が質的に変わった。真の真空エネルギー場が急拡大して偽の真空エネルギー場を圧倒し、スカラー場を種々の量子の誕生が可能な物理場に変えた。これによって、基底状態が低い現在の宇宙空間と同じ、真空のエネルギーの場が準備された。

量子の誕生

10ー36秒後頃に原始の力の場が変換され、フェルミ粒子(物質量子)に属するレプトンとクォークが誕生した。クォークは重い陽子の基本構成要素で、レプトンは電子やニュートリノなどの軽い物質の構成要素だ。
10ー34秒後頃に再加熱が終了した。インフレーションが終了してビッグバンが始まったのは、10ー33秒後頃だった。その直前からビッグバン開始後にかけて、宇宙空間が輻射優勢から物質優勢になった。

図8.ビッグバンで出そろった基本的な量子

構造が簡単な量子からより複雑な量子へと、量子の誕生には一定の傾向があった。最初に誕生した重力子が、他の量子の誕生に影響を与えたのかどうかについては、定かではない。重力子は空間をゆがめるなど空間に対して作用を及ぼすので、何らかの影響があったことを予想できる。

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宇宙誕生の最初期に出現した原始ヒッグス場は、誕生したばかりのクォ-クやレプトンなどのフェルミ粒子に慣性質量を与えなかった。
ビッグバン開始直後の10-11 秒後頃に3回目の真空の相転移が発生した。場の凝縮と呼ばれる変化が原始ヒッグス場に生じ、ヒッグス粒子が誕生した。他の量子と同じように、ヒッグス粒子も局所的に振動する空間場だが、スピンがゼロで振動のエネルギーが小さく、完全な量子とは言いにくい。励起のために必要なエネルギーが少なかったことが、ヒッグス粒子が空間で広範囲に誕生した理由で、現在でも宇宙空間で圧倒的な存在感を示している。

超ひも理論の視点からは、ヒッグス粒子の振動が極端に小さいので、ブレーンとほぼ一体化していると結論できる。これによってブレーンとの結合が強固になり、ヒッグス粒子と反応する他の量子が、ブレーン内部を動きにくくなる。

ヒッグス粒子の誕生によってフェルミ粒子に質量が生じた。慣性質量を生み出すヒッグス粒子は、微小物質の形成から宇宙大規模構造の構築に至るまで、宇宙の物質構造を作り出すために決定的に重要な役割を担っている。

「無限」が宇宙の本質

ここまでの推論の流れを思い出してほしい。低次元宇宙は高次元宇宙の構成要素なので、高次元宇宙には無限数の低次元宇宙が含まれる。今までの経験から得られた、公理と推論規則にもとづく数学と物理学では表現できない物理要素が、時空以外に無限数存在する可能性を否定できない。このような推考が正しいならば、「無限」が生み出す驚異の宇宙像を描くことができる。

図9.宇宙は「無限」で規定されている
「無限」の時空に存在する私たちの宇宙

次元と物理要素が無限に存在するのであるから、あらゆる種類の宇宙が、無限の数だけ存在する。無限に多様な3次元空間宇宙の数が、無限になる。時間にも無限の種類があるはずだ。無限宇宙には私たちの宇宙と瓜二つな宇宙が存在する。その数は無限。地球も無限数が存在する。無限に多様な地球の中には、あなたとそっくりな人間が住んでいる地球がある。その人間が住む地球が無限数になる。即ち、あなたが無限数存在するということだ。

無限に多様な次元の宇宙が存在するためには、私たちが知っている量子力学の基本原理が、全ての宇宙存在に適用できることが必須条件になる。その原理は「自発的対称性の破れ」だ。対称性が保たれていると、全次元の宇宙存在が一体化し、まるで完全な真空状態のようになる。そこではどのような物理的実体も形成されることがない。私たち人間がここに存在するということが、自発的対称性の破れが、宇宙の根本原理であることを示している。

自発的対称性の破れは、対称性が破れるという本質が、系(宇宙)に備わっているために生じる、と考えられる。しかし、この物理現象の引き金を引く原因は未知の領域に属し、対称性が破れる現象がなぜ生じるのかを説明することは、困難だ。例えば、量子力学ではゆらぎの原因をスピンの摂動に求めるが、その摂動がなぜ生じるのかを説明できない。宇宙誕生最初期に大量の粒子と反粒子が誕生したが、粒子のほうがやや多かったので粒子が対消滅を生き延び、物質から成る私たちの宇宙が形成された。この対称性の破れが起こった理由も、標準理論では説明できない。

解くべき謎は数多くある。宇宙を夢想する楽しみが限りなく広がる。


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