Essay 74

高次元時空エネルギーで変貌する宇宙構造

和戸川の関連書籍「無から湧き出る宇宙
2021年6月29日
和戸川 純
「瞬間」が長時間になる不思議

宇宙が誕生した時点に戻ると、10ーXX秒内に、現在の宇宙構造を構築することになる、複雑極まりない物理現象が連続的に発生した。この評論と次の評論「宇宙誕生の瞬間」で、宇宙が誕生することになった高次元時空の物理場と、誕生後10ー33秒後頃までに宇宙で実体化した、物理現象について述べる。

高次元時空から誕生した直後に、宇宙はインフレーションと呼ばれる急膨張を引き起こした。この膨張の最高速度は光速の約1022倍に達した。ビッグバンがインフレーションに後続した。星や私たちのからだを構成している、種々の原子の基本になる最も単純な水素原子が、ビッグバンの最中に誕生した。

2つの評論で、ビッグバンまでのおぼろにかすんでいる宇宙の姿を論考する。この時期における宇宙の物理観測がほぼ不可能なために、宇宙誕生に関する多様な仮説が生み出されている。自由に夢想できるテーマへの挑戦が、とてもおもしろい。

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図1.観測値と異なる他の座標系の絶対時間

後述することだが、まず次の概念を頭に入れておいていただきたい。
私たちが感じる宇宙誕生時の「瞬間」は、現在の宇宙の時間と空間の座標系の中にいる、人間によって判断される主観的な時間の長さになる。宇宙誕生時には異なる時空座標系が存在し、私たちがそこにいたならば、10ーXX秒という「瞬間」は、極めて長い時間になることを知る。視点を移動させるだけで宇宙の概念が変わってしまうことを、常に意識している必要がある。そうでなければ、人間の過剰な自意識が生み出す宇宙像は、人間の意識に投影された幻影に過ぎなくなる。

異次元時空の「有」が私たちには「無」

図2の中央に立方体が描かれている。立方体は縦・横・高さの空間座標によって、大きさが規定される。立方体が変形して球体になったり、ドーナッツのような円環体になったりしても、3つの空間座標によって大きさが規定されることには変わりがない。この立方体を、3次元空間宇宙の単純なモデルと考える。

図2.3次元空間宇宙以外は人間には「無」

宇宙である立方体の高さを縮めると、直方体になる。直方体をどんどん薄くすると、最後には高さ(厚さ)がゼロになる。縦と横の座標しかない2次元空間宇宙の誕生だ。2次元になった途端に宇宙は私たちの眼前から消失してしまう。目で見ることができないばかりか、どのように高機能な観測機器を使っても、厚さゼロの宇宙の観測は不可能だ。厚さゼロの宇宙は私たちには認知できないので、その存在は「無」になる。

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3次元空間宇宙に4番目の空間次元を加える。この次元の空間座標を仮にXとする。人間には縦・横・高さの座標しか認知できないので、X座標は認知の外にある。縦・横・高さ・Xの4次元空間座標によって構築されている宇宙は、どのような観測機器によっても観測できず、人間はその宇宙像を頭に思い描くことができない。

私たちが知覚し認識できる宇宙は、3次元空間宇宙だけだ(拙著「無から湧き出る宇宙」を参照)。2次元の平面が3次元立方体の構成要素であることから、認知できない2次元以下の宇宙が存在するならば、私たちの宇宙に組み込まれていることを予想できる。また、4次元以上の空間宇宙の構成要素に、私たちの宇宙が組み込まれていることも、予想の範囲内に入る。

高次元時空を夢想する

一般相対性理論がマクロの宇宙の理論で、量子力学がミクロの量子世界の理論だ。マクロとミクロの物理場を表現するこれらの理論には、大きな断絶がある。両理論を統一することが、未完の量子重力理論に期待されている。超ひも理論(「無の向こうに広がる高次元時空」)が有望な量子重力理論と考えられる。超ひも理論は、10または11次元の時空(9または10次元の空間と1次元の時間から成る)に、私たちの宇宙が組み込まれていることを示唆する。

超ひも理論で考証に使われている数学は、今までの経験から得られた公理と推論規則にもとづく体系だ。物理法則が同じ基盤から成る。数学も物理学も、人間の認知能力の外にある存在を把握することはできない。
また、人間の計算能力には限界がある。超ひも理論では時間を1次元と規定している。高次元時空の時間が1次元と証明されたからではない。時間を2次元以上にすると、計算が余りにも複雑になりすぎて、人間の計算能力の限界を超えてしまうのだ。

高次元時空の物理法則と数学公理を適用すれば、全く異質な宇宙像が描かれる。それがどのようなものなのか、人間には想像することさえもできない。私たちが宇宙論を論じるとき、この絶対的な限界があることを常に意識している必要がある。

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「無」の世界は、哲学的には、人間には知覚も認識もできない、「認知の地平線の向こう側に存在する世界」になる。物理学的には、物理法則が破たんしているので、観測が不可能な世界だ。異なる物理法則に従って存在している宇宙は、物理的に隔てられているのではない。超ひも理論によると、認知が不可能な高次元時空が、4次元時空と連続的につながって存在している。

超ひも理論が数学的に証明した10または11次元までの時空は、私たちの認知可能領域に映った、幻影のようなものと理解できる。私たちの宇宙の物理理論では、物理要素は時間と空間だけに限定される。不可知領域の物理要素が、これだけに限定されるという保証はない。時空以外の物理要素が含まれていれば、その領域の物理的実体を推しはかることは、完全に不可能になる。そのような領域は、私たちの宇宙の数学で確立された、超ひも理論が述べる高次元時空に幻影として投影されることもない。完全な「無」になる。

図3.私たちの宇宙は高次元時空(無)の構成要素

私たちの宇宙は、4次元以上の高次元空間宇宙の構成要素なので、高次元空間宇宙で生じている現象が、3次元の空間要素をまとって周囲に発現している。私たちが見ている4次元時空(3次元空間+1次元時間)で発現している現象は、高次元時空内で生じている現象のほんの一部に過ぎない。

超ひも理論の限界を心得た上で、高次元空間宇宙へ踏み込んでみる。超ひも理論では、私たちの宇宙空間は、高次元空間宇宙に埋め込まれた3次元の膜(メンブレーン=ブレーン)のようなものと考える。
3次元立体は2次元平面によって構成されている。宇宙空間であるブレーンを階層化すると、1次元ブレーンが2次元ブレーンの構成要素になり、2次元ブレーンが3次元ブレーンの構成要素になる。その3次元ブレーンが4次元ブレーンの構成要素になるというように、より高い次元のブレーンは下の次元のブレーンによって組み上がる。この次元の階層化が、最大次元に至るまで続く。最大次元数が無限ならば、組み上がる宇宙ブレーンの階層が無限に複雑になる。超ひも理論では次元数は有限で、最大空間次元が10次元とされる。

宇宙を外に閉じた孤立系と規定してしまうと、観測できる範囲内に表出する物理現象が、謎だらけになる。それらの謎の解明に超ひも理論が有効ならば、高次元時空が実在する間接的な証拠になる。

高次元時空の存在を示唆する定式と理論

図4で、現在私たちが知っている理論で、時空のどこまでを解き明かせるのかを示している。アインシュタイン方程式は、私たちの宇宙に存在する物理量を計算要素にしているため、適用できる範囲に限界がある。この方程式を適用できるのは、私たちの宇宙の時空最小単位である、プランク定数(「宇宙を構築する究極のドット量子」を参照)よりも大きい時空だ。それよりも小さい時空では方程式が破たんしてしまい、時空の定義をできなくなる。ここに、古典物理学である一般相対性理論の限界がある。

プランク定数は、重力定数、光速、輻射エネルギーなどの基本的な物理量をもとにして計算された。私たちの宇宙の物理量なので、この宇宙にしか適用できない定数になる。プランク定数で示される長さと時間が、私たちの宇宙の絶対的な時空最小単位だ。1プランク時間=5X10ー44秒、1プランク長さ=2X10ー35m(与える条件によって数値がやや異なる)。1プランクよりも短い長さも時間も認知可能な宇宙には存在しない。

直径が1プランク長さの量子があるとすれば、それが宇宙に存在する最小の量子になる。実在する量子の大きさはほぼプランク・サイズなので、私たちの宇宙に存在する物理的実体としては、大きさの下限に位置する。

1プランク長さを小さい方向へ超えた途端に、物理法則も数学公理も完全に異なる時空へ踏み込んでしまう。その異質さがどのようなものなのかを、私たちは知ることができない。完全に異なる物理法則と数学公理にもとづいて構築されているからだ。その宇宙は小さいのではなく、私たちの物差しで大きさを測ることが不可能なので、人間には観測も知覚も認識もできない「無」の宇宙になる。無の宇宙から伝播した現象が、私たちの宇宙の物理法則の範囲内に出現し、種々の観測可能な物理現象として認識される。

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図4.高次元時空との接点を解き明かす量子力学

量子力学が、4次元時空と高次元時空の境界領域へ踏み込む。量子世界の探求によって、高次元時空の現象の一端を垣間見ることができる。高次元時空の存在を示唆する定式や理論には、次のようなものがある。

  • 虚数:虚数空間は人間の認知能力からは「無」。2つの虚数空間が融合するとマイナスの数が生まれ、量子としては電子が誕生する。
  • 波動関数:量子の状態の計算に使う。虚数と実数が入り混じった複素数。未知の変数が存在する。
  • 量子もつれ:離れたところに存在する2つの量子が、瞬間的に同期する。
  • 素スピノール場:宇宙誕生時の時空。高次元時空がからみついたエネルギー的に平坦な物理場。
  • カルツァ=クライン理論:重力と電磁気力を5次元以上の時空で統一。
  • カラビ・ヤウ多様体:時空の余剰次元によって作られる6次元多様体。
  • ワームホール理論:時空の1点から他の時空の1点へ通じる、高次元時空内のトンネルに関する理論。
  • 超ひも理論:量子は高次元方向へ振動するひも。最高で10または11次元の時空が存在。

誰にとっても存在が明らかと思われる時間だが、時間の物理的実体は不明だ。虚数時間に裏打ちされた量子世界の時間の流れは不定で、過去から未来へ向かうだけではない。未来から過去へ流れることがある。虚数時間に裏打ちされた、量子世界の時間の流れが不定であることが、高次元時空における時間の多次元性を示唆する。

波動関数に虚数が含まれることから、観測機器に投影される高次元時空の量子を、数学的に表現していると思われる。この波動関数に、未知の隠れた変数が存在するという指摘があるが、その変数は謎に包まれている。高次元時空の要素が入った量子を、正確に表現できる波動関数が成立すれば、高次元量子の実体の把握が可能になる。しかし、人間の認知能力の限界を超えた高次元領域へ踏み込むことは、永遠にできない。

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超ひも理論によると、開いたひもはひもの両端で3次元ブレーン(3次元空間宇宙)に付着しているが、ひも本体は高次元方向へ振動している。高次元方向への振動は、次元の数だけ多様になる。10次元空間での振動は、10次元の物理要素によって規定される。

この概念は、波動関数を考えるときに極めて示唆的だ。私たちが観測できる量子は、4次元時空と高次元時空の間の境界領域に存在し、両時空の特質を兼ね備えていると推測できる。重力子は高次元時空を自由に飛び回る、高次元方向へ振動する閉じたひもと考えられる。その物理的実体はまだ解明されていない。

ひもは他の異なるひも(異なる量子)へ容易に変換が可能だ。物質を構成するフェルミ粒子と、重力子以外の力を媒介するゲージ粒子は開いたひもだが、閉じた重力子に変換され得る。その逆の変換もある。高次元時空から3次元ブレーンへ飛来した重力子の閉じたひもが開裂し、開いたひもである他の量子が誕生する。その両端がブレーンに付着すると、量子として観測が可能になる。

3次元ブレーンに付着していた開いたひもの両端が閉じて、重力子になれば、その重力子はブレーンの外へ飛び去ることがある。私たちの宇宙の境界が、重力子にとってはまるでザルのようだ。重力子を介して、量子エネルギーが水のように自由にザルに出入りしている(拙著「無から湧き出る宇宙」)。これが事実ならば、今までに確立された孤立系を前提にした標準理論の多くが、矛盾だらけになってしまう。

宇宙ブラックホールが時空に開ける穴

私たちの宇宙を、見えない壁で囲まれている孤立系と仮定する。孤立系なので、宇宙の外との間でエネルギーのやり取りがない。すると、現在の宇宙に存在する全エネルギーが、宇宙誕生時に「無」から湧き出た、という前提を受け入れなければならなくなる。

エネルギーを引き込むのがブラックホールで、エネルギーを放出するのがホワイトホールだ。宇宙誕生時に、莫大な量のエネルギーを放出する極微のホワイトホールが、「無」から出現した。
天の川銀河には約3000億個の恒星が存在し、宇宙には約2兆個の銀河が存在する。これにダークマターやダークエネルギーが加わる。これだけのエネルギーを内包する、宇宙ホワイトホールの特異点の半径は、少なくとも数千光年になる。標準理論によると、無から誕生したばかりの宇宙の大きさはプランク・サイズだった(「宇宙を構築する究極のドット量子」)。このような超巨大特異点はあり得ない。

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1つの宇宙の卵であるホワイトホールのエネルギーは、宇宙が崩壊してできる宇宙ブラックホールによって供給される。宇宙ブラックホールが、高次元時空で高次元ブラックホールに変貌し、そのエネルギーがホワイトホール誕生の場へ移動する(ワームホール理論)。

宇宙ブラックホールの特異点における空間のゆがみは、大質量星によって作られるブラックホールの特異点物理場とは、質的に異なる。大質量星ブラックホールでは、空間が高次元時空へ通じるほどゆがむことがない。ブラックホールへ落ち込んだエネルギーは、ブラックホールが存在する宇宙に留まる。宇宙ブラックホールの特異点では、高次元時空へ通じる穴が開くほど、空間が大きくゆがむ。

図5.高次元ブラックホールを介して誕生する宇宙

宇宙ブラックホールの特異点の空間のゆがみが、高次元時空へ通じる穴が開く臨界点を超える。宇宙の全エネルギーが高次元時空へ落ち込んで、高次元ブラックホールを高次元時空に誕生させる。対称性の破れによって高次元ブラックホールの物理場が不安定になると、4次元時空へ通じる穴が時空の壁に開く。トンネル効果でエネルギーが移動し、高次元ブラックホールのエネルギーがホワイトホールとして噴出する。私たちの宇宙はこのような過程を経て誕生した。

宇宙がスカスカの開放系である証拠

宇宙ブラックホールと宇宙ホワイトホールの特異点は、エネルギーが超高密度で凝縮した物理場だ。その外側の時空との間に、事象の地平面という明確な境界が存在する。これに対して、通常の宇宙の物理場はザルのようになっている。宇宙の外の時空との間でエネルギー準位に差があれば、エネルギーが時空間を移動する。

通常の宇宙がこのような開放系であることを認めれば、宇宙空間を満たす、低準位の真空のエネルギーの供給に謎がなくなる。宇宙が膨張するには、真空のエネルギーの準位が上がらなければならない。エネルギー準位が高い高次元時空からエネルギーが流入すると、真空のエネルギーが絶えず増加し、宇宙の膨張が継続する。

高次元時空との間におけるエネルギーの出入りの収支バランスが、流入過多に動いた場合は、膨張が加速する。出入りの収支バランスが流出過多になれば、宇宙が縮小を開始する。この推論が正しければ、宇宙の誕生と死が繰り返されると説く、サイクリック宇宙論(「時空を超える量子ネットワーク」)の解釈が容易になる。

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図6.宇宙外から流入するエネルギーで膨張再加速

宇宙が開放系であることを示唆する観測結果が、実際に得られた。外に閉じた孤立系の物理場で、物理量が突然に変動することは考えられない。1方向への変化が継続するだけだ。観測結果は、そのような孤立系を前提にした標準理論と矛盾するものだった。宇宙の膨張速度が再加速していたのだ。

米豪の研究グループが1998年に発表した、Ia型超新星に関する論文が世界に衝撃を与えた。Ia型超新星の光度は一定しているので、この超新星の光度を測定することによって、星までの距離を知ることができる。また、宇宙は膨張しているので、遠方の星ほど地球から遠ざかる速度が速くなり、地球へ到達する光の波長が伸びる(赤方偏移)。この赤方偏移を測って星までの距離が求められる。

約20億年前に爆発した、Ia型超新星の光度から求められた距離が、赤方偏移から求められた距離よりも遠い、という観測結果が得られた。これは、宇宙の膨張が加速していることを示す。インフレーション後に減速していた膨張が、再加速に転じた時期は、今からおよそ67億年前(宇宙誕生からおよそ70億年後)であることが分かった。

膨張の再加速は、宇宙の外側との間でエネルギーのやり取りをしない、孤立系という前提を宇宙に与えると、解釈することが極めて難しい。宇宙が孤立系ならば、再加速を生じさせるエネルギー源を宇宙内部に求めなければならない。空間を膨張させる真空のエネルギーが存在するとしても、そのエネルギーが突然に増加し始めた理由を説明するのは、困難だ。

宇宙が開放系ならば説明が容易になる。67億年前から、高次元時空における何らかの理由で、外側から私たちの宇宙へ流れ込むエネルギー量に加速が生じている。入ってくるエネルギーの量に変化がなくても、高次元時空へ流出するエネルギー量が減少すれば、結果として宇宙の総エネルギー量が増し、膨張に加速がつく。

常識をくつがえす次元と座標

高次元空間宇宙内に存在する、私たちの3次元空間宇宙。3次元の存在である人間にとって、4番目以上の空間次元は、知覚することも認識することも想像することもできない。4次元以上の次元座標で曲がった3次元空間宇宙は、4次元的には果てがあっても、3次元の存在である私たちには果てがないように見える(「外側から見た私たちの宇宙」)。

日常的な感覚からは奇妙な事態を想定しなければならない。時間を逆にたどると、宇宙の直径がたった1kmだったことがある。その宇宙に人が住んでいたと仮定をする。その人にも宇宙は広大無辺に感じられた。宇宙誕生の最初期まで戻ると、宇宙は量子程度に小さかった。そこでも、中にいる人にとっては宇宙には果てがないと感じられた。空間の4次元的な曲がりが、このような「錯覚」を生み出す。

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図7.観測する場によって変化する物理要素

上記の事象を、高次元を持ち出すことなく、宇宙の座標系の変化から説明できる。座標系を変化させるのは重力だ。
時間を逆にたどると宇宙空間が縮小するということは、空間の座標系が全体的に縮むことを意味する(図7)。現在の宇宙から観測すると、その座標系に住んでいる人は小さくなる。誕生時の宇宙を現在から見ると極微になるが、その当時の座標系にいた超極微の人の視点からは、宇宙は広大だった。宇宙内部の視点からは、宇宙誕生時から現在まで宇宙の大きさには変化がなく、現在と同じ930億光年をずっと保っている可能性さえもある。

上の論考を奇妙(詭弁)と思われる皆さんは、ブラックホールの時空物理場を思い出していただきたい。一般相対性理論では、時間と空間は一体のものとみなされる。空間が縮めば時間も縮む。巨大質量が存在する強重力場で、時空が2分の1に縮んでいると仮定する。外側の宇宙空間から1秒と計測される重力場内の時間は、その場にいる観測者にとっては2秒になる。外側から30万kmと測定される距離は、重力場内では60万kmになる。

光速度不変の法則によって、重力場の中であろうと外であろうと、観測者が存在する座標系内での光速は、常に秒速30万kmに保たれる。しかし、外側の観測者が上の重力場内の光速を測定すると、秒速15万kmになる。光の速度が半減してしまう。観測者の立ち位置が、光が存在する場所、即ち光の座標系から離れれば、不変であるはずの光速が多様になる。

一般相対性理論を裏打ちするのは、微分同相変換不変性だ。この原理によると、時空全体に適用される普遍的な座標系は存在しない。現在の宇宙の時計を使ったのでは、時空の座標系が異なる、誕生最初期の宇宙で流れていた時間を計ることができない。なぜならば、誕生時宇宙空間のゆがみが不明なために、ゆがみが反映された座標系が、現在とどれほど違っていたのかを知ることができないからだ。

インフレーションの継続時間は数億年?

現在の座標系の時計で計った誕生最初期の10-20秒が、その時点の座標系に存在した時計では、例えば数十億年に相当したかもしれない。その場合は、誕生最初期に10-20秒で完結したように見える物理現象が、その時点の宇宙にいた観測者にとっては、完結するまでに数十億年を要したことになる。現在の宇宙に存在する時計で測ると、誕生最初期の極めて短い時間に生じた物理現象が、とても複雑だったことは驚くに値しない。

図8.数億年に渡るインフレーションで数十憶光年に膨張したのか?

インフレーションが極大になったときの空間の膨張速度が、光速の1022倍に達したと計算される。インフレーションは、宇宙の誕生から約10-33秒後頃に終了した。そのとき、宇宙空間が直径数cmの大きさになった。私たちの日常的な感覚からは、この極端に短い時間内に生じた、想像を絶する猛烈な膨張速度は驚嘆に値する。その膨張の猛烈さにもかかわらず、宇宙の直径が数cmにしかならなかったことも驚異的だ。

しかし、それは、現在の時空座標系から観測して得られる結論に過ぎない。インフレーション時の宇宙は、微小な強重力場という特徴を持っていた。そこでの座標系は極端に縮んでいた。もしもそこに観測機器を置いたならば、すべての物理現象が、長い時間をかけて極めて緩慢に生じた、という観測結果を得られるはずだ。膨張速度は極超高速ではなく、現在の宇宙と余り変わらなかったかもしれない。


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